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第四十七話:ギルドの学び舎

 ギルドを出た一行は、朝の通りを抜けて街はずれの静かな区画へと向かった。

 ほどなく、低い石垣に囲まれた小さな校舎が見えてくる。


 校舎は二階建ての石造り。

 玄関前には、まだ背の低い木々が植えられ、通り沿いにはギルドの紋章旗が風に揺れている。

 質素ながらも手入れが行き届き、窓からは子供たちの声や笑い声がほんのりと漏れ聞こえていた。


 門の先には、広くはないが芝生の広場と、木造の訓練用の設備がいくつか並ぶ。

 小さな校庭には剣の木製ダミーや魔法陣の練習台が置かれていた。


「ここが、ギルドの学校だ」


 グラントの案内に従いながら、シリルは目を輝かせて周囲を見回す。

 ふと隣で、シエルが立ち止まる。


「懐かしいなあ……。この朝の雰囲気、ぜんぜん変わってないや」


 彼女はゆっくりと校舎を見上げ、小さく微笑む。


「私、ここの卒業生なんだ」


 その言葉に、シリルが「そうなんだ!」と驚き、アルマも「ほう」と感心したように耳を揺らす。

 その様子を見ていたグラントが、軽く笑いながら言った。


「シエルはここじゃ有名人だぞ」


 シエルは少し慌てたように手を振る。


「い、いえ、そんなことないですって……」


 だがグラントは首を振る。


「いや、お前みたいな“特進卒業生”は、滅多にいないからな。

 本来は十六になる春に卒業するのが普通だけど、シエルは十五になる年、十四の春――一年早く卒業したんだ。

 ここじゃ有名になって当然さ」


 シリルが目を丸くして、思わず声をあげる。


「へえ! すご!!」


 シエルはますます照れくさそうに頬を赤らめて、苦笑いを浮かべる。


 その時、校舎の玄関が開き、一人の女性が姿を現した。

 長く淡い緑色の髪が印象的で、背の高い、すらりとした美しい女性だ。

 その立ち姿やまとう空気から、実地経験の豊かさがひと目で伝わってくる。


「あら!久しぶり、シエルちゃん! 活躍は聞いているわよ」


 シエルは少し照れくさそうに、「お久しぶりです!」と丁寧に頭を下げる。

 女性はすぐにグラントにも気づき、にこやかに手を振った。


「おはよう、グラントちゃん」


 グラントは小さく会釈しながら、困ったように返す。


「ちゃんはやめてくれ……エルダ姉さん」


「あら、グラントちゃんがこんなにちっちゃい頃から知ってるんだから、仕方ないじゃない」


 エルダは膝のあたりで「このくらいよ」と手をかざして見せる。

 シリルがぽつりと、「グラントのお姉さん?」と呟いた。


「姉さんって呼べって言われてるんだ。……っていうか、嘘はやめろよ。知り合ったのは俺が十八の時だから、もう十分でかかっただろ」


「あら、そうだったかしら?」


 エルダはしれっととぼけて、口元に手を当てて笑う。

 そんなやりとりのあと、エルダはシエルの方に向き直る。


「シエルちゃんも、ほんとうに久しぶりね。もっと顔を出してくれたらいいのに……まあ、忙しいのはわかってるけど」


 そう言って、エルダはそっとシエルに近づき、両手でシエルの頬に優しく触れた。

 少し驚いたシエルだったが、エルダは真剣な表情でじっと顔を見つめる。そして、ふと優しく微笑む。


「……うん、いい顔になってて安心したわ。――ちゃんと前を向いてる顔。……そちらの仮面の坊やのおかげかしら?」


 エルダはすぐ隣にいたシリルに視線を向ける。

 シエルも「はい」としっかり頷いた。


 エルダはそのまま、シリルの前にしゃがみ込む。


「初めまして。私はエルダ。ここで指導主任をやってるの」


 シリルも軽く頭を下げて答える。


「ん、はじめまして。俺はシリル。指導主任?」


「簡単に言うと、先生たちの責任者――隊長みたいなものかしら」


「責任者でわかるよ。じゃあ、すごく偉いんだ」


 その言葉に、エルダはくすりと笑った。


「まあ、そうね。――ところで、その仮面、外せないの?」


「少しの間なら大丈夫だよ」


 そう言って、シリルは仮面を外す。

 何度か外した経験もあり、髪や瞳の色がどのくらいの時間で戻ってしまうか、もうわかっている。


 エルダはじっとシリルを見つめてから、感嘆の声を上げた。


「あら、綺麗なお顔! 髪も瞳も綺麗だと思ったけど、お顔も素敵ね。仮面で隠すなんてもったいないわ」


 その時、グラントが横から口を挟む。


「事情は伝えてあるだろ。色々あるんだ、あまり突っ込まないでくれ」


「ああ、そうだったわね。たしかに、そちらの銀狼(シルバーウルフ)――アルマちゃんだっけ?君も含めてだったわね」


 そう言って、エルダは立ち上がると、今度はアルマの方に近づいてじっと見つめ始める。

 アルマは少しだけ警戒しながらも、後ずさりした。


「綺麗な毛並みね! 久しぶりに銀狼は見たけど、小柄な方かしら?それでもやっぱり大きくて、すごく綺麗……。あと、あなた――銀狼にしてはちょっと……」


 エルダの勢いに、みんな少し圧倒されてしまい、空気が止まりかける。

 そんな中、グラントが呆れたように言った。


「姉さん、そろそろいいか? いつになったら校舎に入れてくれるんだ……」


「あら、ごめんなさいね。つい嬉しくなって……。さ、校舎に入りましょう。アルマちゃん、廊下は通れそうかしら? ギリギリ大丈夫?」


「……いいから行こう」


「そうね、ダメだったらその時考えましょう」


 校舎へと向かう道すがら、アルマが前を歩くエルダをじっと見ながら、シリルに念話で囁いた。


『あの女、ふざけた感じだったが、そうとう強いな』


 シリルも静かにうなずく。


『うん。普通にしているのに、全然隙がない。ボスみたい』


 二人はそんな静かなやりとりを交わしながら、校舎へと足を踏み入れた。




 校舎はやや狭かったが、アルマもなんとか通れそうだった。

 エルダは「ついてきて」と振り返りながら、廊下を先導する。


「一応みんなには、アルマちゃんも今日来るって説明してあるから大丈夫……と言いたいけど――」


 教室の前を通ると、中からざわめきが広がり、扉が開いて子供たちが顔をのぞかせる。


「だいぶ騒がしくなってるぞ」


 グラントが指摘すると、エルダは苦笑して肩をすくめた。


「無理だったわね」


 そして一行を振り返り、


「とりあえず授業の見学の前に、まずはうちの学校について説明するから、主任室まで来てくれる?」


 そう言って廊下を歩き、一番奥の大きな扉の前で立ち止まる。

 主任室の扉は観音開きになっており、エルダはアルマを見て、両方をゆっくりと開いた。

 片側の扉は普段は使われていないのか、ぎぃっと重たい音を立てて開く。


「さあ、どうぞ!」


 部屋の中には、エルダとは対照的に、背が低く、やわらかな雰囲気をまとった中年の女性が奥の机に座っていた。

 シリルたちの姿に気づくと、すっと立ち上がると、彼女はグラントとシエルに微笑みかける。


「グラントさん、シエルさん、お久しぶりですね」


 そして、シリルに向き直りにこやかに挨拶をする。


「初めまして。この学校で管理主任を務めております、ルネリリーです」


 シリルも軽く頭を下げて、


「初めまして、シリルです」


 と挨拶した。


 シリルとシエルは、ルネリリーに促されて部屋の中央に置かれた大きなソファに並んで腰かけた。

 アルマはそのすぐ後ろ、シリルの背中を守るように静かにお座りする。

 グラントはルネリリーから椅子を渡され、ソファの横手に控えめに腰を下ろす。


 向かい側には、エルダとルネリリーが並んで座った。

 支部長室にも似た落ち着いた空気の中で、指導主任と管理主任が優しく一行を迎える。


 窓から射す柔らかな光が、部屋の中央をあたたかく照らしていた。


 ルネリリーがゆっくりと話し始める。


「今回はシリルさんが学校見学をご希望だと、ハドリーさんから伺っています。見学の前に、簡単に学校の説明をさせていただいてもよろしいですか?」


 シリルは姿勢を正して「お願いします」ときちんと頭を下げた。


 その様子に、グラントが少し意外そうな顔で呟く。


「敬語、使えたのか……」


 シリルはちらりとも見ずに、無視を決め込む。

 それに思わずルネリリーも小さく笑い、話を続けた。


「この学校は、もともとは孤児や貧しい家の子たちのために設立されたものなんです。

 孤児の子たちは、以前はどこかの貴族に引き取られるか、職人見習いや下働きとして働く――あるいは旅芸人に預けられたり、修道院で育てられることもありました。

 一方で、貧しい家の子どもたちは、多くが家業を継ぐか、それができなければやむなく盗みや犯罪に手を染めてしまう場合も少なくありませんでした。」


 ルネリリーはほんの少し声を落とし、続ける。


「昔のクアガット周辺は、今よりもずっと魔獣が多く危険でした。ですが、その分だけ高額な依頼も多かったので、若い子たちが一攫千金を夢見て冒険者になる――そんなこともよくあったんです。ただ、無知や経験不足から、若くして命を落とす子も多かった……。

 そこで、現支部長のハドリーさんが『最低限の知識と技術を身につけ、無駄に命を落とさないように』と、この学校を作ったのです。」


 ルネリリーは優しいまなざしで一行を見渡した。


「今は地頭代も変わり、街そのものも平和になりました。孤児や貧民の子どももずいぶん減りましたが、ハドリーさんやエルダ主任の教育がとても素晴らしいと評判になり、この学校もちゃんとした学校として街の中で認められるようになったんです。今では、孤児や貧しい子たちだけでなく、普通の家庭の子や、少数ですが貴族の子どもも在籍しています。」


 そして、ゆっくりと付け加える。


「もちろん、ここを卒業したからといって、必ずしも冒険者になる必要はありません。他の技術職や研究職の道に進む子も多いんです。この学校は、ただ冒険者を育てるだけでなく、子どもたちが自分の適性や希望に合わせて進路を選べるよう、幅広く学べるように工夫されています。」


 ルネリリーの穏やかな説明が終わると、部屋に静かな間が流れた。


「……へえ、こんな場所があるんだ。全然知らなかった……。あとハドリーさんって、すごい人なんだね」


 その言葉に、グラントが自然と表情を和らげる。


「ああ、あいつは本当にすごい。支部じゃ誰もが一目置いてる――オレもな」


 グラントの声には、普段のぶっきらぼうさとは違う、どこか尊敬と信頼が滲んでいた。

 シエルは懐かしそうに笑みを浮かべる。


「ここで学んでいた頃のこと、なんだか思い出してきた。……ヴィクトに誘われて入ったこと。

 剣や魔法も好きだったけど――あの時があったから、今の私がいるんだなって思います」


 そのやりとりのあいだ、アルマはすっかり話に飽きたのか、シリルの後ろで体を伸ばし、床にごろんと寝そべっていた。

 だらんと尻尾を伸ばし、片耳だけこちらに向けている。


 グラントは「まあ、下手なギルドよりずっとましだ」と肩をすくめた。

 エルダは、どこか誇らしさを滲ませながらも、わずかに照れくさそうな表情を浮かべていた。

 ルネリリーはそんな様子に目を細めながら、改めて優しく問いかける。


「さて――シリルさん、学校の中を見て回りますか?」


「うん!」


 シリルがきっぱりと頷き、部屋には和やかな空気が広がった。

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