六話 二つの心
今日は敵に襲われることもなく、無事に家に辿り着いた。
本来であれば空手に行く日だが、念のため休むこととした。
「影慈、今日は問題なく過ごせたな……」
光葵は不安を押し殺しながら、影慈に話しかける。
(そうだね。このまま平和に過ごせたらいいんだけど……)
「そうだな……。……不安になってばかりでもよくないし、とりあえず夕飯でも食べよう」
みっちゃん家でご飯か、不思議な気分だ……と思う影慈の気持ちが光葵に流れ込んできた。
ちょうど夕飯時のため、リビングに向かう。カレースパイスのいい匂いがしてくる。
「あ、ちょうどご飯できたわよ」
母が笑いかける。
既に父と若菜も来ていた。今日は父の仕事が早く終わったらしい。
「じゃあ、みんな揃ったしご飯食べよう!」若菜が元気よく号令を掛ける。
「いただきます!」という声がリビングに響く。
あ~、やっぱ母さんの作るカレーは美味いな、パクパクと頬張っていく。
若菜は「学校の友達と今度カフェに行くことになった」という話を笑いながらしている。
それを父も母も嬉しそうに聞いている。穏やかな時間だ……。
すると、だんだんと目頭が熱くなってくるのを感じた。
「え? お兄ちゃん泣いてるの? 大丈夫?」
心配そうに若菜が顔を覗き込んでくる。
「な、なんでもないよ。カレーが美味しくて、あったかくて……」〝自分の言葉ではない言葉〟が口から溢れてくる。
「なんだなんだ。母さんのカレーが美味しすぎて泣いてるのか光葵?」
父がからかい半分心配半分といった口調で尋ねてくる。
「お腹減ってたからかな……。母さんおかわりもらっていい?」
少し急いで聞く。
「泣くほど喜んでくれるならもっとカレー作るよ!」
ニコニコとカレーをついでくれる。
温かい幸福感がどんどんと胸に広がっていく。光葵はいつも食べているご飯のありがたみを噛みしめ、涙を流しながら二杯目のカレーを黙々と食べた。
光葵は部屋に帰り影慈に話しかける。
「影慈……さっきのって……」
(ごめん、みっちゃん。肉体一つに僕の心も入ってるから、僕の感情も影響を与えちゃうみたいだね)
「うん、それもそうなんだけど……」
(ああ、さっきの感情についてだよね。昔の仲が良かった僕の家族のこと思い出しちゃってさ。それにみっちゃんの家族はみんな温かいね。若菜ちゃんも大きくなって綺麗になってた)
「そうか……ありがとな影慈。影慈のおかげで家族のありがたみが身に染みて分かった気がする」
――少し間を空けて。
「あと、若菜可愛いだろ! 自慢の妹なんだ。可愛いだけじゃなくて気も利くし空手もしてて頑張ってる。ほんとにいい子なんだ!」
光葵は興奮気味に鼻息荒く伝える。
(あはは……みっちゃん昔から若菜ちゃん大好きだったもんね。仲が良いいのはいいことだよ)
影慈はどこか気を遣ったような言い方をする。
「影慈……お前今〝シスコン〟って思わなかったか? 俺はシスコンじゃないぞ……?」
(そうだね。みっちゃんはシスコンじゃないよ)
抑揚の無い返答がある。
「影慈……。俺はシスコンじゃないぞ……」