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第五十話:シリル VS エルダ

「カイちゃん、木剣を貸してもらえる?」


 エルダは静かに声をかけ、構えたままのカイリから木剣を受け取った。


「ありがとう。それから――二人は少し下がってくれる? グラントちゃん、ラグレンスちゃんの肩をお願いね」


 ラグレンスは、さっきのシリルのただならぬ気配にあてられたのか、腰を抜かしたまま立ち上がれずにいる。

 グラントが苦笑しながら、そっとラグレンスの肩を支えて離れていった。


 エルダはシリルに向き直り、軽く木剣を構え直す。


「いい?これはあくまで学校の訓練。――殺しや大けがは、お互い勘弁してね」


 エルダのやわらかな口調に続いて、すこし離れた場所から、シエルの声が響く。


「こうなったら仕方ないけど……シリル、本当に――絶対にだよ。無茶しすぎたら、あとで怒るからね!」


 シリルはちらりとシエルを振り返り、仮面の下で小さく笑う。


「わかったってば、シエル」


 その言葉に、エルダは一瞬だけ目を丸くし――すぐに、やわらかく微笑んだ。


「ふふ、頼もしいね。じゃあ、しっかり約束守ってもらおうかな」


 対峙する二人を見守る生徒たちは、固唾をのんで静かにその場に立ち尽くしていた。

 普段の訓練とは違う、ぴんと張りつめた空気。

 誰もが、いま目の前で始まろうとしている“本物”の勝負を、目を離さず見守っている。


「始めていいわよ、グラントちゃん」


「――じゃあ、始め!」





 グラントの合図が響くと同時に、シリルがエルダとの間合いを詰め、横薙ぎの一撃を放つ。


(うわ、速っ!)


 エルダは驚きつつも、体をしならせてギリギリでかわす。

 その勢いを活かして一回転、シリルの顎を狙い上段蹴りを放つ。

 だが、シリルも即座に体をそらして衝撃を殺す。


 ――しかし、かすった足先がシリルの顎をとらえ、姿勢を崩す。

 シリルの顔を覆っていた仮面が、宙に舞った。

 白い仮面は大きく弧を描き、生徒たちの足元へ転がっていく。


「……え?」


 誰かが小さく声を漏らす。

 口元から赤い血が一筋、ぽたりと垂れる。

 だが、シリルは気にも留めず、すぐに体勢を立て直す。

 露わになった素顔。

 そのまま、何事もなかったように――いや、むしろ楽しそうに――再びエルダへ向かって駆け出した。

 エルダは素早くしゃがみ込み、下段への蹴りを狙う。

 だが、シリルは小さく跳び上がってかわす。

 しかし、それすら読んでいたかのように、エルダが上段から木剣を振り下ろす。


 咄嗟に木剣で受け止めた瞬間、叩き潰される勢いとともに、耳をつんざく轟音が響いた。


(お、重……!)


 シリルは咄嗟に魔力を木剣に流していたため折れずに済んだが、腕がビリビリと痺れる。

 このままでは反撃できないと見て、一歩下がる――だが、もうエルダは目の前にいた。

 速さでは負けない自信があったシリルの瞳に、一瞬だけ動揺が走る。

 その隙を逃さず、エルダが左手でシリルの腹を強打する。

 魔力が込められた、その的確な一撃がみぞおちを抉る。

 シリルの口から血混じりの息が飛び出す。

 続けざま、もう片手の木剣が容赦なく振り下ろされる。


 しかし、シリルは痛みに顔を歪めつつも、怯まない。

 左手でエルダの右手首を払って木剣の軌道をそらし、すかさず右手の木剣の柄でエルダの顔面を打つ。


 ゴッ!


 エルダが小さくうめき、体ごと後方に飛ばされる。

 だが、すぐに受け身をとり、転がるように起き上がったエルダの前に、今度はシリルが一気に詰め寄っていた。


 目の前、ほんの数歩の距離で、二人の視線が交錯する。

 シリルが踏み込む。

 再び斬撃と蹴り、拳がせめぎ合う。

 だが、ここから少しずつ、シリルの呼吸が荒くなる。

 傷の痛み、腕の痺れ――その全てが、じわじわと動きのキレを奪っていく。


 エルダはその変化を逃さず、最小限の動きでシリルの攻撃をいなす。

 逆に、細かなカウンターが確実にシリルの体力を削っていった。


 やがて、木剣と木剣が激しくぶつかり合った拍子に、シリルの手から木剣がわずかに滑る。


(まずい――)


 その瞬間、エルダの膝蹴りがシリルの腹をとらえ、体が宙に浮く。

 シリルはどうにか体勢を立て直して踏ん張るが、再び追撃が迫る。

 ギリギリの攻防。

 その均衡が、わずかに傾き始めていた。


 激しい攻防――

 しかしシリルは傷と痺れにも構わず、ますます楽しそうに笑いはじめる。




 そんな二人を見ている生徒たちは、思わず息を呑む。


「……なに、あれ……」

「あの子、ぜんぜん止まる気が……」


 カイリは目を細め、ただ黙って二人を見つめる。

 ラグレンスは震えながら、「なんで止まらないんだ……」と茫然と見つめる。


 グラントも表情を引き締め、「――このままじゃ、危ないぞ」と小さくつぶやいた。


 その最中、エルダは一瞬だけシリルの目を見て、静かに考える。


(さくっと痛めつけて終わるつもりだったけど……この子は、危ういわね。どういう教わり方をしたのかしら。)




 攻防はなおも続いた。

 シリルの勢いは衰えず、むしろ追い詰められるほど、笑みが濃くなっていく。

 だが、痛みと疲労は確実に身体を蝕み、動きが微妙に鈍りはじめていた。


 エルダもまた、余裕がなくなっていくのを自覚する。

(すごいわね……普通ならここで折れるはずなのに、この子……)


 木剣と木剣が火花を散らす。

 シリルは執拗に食らいつき、エルダの一撃を受け流し、反撃に転じる。

 それでもなおエルダは防ぎ、わずかの隙を逃さず打ち込む。

 互いに一歩も譲らぬ拮抗――だが、確かに均衡はエルダへと傾きつつあった。


 ――そのとき


 ふと、シリルの顔つきが変わる。

 笑みを浮かべているのに、瞳は――野生の獣のように、飢えた戦闘の光を宿していた。

 その瞬間、シリルの木剣を握る手とは反対の手から、魔力が溢れ出す。


(……まずい!)


 エルダの胸に、鋭い警戒が走る。


 その刹那――


「シリル!!」


 訓練場に、シエルの叫び声が響く。


 はっと我に返ったシリルの動きが止まる。

 一瞬の静寂のあと、夢中になっていた自分に気づき、照れくさそうに頭をかく。


 「……あ、ごめん」


 その一言とともに、場の緊張がふっと解ける。

 エルダは小さく息をつき、木剣を下ろした。




 訓練場に静けさが戻る。

 ついさっきまでの熱気と轟音が、嘘みたいに消えていった。

 シリルもようやく息を整え、ふぅっと小さく息をつく。


 エルダは一歩下がって肩で息をしながら、しばらくシリルをじっと見ていた。

 その顔には、安堵とちょっとした驚き、それに少しだけ怖さも混じっている。


「シリル!」


 駆け寄ってきたのはシエルだ。

 弟を叱る姉のように、シリルの両肩に手を置く。


「……ねえ、私が止めなかったら、絶対やってたでしょ?」


 シリルはうつむいて、ぼそっと「……ごめんなさい」と返す。

 さっきまでの気迫はどこへやら、すっかりしょんぼりしてしまっている。


 訓練場の一角では、カイとラグレンスが呆然と立ち尽くしていた。

 一方、他の生徒たちは一気に大騒ぎになった。


「うわ、今の見た!?」

「主任もすっごい強かった!」

「あの子も本当に人間かってくらい動いてたし――」

「あんなの間近で見れるなんて!」


 フィオナが興奮気味に声を上げ、他の生徒たちもざわざわと盛り上がる。

 カイとラグレンスだけは、まだ言葉も出ないままだった。


 エルダは無言で木剣を下ろし、やがて小さく苦笑する。


「――ごめんね、私もつい楽しくなって止め時を間違えちゃったわ。責任者なのに、ダメだわね」


「いや、それは……それにシリルが、最初から仕掛けてきたんです! わざとあんな殺気なんか出して……」


 シエルが言いかけたところで、グラントが肩をすくめて割り込む。


「いや、エルダ。途中でシリルが挑発してたの、ちゃんと気づいてただろ?それに乗っかったのもあんただ。主任の責任だよ。シエルが止めなかったら、どうなってたか……。俺は前に、シリルが“危うい奴”だってちゃんと説明しておいたからな」


 グラントの言葉に、エルダも苦笑して頭を下げる。


「……すみませんでした」


 そのタイミングで、ユーリスが場の空気を変えるように前へ出る。


「はい、みなさん。一度落ち着きましょう。今日はこのまま実技はおしまいにして、教室でみんなで少し振り返りの時間を持ちましょうか」


 生徒たちはざわざわとしながらも、ユーリスの言葉に従い、教室へと戻り始める。


 エルダは改めて生徒たちに頭を下げる。


「ごめんなさいね、みんな。授業を中断してしまって」


 そうして、まず生徒たちが訓練場を後にし、次いでエルダ達に頭を下げ、ユーリスも教室へと向かった。




 訓練場には、グラント、エルダ、シリル、シエル、そしてアルマが残っていた。


「生徒たちに、ちゃんと謝らないとね」とエルダが言い、グラントも頷く。

「少し間を空けて、ユーリスが場を落ち着かせてから行こう」と提案し、しばらくその場に留まることになった。


 静かな空気の中、シエルがシリルの前に立つ。


「本当に、ダメって言ったでしょ。またグラントさんの時みたいに、ボロボロになるまでやるかと思ったよ」


 シリルは頭をかきながら、「ちょっと夢中になりすぎた」と苦笑いし、素直に謝る。

 アルマがエルダをちらりと見て、真面目な声で言った。


「でも、あの女は本当に強かったな。魔力を全開にしても、シリルが勝てたかどうかわからん」


 その言葉に、シリルも少し顔を上げて、「ね、すごかったよね」と嬉しそうに返す。


「……シリル、反省してるの?」とシエルが呆れ顔で念を押すと、「あ、ごめん」と再びしゅんとなる。

 そんなやりとりに、場の空気が少し柔らかくなる。


 少し離れたところでは、グラントとエルダが小声で話していた。


「今回はシエルちゃんに助けられたわ。正直、あそこまで危うい子だとは思わなかった」


「魔獣相手と大差ないさ。……いや、下手すりゃ魔獣の方がマシかもな。あんなに怖いもの知らずで突っ込んでくる奴は、見たことがない」


 エルダはしみじみとうなずいたが、突然ぱっと顔を上げ、

「でも、だからこそ――もったいないわ!」と声を弾ませた。


 急なテンションの変化に、グラントが目を丸くする。


「あんだけ瞬発力と判断力と度胸があって、しかも勘もいい。予想以上に避けられたしね。でも剣術が本当におざなり!同い年の子たちよりは使えてるけど、どちらかと言えば速さと身体能力でごまかしてる感じ。剣で斬るより早いからって、まさか柄で殴られるとは思わなかったわ」


「そういや、思いっきり殴られてたな。腫れてるぞ」とグラントがからかうように言うと、


 エルダはむっとした顔になり、さりげなく回復魔法を唱えてしまう。

 回復を終えると、エルダはまだ興奮冷めやらぬ様子で、しきりに腕を組みながら考え込んだ。


「……それにしても、あの才能。ちょっと基礎を教え込めば、あの子はもっと伸びるはず……。どうにかして色々教え込めないかしら」


 すっかり“指導者モード”に入りかけているエルダに、横からグラントが呆れたように口を挟む。


「いや、主任。シリルも大事だが――今はラグレンスとカイの方が問題だろ。特にラグレンスは見てただろ?完全に腰が抜けてたぞ。あのまま放っとくと、下手したら冒険者を諦めかねん」


 エルダは一瞬ぽかんとした顔になり、すぐに肩をすくめて笑う。


「それは……まあ、なんとかするわよ。責任者だもの」


 そして表情を引き締める。


「……でもすぐに手を打たなきゃね。特に、彼は」


 その言葉の端には、指導者としての決意が静かに滲んでいた。


 その表情は、先ほどまでの楽しげなものから、すっかり指導者の顔へと戻っていた。


 しばしの沈黙の後、グラントが口を開く。


「――さて。そろそろ俺たちも行くか。生徒たち、待ってるぞ」


 エルダも頷き、みんなで訓練場をあとにした。

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