四話 二人の生き直し
朝早くにボロボロの服で家に帰ったため、母は慌てふためいていた。
外で絡まれて喧嘩したと説明し、何とか納得してもらえた。
今日は学校を休ませてほしいと頼み、自室にこもることとした。
「影慈……俺の声は聞こえるか……?」
光葵はダメ元で影慈に話しかける。どうしても、声が聞きたかったからだ。
「…………」
無言の時間が十数秒続く。
(みっちゃん……? 今僕のこと呼んだ……?)
影慈の声が不意に聞こえてくる。いや、正確には自分の存在そのもの……言い換えれば、肉体、心、魂で〝知覚〟しているような気分だ。
「影慈……! 影慈……! よかった! 本当によかった! お前、心配ばっかりかけやがって……。俺はお前が死んだ後の世界でなんて生きたくないぞ……! 昔っから、ずっと一緒に過ごしてきたんだ。もう二度と死にたいなんて言うな……!」
光葵は今までずっと言いたかったが、言えなかったことを吐き出す。それは、せき止められていた川が放流するように、ごく自然と止めようのないものだった。
(みっちゃん……。ありがとう……。こんな僕にそんな風に言ってくれて。嬉しいよ)
影慈は静かに、だが確実に嬉しさを内包した言葉を紡ぐ。
「当たり前だ! お前の親父さんがどんなに酷いことをして、どんなに酷いことを言ったとしても、お前には生きている価値が……意味がある。少なくとも、生きてほしいと願う人間がここにいる!」
光葵はこらえていた涙が溢れ出す。その雫は床に吸い込まれていく……。
(みっちゃん、ありがとう。僕を大切に想ってくれて……。でも、ごめんね。僕のせいで、星の代理戦争っていうのに巻き込まれちゃった……)
影慈は申し訳なさそうに話す。
「……その星の代理戦争ってのは何なんだ?」
(僕もまだよくわかってないんだけど、メフィさんから聞いた話だと、天使族と悪魔族のどちらが地球を管理するかを争う代理戦争みたい。僕達は天使サイドだよ)
「なるほど……。それで、昨日の狂人野郎が悪魔サイドってことか……。じゃあ、これからも同じように戦い続けないといけないのか……?」
光葵は顎に手を添える。
(おそらく、そうなると思う。メフィさんからの接触が今のところないから、情報不足感はあるけどね。でも、戦わないといけないことだけは確かだろうね……)
影慈は申し訳なさ半分、不安半分といった口調で話す。
影慈は昔から、引っ込み思案で優しい奴だ。この状況に責任を感じていてもなんらおかしくはない……。
「影慈、とにかくこの状況はお前のせいじゃない。俺はお前からメールで連絡があって、正直心の底からよかったと思っている。俺の知らないところで、勝手に自殺なんてしてたら、俺は影慈を一生許せなかったと思う。もちろん自分自身もだ。だから、この状況は『俺が選択した未来』なんだ」
光葵は影慈に気にしないでほしいと思い言葉を紡いだ。だが、全て本音だ。影慈を想い、嘘を交えたりなどは一切していない。
(ありがとう、みっちゃん。僕はみっちゃんと出会えて本当によかった……)
影慈の泣きそうな声が聞こえてくる。
「折角生きてるんだ! 二心同体ではあるけど、できれば一緒に楽しい思い出を作ってほしいと思ってる! 代理戦争っていう危険な状況でもあるけど、そこは頭に入れておいてほしい。……ダメか……?」
光葵の今の願いは一つだけだ。今まで苦しい思いをし続けてきた親友に、少しでも楽しい思いをしてほしいというものだ。
代理戦争という危険は光葵が排除する……! だから、せめて安心できる状況の時だけでも楽しんでほしい。
(みっちゃん……ありがとう。頭に入れておく……。君と出会えて僕は本当に救われたよ。不謹慎だけど、あの時来てくれたことは僕にとっての『運命』だったんじゃないかと思ってる……)
影慈がそっと笑んでいるのを感じる……。
「……なんだよそれ。まるで、影慈が死ぬことが既に決まっていて、俺がそこに居合わせたのが『運命』みたいじゃねぇか……。もしそうなら、俺はこの世界を……運命を許せない」
光葵は世界に対する怒りをそのまま言葉に換える。
影慈が父から暴力を受けていることを知り、光葵が影慈のことを〝守るべき存在〟だと強く認識したことすら、運命だとでもいうのか……。
そんなこと、認めない……許せない……。
(みっちゃんは優しいね。でもそんな不条理があるのがこの世界だよ。僕だって普通に生きてみたかった。でもそれはできない)
そう言い、影慈は儚げに微笑む。
「……わかったよ影慈。運命なんて関係ない。俺はお前をずっと守る。だから、一緒に生き直してくれ……!」
光葵は吼える。それは悲哀の咆哮であった。
(うん、みっちゃん。ありがとう、一緒に生き直そう。そのために、この代理戦争を最後まで生き抜こう……)――。