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百二十三話 日下部 光葵 両親との別れ②

 十分ほど、家族三人で泣き続けていた。


「父さん、母さん。実は俺が帰ってきたのはあることを伝えるためなんだ……」


 光葵の心は潰れてしまいそうなほど痛む……。


「伝えるため……? 何を伝えたいの?」


 母は純粋に尋ねた様子だ。


「俺は……人間じゃないんだ。いや、正確には人間じゃなくなった……。人間の一次元上の存在になったんだ」


「人間じゃなくなった……? 何の冗談だ? ここにいる光葵は俺達の息子じゃないか。何も変わってない。仮に人間じゃなくたって俺達は光葵を愛し続けるぞ……?」


 父が本気でそう思っていることが伝わってくる。表情から、声から、視線から……。


「う……。クソっ。ダメだ。また泣いちまいそうだ……。俺は……俺は……。しっかりしろ俺!」


 光葵は手で頬を叩く。


「光葵! やめなさい!」


 母が本気で心配して止めようとする。


「母さん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。やっぱ、いざ伝えるとなると、気合いるわ……。……人間の一次元上の存在になった証拠を見せるよ。《氷魔法――コップ創出》」


 光葵の右手には氷でできた美しいコップが出現する。コップは机に置く。


「これは……なんだ? マジックか?」


 父は単純に驚嘆の声を出す。


「マジックじゃないよ。他にも色々使える。《火炎魔法》……。《生成魔法――ライター》」

 右手から小さく炎を出す。そして、左手でライターを作る。


「……光葵。本当に人間じゃなくなっちゃったの……?」


 母が悲しみと驚き半分といった表情で尋ねる。


「そう。詳しい内容は言えないんだけど、地球を守るための戦いに勝ったんだ。それで、俺は人間の一次元上の存在になった。今日、帰ってきたのは、父さんと母さんの『記憶』と『俺と若菜の痕跡』を消しにきたんだ……」


 ――自分でも分かる。俺は今とんでもなく暗い顔をしているんだろう――。


「光葵……! お前何言って……」


 父が焦って声を上げる。


「そうよ! なんで、記憶を消すなんて言うの⁉ 私達はそんなこと望まないわ!」


 いつも温厚な母が珍しく、声を荒げる。


「俺は最初から、あなた達の子どもじゃなかった。だから、悲しまないで……。俺は父さんと母さんの子どもでよかった……」


 光葵は努めて、優しく微笑む。


「ダメだ。……ダメだ! そんなこと、父さんは許さない! 誰が光葵にそんなことやらせたんだ! 俺が何とかしてやる! だから、そんなこと言うな!」


 父は本気で何とかしようと思っているのが伝わってくる。


「誰かがやらせたんじゃない。俺が選んだことなんだ。心から、魂から、こうしたいと思って選んだことなんだ……」


「そんな……。光葵。いやよ。私は。母さんはあなたのお母さん! 一生、ずっとお母さんなの! 勝手に記憶を消す、痕跡を消すなんて許しません!」


 母は本気で怒っている様子だ。


「そんなこと……言わないでくれよ……。父さん……母さん……。俺だって、嫌だよ。父さんと母さんに忘れられるなんて……。でも、俺も若菜もいなくなるなんて……。そんなの、そんなの悲し過ぎる。俺が、俺と若菜の記憶を消したら、ここ数カ月の不幸は消えてなくなる。これ以上、悲しむ必要もなくなるんだ……」


 この決断は、光葵が影慈と何度も相談して決めたことだ…………。


「……光葵。あまり親を舐めるなよ……。父さんも母さんも、光葵と若菜がいない世界なんて考えられない。仮に、光葵が人間じゃなくなったって、『俺達の前から消える』としたって、光葵と若菜のことを忘れるくらいなら、死んだ方がマシだ!」


 父が真剣に目を見つめて言葉を紡ぐ。


「そうよ! お父さんの言う通り! お母さんは光葵も若菜も大好き。あなた達のいない世界でなんて生きていけない。私達の近くにいられないとしても、記憶を……痕跡を消したりしないで! お父さんもお母さんもあなたのことを忘れたり絶対しないから!」


 母は涙を流しながら、切実に訴えかける。


「父さん……母さん……。……俺と若菜の記憶と痕跡を残すことは、辛いことだと思ってた。でも、二人にとっては記憶と痕跡を消される方が辛いの……?」


 光葵は涙をこらえながら尋ねる。


「当たり前だ! 光葵。お前は何があっても、父さんと母さんの子どもなんだから!」


 父が叫ぶように声にする。


「お母さんも同じよ! 光葵が記憶を消したって、忘れたりしないんだから!」


 母も声量を上げる。


「……俺は……。俺の記憶と若菜の記憶を残すことは、わがままだと思ってた……。でも、違うのか……。むしろ、俺と若菜の記憶を消すという考えがわがままだったのか……」


「そうだぞ、光葵。父さんと母さんは光葵と若菜と過ごした日々がとても大切だ。その日々を奪うなんてことは絶対しないでくれよ……」


「私も光葵と若菜と過ごした日々が大好き。二人共お腹にいる時から知ってるんだから。仲良しな二人が大好きなのよ……」


「……ありがとう。ありがとう……。俺と若菜のことを愛してくれて。こんな身勝手な俺のことを愛してくれて……」


 父と母が光葵を再度抱きしめる。


「光葵、若菜。お前達は最高の子どもだ。誰が何と言おうとそれは変わらないぞ」


「お母さんとお父さんの大切な光葵と若菜だもの。光葵も忘れないでね。お母さんとお父さんのこと……」


「忘れない……。絶対忘れないよ……。ありがとう。俺と若菜の親になってくれて……」


 ◇◇◇


 光葵は忘れることはない。代行者となったとしても、父と母に愛されていることを。そして、大好きな妹がいたことを……。


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