二十五話 可憐な少女と、命懸けの鬼ごっこ
早速今日から見回りを頂川とすることになる。見回りは放課後から夜にかけて行い、その合間に魔法の修行も行うこととする。
今日は守護センサーが反応することも怪しい人物も見当たらず解散となった。
それから数日は何の収穫もないまま時間が過ぎていった――。
◇◇◇
そして土日に差し掛かった。
頂川はこの土日はどうしても外せない〝番長の仕事〟があるそうだ。
ついこの間まで番長を張っていた男だ。用事があるのは仕方のないことだろう。
今日は光葵一人で街の辺りを見に行く。
土曜日のためか人で賑わっていた。
二時間程歩いて回り、休憩のためにベンチに座る。
ちょうどその時だった――感じる。近くに参加者がいる……。
まだ五十メートル圏内なのだろう。存在を知覚できるだけだ。
辺りを見回すも分からない。
すると、思いもよらぬ人物が声をかけてきた。
その人物は十歳程の幼い少女だった。
可憐な見た目だ。あどけなさの残る大きな瞳、髪は色素の薄い茶色のロングで、ドレス風のワンピースを着ている。上はネイビー、下はシルバーでキラキラした装飾が施されている。
「お兄ちゃん、天使の参加者さんだよね?」
近所の知り合いの子が話しかけてきているような自然な印象を持つ。
「……そうだよ」
複雑な心境だ。なぜなら、今話している少女が、悪魔サイドの参加者だからだ……。
「そっか。じゃあ戦わなきゃね」
そう言うとすぐに魔法を発動した〝ようだ〟。なぜこの表現を使うかというと、起きた現象が理解できなかったからだ。
急に身体を上から押さえつけられているような感覚になる。
――何かが俺を押さえ込んでいる?――。
ミシミシッとベンチが悲鳴を上げる。
まずい、このままではベンチ諸共に潰される。
「《身体強化》……! ウォオオオ!」
光葵の咆哮が辺りに響く。
――何とか脱出する。
ベンチは無惨にも粉々に砕け散る。
周りの人々がザワザワと騒ぎ始める。
この子、人がいても関係なしかよ⁉
ここで戦えば巻き込まれる人が多数出るだろう……。
(みっちゃん! この子周りの人なんて構わず攻撃してきそうだ。とりあえず、街から離れる方向に逃げよう!)
影慈の言葉を受け「そうする!」と短く答える。
「お兄ちゃん力持ちだね。次は……」
少女が話しているのは聞こえていたが、そのまま走る。
「……美鈴が話してる途中なのに、無視するなんて酷いよ……」
美鈴は悲しげに呟く。
何とか人が少ない所に行かないと。代理戦争でこれ以上、人を巻き込むなんてことはしたくない……!
走っている途中で〝何か〟が左方向から〝ぶつかる感覚〟があり吹き飛ばされる。
そのまま看板にぶつかり、看板が弾け飛ぶ。
「なんつう威力だ……というか何だこの魔法は?」
振り返ると、少女は一生懸命に走って追いかけてきている。
といっても、命をかけた鬼ごっこな訳で、微笑ましさとは正反対の光景だ。
「人がいない所に移動する! 《身体強化――脚力強化》……! 速さで逃げ切る……!」
光葵は脚の筋力を引き上げる。飛躍的に移動速度が上がる。
その後一度攻撃を受けたが、脚力強化のおかげか途中から攻撃を受けることはなくなった。
「守護センサーも反応していない。逃げ切れたのか……?」
光葵はゼェゼェと肩で息をする。
(多分、逃げ切れたんじゃないかな? 攻撃が途中からなくなってたし)
影慈が答える。
「ならよかった。しかし、人が大勢いても関係なく攻撃してくる参加者もいるんだな……。可能性を考えてなかった訳じゃないが……」
光葵は少しずつ息が整ってきて、冷静に考える。
(そうだね。それにあの子の魔法何だったんだろうね。〝何かにぶつかってる〟感触はあったけど何も見えなかったし……)
影慈が不思議そうな声を出す。
「うーん、何だろうな。風魔法とかとも違うような気がする」
光葵は頭を軽く捻る。
(あ、というか治療しよう。みっちゃん、身体ボロボロだよ……)
影慈は心配そうな声だ。
「そうだな……。影慈、すまん頼む。主人格交代……」
――瞳が琥珀色から陰のある黒に変わる。
◇◇◇
影慈が《回復魔法》で傷を治していく。
(回復魔法がなかったら、ヤバかったな……)
光葵から素直な口調の声が聞こえる。
「回復魔法が使えて本当によかった。金髪君は使えないみたいだし……」
影慈は安堵しつつ、人によって魔法適性があることを考えた。
光葵と影慈は比喩ではなく、二人で一人だ。
その分、魔法を使える幅が広いのは戦う上でも、有利に働くだろう。
主人格は光葵に戻した。
その日の内に頂川にメッセージで今日あった出来事、少女の特徴を共有しておいた。
頂川は心配してくれたが「俺も戦えない訳じゃないから気にし過ぎないでくれ」と返した。




