五十八話 明確な殺意
漆原が銃を撃つ前にできる限り氷魔法を使い攻撃をする。
しかし、全力での攻撃ができなく、かつ道場生に常に意識が割かれている状態であり、徐々に追い込まれていく。
「もう限界かな? こんな攻撃はどう?」
そう言い、漆原は道場生の死体を蹴り上げてくる。
咄嗟に受け止める。
そこで光葵は〝一番見たくなかった人物〟を見ることとなる……。
「若菜…………」
時が止まったような、それでいて走馬灯の如く、若菜との記憶が溢れ出してくる……。
小さい頃から一緒について来てやんちゃに遊んでいた姿、小学生の時に一緒に空手がしたいと言い一緒に道場に通うようになった姿、今朝も優しく微笑んでいた姿……。
「あれ? どうしたの? もしかして好きな子だったとか?」
漆原は何か言っているのか……? 光葵の思考はそんなことを気にするスペースなどなかった…………。
「若菜……。若菜ちゃん……。若菜……」
光葵と影慈は〝限りなく近い感情〟になっていた。
――若菜を巻き込んでしまった後悔、そして目の前にいる仇敵への明確な殺意……。
「いいね! その顔が見たかったんだ! もっと、もっと見せてくれ!」
叫び声が聞こえる。
どのくらい時間が経ったのかも分からない。
ただ、光葵と影慈の心は一つになっていた。それだけは分かる。きっとコレが〝人格の共存〟なのだろう。
――左の瞳は琥珀色、右の瞳は陰のある黒へと変わる――。
途端に光葵の周囲から黒い霧のようなものが出現する。
「なんだ? まだそんな魔法を隠していたのか。まあいいや、もっと絶望する顔を見せてくれよ!」
漆原は二丁拳銃を構え直す。
次の瞬間、漆原の全身を黒い霧が覆う。
「何が起こっている?」
〝光葵、影慈〟は基礎魔法の一種である《闇魔法》を使えるようになったことを知覚する。
「でも、そんなことはどうでもいい。ただ、こいつを殺せれば。それだけでいい……」
その後の事はほとんど覚えていない。気が付けば、仇敵は地べたに這いつくばり、闇魔法で抑えつけられ身動きが取れなくなっていた。
不敵なような満足げな笑みを浮かべながら……。
「あ~、もっと君の絶望して苦悶する顔が見たかったのに……。でも、色んな表情が見れてよかったよ。そこまで明確な殺意だけに満ちた顔は初めて見れたし」
「……死ね」
ただ、殺意だけを込めた言葉が口から出る。
「殺される側はこんな気持ちなんだね。圧倒的な絶望、生存本能が逃げろ、生きろと警鐘を鳴らす……。それが分かったのも嬉しいよ……ありがとう日下部君……」
漆原はそのまま闇魔法に飲み込まれて完全に破壊し尽くされる。
道場生で生きていた八人は回復魔法が功を奏し、何とか命を繋ぎ止めた。
救急車と警察を呼び、〝光葵、影慈〟は無言で待ち続けた。サイレンが聞こえてきたタイミングでその場を後にした……。




