十八話 白衣の男 決着
「悪ぃ、日下部俺はもう動けねぇ。目が回復したら追いかけれるか?」
頂川の声が聞こえてくる。
「わかった。もうちょいで行けそうだ。…………よしっ! 行ってくる!」
光葵は一気に加速する。
そこで見た光景は予想外のものだった。
倉知がスキンヘッドの大男に心臓を手で貫かれているのだ……。
大男は身長が二メートルはあると思われる。そして、獣のような危険な雰囲気を纏っている。年齢は三十歳程だろうか。
「ゴハッ……。まさか……。他に……天使……サイドが…………」
倉知の瞳は輝きを失い、その辺に落ちている石ころと何ら変わらないものへと変わる。
――そして、身体や衣服、飛び散った血液等が灰のようになり最後は存在そのものが消えていった――。
「なっ……殺し……。というか、消えたぞ、狂人野郎…………」
光葵は目の前で突然起こったことに思考が追い付いていなかった……。
人殺し……。消えた倉知……。目の前にいる天使サイドの男……。
「おい! お前がこいつを追い込んでたのか……?」
大男は一言、光葵に質問する。まるで、獣が獲物の所有者を決める時のような圧がある。
「……そうだ。俺がそいつと戦っていた」
光葵は気圧されつつも、真っ直ぐな声で返答する。
「そうか……。悪ぃなお前の獲物横取りしちまって……。でも、仕留めきれなかったお前の落ち度だぜ? まあ、恨むってんなら相手になるがな……」
大男は今にも襲い掛かってきそうな雰囲気に変貌する。
「いや、争う気はない」
「そうか。じゃあ、行くぜ……」
大男はそのまま、何事もなかったように立ち去る。
廃墟に戻り、まず頂川の傷を回復させる。
そのために、影慈と〝主人格交代〟を行う。――瞳が琥珀色から陰のある黒に変わる。
◇◇◇
「金髪君、大丈夫? かなり傷深そうだけど……」
影慈は頂川の両手から上半身にかけての火傷を心配する。
「ん? ああ、大丈夫だぜ。……つか、日下部。そんなしゃべり方だっけか?」
頂川が疑問符を浮かべ、ジロジロと影慈の顔を見る。
「え? あぁ~。何かテンションで変わるんだよね、話し方。戦いが一段落して安心したからかな……?」
影慈はその場で思いついた言い訳をそのまま口にする。
「そうか。まあ、ならいいけどよ。あの白衣の男は倒せたのか?」
頂川はあまり気にしてないような表情で話題を切り替える。
影慈からすると、頂川の頓着しない性格は非常に助かった。二心同体だと説明して納得してもらうのは相当に苦労しそうだからだ。
「いや、それが……殺されてた……」
影慈は青い顔をして答える。
「嘘だろ⁉ 誰に……?」
頂川も驚きを隠しきれていない。
「天使サイドのスキンヘッドの大男だった。多分偶然近くを通ったんだと思う。待ち伏せしていたような感じじゃなかった……」
「そう……か……」
頂川は視線を落とし、無言になる。
静寂を破ったのは影慈だった。
「ねえ、金髪君。代理戦争を生き抜こうと思ったら、人殺しもしないといけないと思う……?」
影慈は淡々と、暗い声色で尋ねる。
「…………殺さなくてもいいんじゃねぇか? 降伏させるって道もある……。それに何より、俺は人を殺したくない……」
頂川はいつもの快活さはなく、静かに答える。
ただし、覚悟を決めた上での発言だと感じさせる言葉の強さがあった。
「そっか。そうだよね。僕も人を殺したいとは思わない……きっとそれでいいんだよ……」
影慈の心の迷いに光葵が反応しているのを感じる。
(俺も影慈と頂川の意見に賛成だ。人を殺したいとは全く思わない。降伏させて生き抜いていく。それでいいと思う……)
光葵の声は覚悟半分、恐れ半分といった印象だ。
自分が殺さない決断をしても、相手がそうとは限らない。敵に殺される可能性もあることを考えているのだろう。そこを考慮すれば、恐怖を感じるのが普通の感覚と言える……。
「金髪君……。回復はある程度できた。今日のところは家に帰って休もうか」
「そうだな。俺達もうフラフラだしな! また、連絡するわ!」
頂川は明るく声を出し、歩き始める。
影慈には無理をして明るい声を出しているように感じた――。




