五十七話 撒き散らされる不幸
「僕は狂ってなんかいないと思うけどなぁ。君達も同じだよ。映画とか小説を読んで、出てくるキャラクターの色んな表情や葛藤を見るのが好きでしょ? それを直接自分でするかどうかの違いでしかない」
自分の感覚が普通だと心底思っている、何の偽りも感じさせない口調だ。
「お前は『悪』だ。人を傷つけることに何の躊躇いもない。もう黙れ……!」
「『悪』だなんて、何を基準に決めてるのさ。僕には分からないな……。ああ、そういえば同じようなことを言ってた褐色肌のポニテの女にも追いかけ回されたなぁ。最近流行ってんのか? 正義の味方って奴目指すの」
漆原は挑発したような口調で言葉を吐く。
光葵は漆原と話している間に、極限まで高められた集中力で生きている道場生が何人いるかを〝知覚〟しようとしていた。
おそらくだが、十六人いるうち八人は生きている。……と言っても死にかけている……。位置はまばらだ。
漆原の問いには答えず、一気に道場の中央に走り込み、生きていると思われる人に《回復魔法》《プロテクト魔法》をかける。
「おっ! 意外と冷静?」と言いながら、漆原は回復魔法等をかけていない道場生に向かってサプレッサー付の拳銃を撃ち込む。
咄嗟にプロテクト魔法を使い銃弾が道場生に当たる前に弾く。
「前よりもずっと反応速度が上がってるね。でもこの人数を守りながら戦えるかな?」
光葵の知覚している感覚が告げている。既に半数は殺されている。それでも、もし生きているとしたら……そう思うと、身体が勝手に守るための行動を取ってしまう。
しかし、全員にプロテクトをかけている程マナの余力はない……。
「ウォオオオオ!」
光葵は雄叫びを上げながら漆原に氷魔法での中距離攻撃を仕掛ける。
「あれ? それ平田さんの魔法じゃん。爆破で死んだと思ってたよ」
漆原は軽薄な驚き顔をする。
「黙ってろ!」
早くこいつを倒してみんなを回復させたい――。
だが、漆原の立ち回りは〝今の状況〟を最大限に活かしたものだった。常に道場生が後ろにいる位置取りをし、光葵が全力で攻撃することを牽制していた。
「ほらほら、そんな動きじゃ守れないよ?」
適宜道場生に撃ち込まれる銃弾、そして光葵の急所を狙って放たれる銃弾を防ぎ続けるのは至難の業だった……。
そして、ダメ押しで手榴弾が二つ投げ込まれる。
光葵は周りに被害が出ないように、手榴弾をプロテクトで包み込む。
漆原はその隙を狙い、銃弾を放つ。
銃弾は光葵の左胸に大きな衝撃を与える……。
「ガハッ……!」
血が口まで上がって来ているのが分かる。
「ありゃ、心臓を撃ち抜いたつもりが外したかな?」
漆原は軽い声を上げる。
「……急所ばかり狙ってきてるのが分かりゃ……防げる……」
……とは言ったものの、複数箇所にマナを使ってる影響でプロテクトの強度が低く、ダメージはかなりのものだ……。
「ははは、そっか。いやぁ、戦争参加者だと殺しがいがあるなぁ」
漆原は子どもが新しい玩具で遊ぶように無邪気に〝邪悪な笑み〟を浮かべる。
「クソ野郎が……! 命を奪うことで撒き散らす不幸をお前は何とも思わねぇのか?」
「最初にも言ったじゃん。僕は人の色んな表情が見たくて、その手段を自分で取ってるだけ。ただ、衝動に従ってるだけだよ」
そう言いながら、左手が青白く光ったかと思うと、少しずつ何かが形を成していく――それは、サプレッサー付の拳銃だった。
「なっ……。お前武器が作れるのか……?」
驚愕で声が自然と出る。
「そうだよ? 固有魔法が《生成魔法》なんだ。コレのおかげですごく助かったよ。凶器の調達に足が付かないからね。まあ、正確には生成魔法の下位互換の《具現魔法》を使ったんだけどね。生成魔法は一度作ると残り続ける。具現魔法は一時的に具現化してるだけだから、一定時間経つとマナレベルで分解されちゃうんだよね……。でも逆にそれがよかった! 完璧に凶器の足が付かないからね!」
トリックの解説をしている名探偵のように得意げな口調だ。
「じゃあ……お前は今まで『具現魔法』で凶器を全て変えながら殺しを続けてたのか?」
「大正解! 色んな表情が見たければ凶器も変えた方がいいと思ってね。あと、警察の捜査の攪乱にもなるし。いや~、ナイフから銃、鉄線、チェーンソー色々使ったなぁ」
……聞いているだけで頭がクラクラしてくる。
「さて、じゃあ今度は二丁拳銃でいくね。守り切れるかな……?」




