第四十八話:校舎見学と訓練場の出会い
「それじゃあ、エルダ、案内よろしくね」
ルネリリーの声に、エルダが軽く手を挙げて応じる。
「はい!お任せください。それじゃあ、皆さん、こちらへどうぞ」
エルダは楽しげな笑顔で立ち上がると、先頭に立って廊下へと出る。一行も後に続いた。
「まずは――あそこ」
エルダが指さしたのは、先ほど生徒たちが顔を出してきた部屋だ。
「さっき生徒たちが、顔を出していたわね。あそこは薬全般について学んだり、調合したりする部屋よ。今は授業中で、騒ぎになりそうだから入らないけど……」
少し苦笑するエルダ。
「中にはね、色々な薬草や、その他魔獣や動物などで、薬になるものが置いてあるわ」
そのまま一行は校舎内を進む。
小さいながら、様々な教室があった。
魔方陣の描き方や魔力の流し方を学ぶ魔術実習室。
道具や標本を扱う実験室。
生徒たちが集まって食事をとる小さな食堂も備えられていた。
階段を上がった二階には、各学年ごとの教室が並ぶ座学エリアがある。
この学校は6歳から入学でき、「6,7歳クラス」「8,9歳クラス」と言った具合に、2歳ごとで一クラスになっており、全五クラスある。
ここでは読み書きや算術、歴史などが学ばれている。
アルマが子供たちのいる教室の前を通るたび、中はざわめいていた。
屋外に出れば、剣術や体術、弓術などの訓練場と、魔法の試し撃ちスペースが広がっている。
シリルは案内されるたびに興味津々な様子を見せ、シエルはそんな姿にやわらかく微笑む。
グラントは「……普通の子供みたいだな」と心の中で思っていた。
一行は一通り校舎を見て回った。
最後に校庭の端で足を止めると、エルダが一行を振り返った。
「さて――ひと通り案内できたところで、よかったら一番上のクラス、14歳から15歳の子たちが今から実技の授業をするの。よかったら、その授業に参加してみる?」
エルダは微笑みながら提案した。
シリルは一瞬きょとんとし、すぐに目を輝かせて頷く。
シエルはそんなシリルの様子を見て、すぐに微笑みうなずいた。
グラントは少しだけ後ろで様子を見守りながら、静かにその様子を見ていた。
「じゃあ、さっきの訓練場に戻って、待ちましょう」
そう言って、エルダを先頭に、一同は訓練場へと戻った。
しばらくすると、建物内からがやがやとした集団が外へと出てくる。
この学校で一番上のクラス、14,15歳の生徒たち――七名――が訓練場に現れた。
その後ろから、実技担当の先生がゆっくりと姿を現す。
三十代半ばの男性で、細身で中背。
短く整えた栗色の髪に、日に焼けた健康的な肌。
動きやすいがきちんと手入れされたチュニックと丈夫なパンツを着ており、腰には古びた革のベルトが巻かれている。
服装全体は実用的で清潔だが、どこか冒険者時代の名残が感じられる。
目元は優しげで、柔らかな雰囲気。話しかけやすい親しみやすさもあり、生徒たちにはやや舐められ気味だが、ふとした仕草や立ち居振る舞いには、元冒険者としての経験と落ち着きが垣間見える。
訓練場に現れた七人の生徒たちは、エルダやグラントの姿を見つけて「おはようございます!」と、少し緊張した面持ちであいさつした。
その中の一人が、ふいに目を丸くして声を上げる。
「あ、シエルさんじゃない!?」
「ほんとだ!」「久しぶりに見た……」「授業、一緒にやるのかな……」
そんな小さなどよめきが一気に広がる。
生徒たちはみなシエルのことを知ってはいるが、こうして向き合うのは久しぶりだった。
「エルダさんとグラントさん……それにシエルさんなんて、なんかすごいメンバーだな……」
そのとき、ふと生徒たちの視線がシリルに集まる。
仮面をつけたままのシリル、そしてその隣にいる大きな銀狼――アルマを目にして、一瞬息を呑むような静けさが生まれた。
「……あれ、あの子、仮面……?」
「隣の狼、めっちゃ大きい……あれが銀狼……」
「見学に来るって聞いてたけど、こんなにすごい人たちだったんだ……」
そう囁き合いながらも、生徒たちの目には驚きと好奇心、そしてほんの少しの緊張が宿っていた。
ざわつく生徒たちの前に、先生が一歩進み出る。
優しい声で手を軽く叩きながら、「はい、静かにしましょう」とやんわりと場を整える。
「今日は見学の方々が来ること、事前に伝えていましたね? 騒がず、落ち着いて行動しましょう」
先生はグラントたちの方へ向き直り、丁寧に一礼する。
「主任、そしてグラントさん、改めて本日はよろしくお願いします。そして……シエルさん、お久しぶりですね」
シリルに向き直ると、柔らかな笑みを浮かべて自己紹介する。
「はじめまして。私がこのクラスの実技を担当しています、ユーリスと申します。今日はよろしくお願いします」
シリルも一歩前に出て、「シリルです。よろしくお願いします」と頭を下げた。
先生は頷き、生徒たちの方へ再び向き直る。
「さて、今日は主任のご提案で、見学者の皆さんが私たちの授業に参加されます。
まず、シエルさんは皆さんご存知ですね?数少ない特進卒業生であり、今はランクEの冒険者です。
この若さでこのランクにいるのは、とても優秀なことなんですよ」
生徒たちの間から、小さく「やっぱりすごいんだ……」「Eランクって……」と憧れの混じった声が漏れる。
「そして、その隣にいる仮面の少年は、シリルさんと言います。
彼については、あまり詮索しないようにとお願いしていますが……彼も冒険者であり、シエルさんと同じパーティの仲間です。
しかも、十三歳にしてランクFの冒険者。
これほど若くして冒険者として認められている人は、なかなかいません」
またざわめきが広がる。「十三歳でFランク?」「すご……」「仮面の子、強いのかな……」と小声でささやき合う生徒たち。
先生は少しだけ苦笑しながら、アルマにも目を向けた。
「そして……その使役魔獣として、銀狼なんて……私は正直、初めて見ましたよ」
そう言いながら、驚きと好奇心を隠せない様子で、優しく微笑んでいた。
驚きや羨望の眼差し、憧れや純粋な好奇心――生徒たちはそれぞれにさまざまな反応を見せていたが、ただ一人だけ、明らかに不満げな表情を浮かべる生徒がいた。
その少年は、ラグレンス。
金色の髪を肩まで伸ばし、上質な素材ながらも動きやすさを重視したシンプルな服を身にまとっている。
切れ長の瞳は涼しげだが、今は僅かに険しい色を帯びている。
端正な顔立ちに気品が漂うものの、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっている。
両腕を組み、他の生徒たちとは一歩離れて訓練場の端に立っていた。
先生の説明に合わせて他の生徒たちが歓声や憧れの声を漏らす中、ラグレンスだけは眉をひそめ、じっとシリルを見つめている。
――なんで、こんな子供が。
そんな思いが瞳の奥に滲んでいた。
そんなラグレンスの姿を、じっと見つめている者がいた。
――エルダだった。
エルダは、実技担当のユーリスやラグレンスの担任の先生から、彼のことについて何度も話を聞いていた。
ラグレンスは一年早く、特進卒業生としてこの学校を卒業し、早く冒険者になりたいと強く望んでいる。
「自分には実力があるはずだ、なぜ卒業を認めてもらえないのか」と、今年に入ってから特に不満を露わにする場面が多かった。
戦闘や座学については、誰もが認める実力の持ち主だ。
実地演習でも、上級生であり、今学校で一番と言われるカイと肩を並べて常に一位を争っている。
だが――
エルダも、ユーリスも、そして担任も感じていた。
カイにはあって、ラグレンスには決定的に欠けているものがある、と。
そんな中、エルダはそっとグラントの横へと歩み寄り、周囲に聞こえないよう小さな声で話しかけた。
「ねえ、グラントちゃん。あのシリルちゃんて子、相当強いのよね?あなたが負けたって本当?」
グラントは一瞬だけ怪訝そうな顔をし、ぼそりと返す。
「……なんで知って――ああ、ハドリーか。……本当だよ。」
「実力だけなら、ランクB相当じゃない。しかも、シエルちゃんも鍛えたとか聞いたわ。」
「マーカス曰く、見違えたらしいぞ。あの二人は、ある意味“ランク詐欺”だな。」
エルダは感心したように目を細め、そっと頷く。
「なるほどね。じゃあ――ちょうどいいかもしれない。」
二人はそれ以上多くを語らず、目の前のラグレンスとシリルの様子を静かに見守った。
先生が改めて全員に語りかける。
「それでは、今日は見学者の皆さんも交えて実技の訓練をしましょう。まずは前回やった剣術から――」
そう言いかけたその時、エルダが勢いよく前に出てきた。
「せっかく現役冒険者が二人も来てくれたんだもの。そのままじゃもったいないわよね?今回は特別に――模擬戦。現役冒険者VS現役生徒たち、なんてどう?」
その提案に、生徒たちから歓声が上がる。
訓練場の空気が一気に華やぐ。
ユーリスが、少しだけ心配そうに尋ねる。
「主任……大丈夫なんですか?お二人ともまだお若いですし……」
エルダは余裕の笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫大丈夫。全部私に任せておいて!」
その賑やかな中、先に静かに一歩前へ出たのはカイだった。
堂々とした立ち姿でエルダに向き直る。
「エルダさん。もしよければ――最初は僕がシリルくんと手合わせさせてほしいです」
カイの声は落ち着いているが、その奥には自分の力を確かめたいという思いがにじんでいる。
もうすぐ卒業を控えた身として、実際に冒険者として活動する年下の少年の実力を、自分の目と体で知ってみたかった。
訓練場がざわめく。「カイくんが行くのか」「やっぱり一番手は……」という声が上がる。
だがその時、すぐ横から、ラグレンスが迷いのない足取りで前に出た。
その顔には譲る気のない、真剣な表情が浮かんでいる。
「エルダさん、すみません。もし可能なら――まずは僕が、その少年と手合わせをさせてもらえませんか」
その言葉に、ざわめきはさらに大きくなった。
「ラグレンスも……?」「これはすごいことになったな」と、生徒たちが騒ぎ出す。
エルダは二人の様子を見比べながら、ふと思いついたようにシリルに声をかけた。
「シリルちゃん、二人同時に相手するっていうのはどうかしら?」
突然の提案に、訓練場が一瞬静まり返る。
カイは驚きが隠せず、目を丸くして思わず声を漏らした。
「二人同時に……?」
ラグレンスは一瞬きょとんとしたが、すぐに眉をひそめてエルダを睨む。
「……僕たちを、まとめて相手にできるってことですか?」
その表情には、「舐められた」と思った怒りがはっきりと浮かんでいた。
そんな空気の中、シリルはきょとんとしながらも、すぐにうなずく。
「うん、全然いいよ!」
あっさりとしたシリルの返事に、ラグレンスはさらに苛立ちを募らせる。
その反応こそが、まるで自分たちが“本気でぶつかる相手にすらならない”と言われているようで、胸の奥が熱くなった。
一方でカイは、シリルの自然体な様子に逆に警戒心を強めていた。
(……この反応、もしかして、本当にただ者じゃないのかもしれない)
周囲の生徒たちは「えっ、思ったより子供……」「この子、本当に大丈夫?」とひそひそ驚きの声を漏らし、「二人まとめて相手!?」「さすがに無茶じゃ……」とどよめきが広がった。
実技担当のユーリスも、慌てて口を挟む。
「主任、さすがにそれは……!」
だが、シリルは平然と肩をすくめる。
「俺は全然大丈夫だけど」
エルダはいたずらっぽく微笑み、ユーリスに振り向いた。
「だって――」




