三十二話 強欲
そして、目の前には狂気に駆られた目をする香阪がいた。
「やるなぁ……! だがまだ……!」
すると、結城の戦う意志を嘲笑うように予想外のことが起きた。
香阪を押し退けて伊欲が躍り込んだのだ。そして、結城の左胸に拳を突き立てた。
――爆ぜる音……炎が結城の目の前を舞う。そのまま意識は暗転する。
ドサッ! 結城の身体が地面に墜ちる。
――身体や衣服、飛び散った血液等が灰のようになり最後は存在そのものが消えていった。正確には〝マナレベルまで分解〟されて世界の、地球のマナの輪廻へと還っていった――。
「おい、あんた! どういうつもりだ?」
怒りで顔を引きつらせて香阪は詰め寄る。
「あ? 敵を倒しただけだよ」
伊欲は当たり前のことを言っているだけという物言いだ。
「違ぇよ! なんであたしを押し退けて止めを刺したんだって聞いてんだよ! あたしが殺せるタイミングだっただろ!」
今にも伊欲を殺しかねない程の気迫だ。
「あ~、だからだよ。お前に殺されたらコイツの魔法奪えなかっただろ? 俺はコイツの魔法が欲しかった。だからお前を押し退けて殺した。なんか悪いか?」
伊欲は一切悪びれる様子もなく答える。
「……あんた、周りのこと何にも考えないタイプか?」
香阪は怒りつつも、やや唖然とし尋ねる。
「クハハ! お前も同種だとは思うけどな……」
――少し間を置き、伊欲は言葉を紡ぐ。
「俺は欲深いんだよ……! 欲しいと思ったものは何が何でも手に入れる。人間なら誰もが持つ感情だと思うけどなぁ。その強弱があるだけでよ」
伊欲は両手を広げ、自身の思想を率直に語る。
「キャハハ! まあ、そこには同意できる。あんた強欲なんだな……ただ、あたしの獲物目の前で掻っ攫われたのには腹が立つ」
香阪は蛇のように睨みを利かせる。
「まあ、そうだわな。俺は構わないぜ。今手に入った《風魔法》の試し撃ちもしてぇしな!」
数秒の静寂が流れる。
「はぁ……まあ悪魔サイド同士で争ってもメリット無いしね。今回はあんたにしてやられたと思っておくよ。そん代わり、二度とあんたとは組まない。あと今度ムカつくことしたら、殺すから」
嘘一つ混じっていないストレートな言葉だ。
「クハハッ! オーケー。肝に銘じておくよ」
そう言い、伊欲は去っていく……。
「伊欲渇斗今回のことは忘れない……」
一人公園に残った香阪は唇を噛む。
そのまま香阪は家路につこうとしていた。
すると、守護センサーが反応する――。
伊欲が戻ってきやがったのか……? いやその可能性は低いか。だとしたら……。
数十秒後、香阪は不思議な組み合わせの二人に出会う。
一人は十歳にもなっていない程の少女。もう一人は見るからに〝侍〟だ。
「あんた達は悪魔サイドみたいだね。それにしても変な二人組だね」
香阪が興味深げに聞く。
「お姉ちゃん、変って何が?」
少女は純朴な顔で尋ねる。
「可愛いお嬢ちゃんとお侍さんのコンビだからだよ」
香阪は屈んで少女と目を合わせる。
「えへへ、ありがとう。お姉ちゃんボロボロだけど大丈夫?」
少女が心配そうな顔をする。
「あ~、さっきまで戦ってたからね」
香阪は少し考える……そして言葉に出す。
「もしよければ、あたしもチームに入れてくんない? 一人で戦うのは心細いしさ」
「う~ん。『シノさん』はどう思う?」
少女は迷った様子で〝侍〟の方を見る。
「俺は構わないぞ美鈴。仲間は多い方が勝率も上がるだろう」
侍は美鈴に目を合わせ、静かに返答する。
「シノさんがいいなら美鈴もいいよ!」
明るい声が上がる。
「よかった。じゃあ、三人でチームを組もう。あたしは香阪麗巳。お嬢ちゃんは?」
「美鈴は、小鳥遊美鈴だよ。で、こっちの人が志之崎刀護さん!」
なぜか、志之崎の紹介まで行う。
「志之崎だから、『シノさん』なのか。よろしく、シノさん!」香阪が明るめの声を出す。
「…………よろしく頼む」
志之崎は何か言いたげな顔をしつつもそれ以上何も言わなかった――。




