一話 スベテの始まり――
拙作「星の代理戦争~Twin Survive~」の大幅なリメイク版です。
展開も違っている箇所が多いので、お楽しみいただければと思います。
(初めて読もうとしてくださっている方は、今作が最新版なので、こちらをお読みいただければ幸いです)
大雨の降る夜のこと。
「もう耐えられない。僕はこの世から消えたいんだ。心配してくれてたのに、ごめんね」
日下部光葵の目の前で、黒髪の天然パーマが目立つ少年――夜月影慈はビルの屋上から飛び降りようとしていた。
「影慈……。お前のことは前から聞いてた。何とかできなかったことを俺は後悔してる。でも、死んだら全部終わりなんだ。何も残らない……」
光葵は必死に声を絞り出す。
「……みっちゃんは悪くないよ。悪いのは全部お父さんだ。お母さんが事故で死んで以来、毎日、酒に酔って、僕に暴言や暴力を振るうようになったって前に言ったよね? …………正直、もう耐えられない……」
「そんな……俺はお前に生きてほしいよ影慈!」
その時、雷鳴が響き渡る――。
「いやぁ、素晴らしい男の子達の友情だねぇ。感動しちゃったよ」
光葵が声のする方向を向くと、白衣を着た、ひょろりと痩せ型の四十代ほどの男がいた。
髪はボサボサで目が出っ張っており、ギョロギョロとしている。
「誰だおっさん! 何でこんなとこにいんだ⁉」
光葵は大声で尋ねる。
「いやね。ちょうど狩りやすい人間を探してたんだよ……。そしたら、なんとこんな大雨の日にビルの屋上に人間がいた……! これは運命だと思ったよ。私の召喚獣の良いエサがいたんだからねぇ……」
「はぁ? 召喚獣? おっさん何言ってんだ? そんなのゲームの中だけのもんだろ⁉ 今大事な取り込み中だから、帰ってくれ!」
光葵は怒り任せに声を荒げる。
「おやおや、威勢のいい餓鬼だねぇ。元気があるのはいいことだよぉ……。さて、おしゃべりもここまでだ。《召喚魔法――ガルム》」
地面に魔法陣が出てきたかと思うと、〝黒い毛で瞳が真っ赤な狼〟が出現した。明らかに普通の狼ではない。
「は? なんだその化物……」
「この子はガルム。私の大事な召喚獣さ。さあ、ご飯の時間だよ、ガルム。好きな方からお食べ」
ガルムは空腹なのか、大きな腹鳴を鳴らす。
野性的な危険な瞳が影慈を捉える。
「な、やめろ! イカれてんのか⁉」
「命が懸かった場面で、言葉で何とかしようとするなんて、甘い子だねぇ。まあ、安心しなよ。二人共仲良く胃袋で一つにしてあげるからさ」
次の瞬間、ガルムは影慈に飛び掛かる。
「ひっ……。たすけっ……」
影慈は身体がすくみ、その場でへたり込んでしまう。
「待ちやがれ! 影慈に近づくな!」
光葵は空手道場で鍛えた、廻し蹴りを放つ。
しかし、ガルムは身軽に廻し蹴りを躱し、影慈に向かっていく。
「ふざけんな! 今まで散々な目に遭ってきて、最期は犬のエサだと! んなこと、俺は認めねぇ! 影慈、死ぬ気で避けろ!」
「う……あぁ……」
影慈は身体中が震えながらも、何とか動こうとする。
ガルムは影慈の首を咬み切ろうと、跳び上がる。
大雨の影響もあり、影慈はその場で転倒する。結果、ガルムの噛みつきは躱すことができた。
しかし、ガルムは影慈を視界に捉えている。
「も……もう、ダメだ……」
影慈の悲痛な叫びが響く。
グジャリ……。
血肉が裂かれる音が鈍く鳴る。
「……へ? みっちゃん……? なんで……?」
影慈を守ろうとして、光葵はガルムの強烈な噛みつきを左腕に受けていた。
代償に、左腕は吹き飛んでいってしまった……。
「ぐがぁぁぁぁああああ……! ……影慈ぃ! 絶対死ぬな! 俺が命に代えてもお前を守ってやる!」
「みっちゃん。なんでそんな……」
「決まってんだろ! 俺達は親友だ! お前がどれだけ死にたかろうが、俺はお前に生きてほしい! ただのわがままだ! さっさと行け!」
光葵の左腕は肘から先が千切れており、出血量も致命的だ。
「本当に美しい友情だぁ。嬉しいなぁ。そんな友情をガルムが摂取できるんだから……」
白衣の男は歓喜の声を上げる。
「おっさん! 影慈に手を出してみろ、ただじゃおかねぇぞ……!」
「本当に元気な子だねぇ。でも、もう限界なんじゃない? その傷じゃ……。死が近づいてるのを感じるだろう……?」
「黙れ……! 影慈を守るためなら、命なんざ惜しくない。行け! 影慈……!」
次の瞬間、光葵は力が抜け、顔面から倒れ込む。
「……あぁ? なんだコレ……? 力が入らねぇ……」
◇◇◇
「それだけ、出血したら当然だよぉ……。さて、じゃあ終わりにしようか……」
白衣の男は無感情に、独り言を言うように呟く。
「ま、待て! 食べるなら僕を食べろ! みっちゃんは関係ないだろ!」
影慈が大声を出し、光葵の前に立つ。
「ん~? 何を言ってるのかな? 召喚獣が手っ取り早く強くなるには、生きた人間が必要なんだ。二人獲物がいるなら、二人食べる。当然だろう……?」
無慈悲にガルムは、影慈の脇腹を咬み切る。
内臓が溢れ、血の滝が流れ落ちる。
「うぐぅぁぁぁあああああ……! …………僕が、僕がこんな所に来たから……。みっちゃん……。…………神でも、悪魔でも何でもいい……。力を……。みっちゃんを守る力をくれ……!」
影慈はあまりの痛みに膝をつきながらも叫ぶ。
影慈は神も悪魔も信じていない。それでも、光葵を救うために縋るものとして、一番に頭に浮かんだのだ……。
すると、叫びに呼応するように、影慈の脳内に声が聞こえてくる。
(ふふふ。タイミングが良かったな。ちょうど、契約者を探していたんだ。神でも悪魔でもいいと言ったな? では、天使ならどうだ? 私はメフィ。私と契約して、二人が助かる道を選べ……)
「天……使……? あなたと契約すれば……みっちゃんは助かるんですか……?」
(ああ、そうだ。その代わり、〝二心同体〟で光葵をベースとした肉体になるがな……。影慈、君は損傷が酷すぎる……)
「……わかった。それでいい……! みっちゃんを! みっちゃんを助けてくれ……!」
(よろしい。契約成立だ)
光葵と影慈を黒色の魔法陣が取り囲む。
「なっ……。おいおい嘘だろぉ。このタイミングで『星の代理戦争』の契約しやがったのか……! ふざけたことしやがって……」
白衣の男は苛立ちを吐き出す。
黒色の魔法陣は柱状に伸び上がり、ガルムを吹き飛ばした。
そして、そこには、〝光葵一人〟が立っていた。
左腕は元通りになり、バチバチと光を放っている。