第四十六話:青き誓いのペンダント
夜が明け、ロスヴィータの町には薄曇りの朝が訪れていた。
広場では、まだ篝火の残り火と魔法灯がちらほらと灯っている。
除去班が最後の作業に取り組み、衛兵たちは手早く片付けを進めていた。
「残りはこちらでやる。冒険者の皆はもう休んでくれ」
衛兵隊長ヘルマンの声が、広場に響く。
冒険者たちは簡単に礼を交わし、装備をまとめてそれぞれ帰路につく準備を始める。
何人かは肩を叩き合い、夜明けの寒さを紛らわせるように小さな笑い声をあげていた。
シリル、シエル、アルマの三人も、ひととおり荷物をまとめると、広場を後にした。
冷たい朝の空気の中、石畳の上を歩く足音が静かに響く。
「……ふああ……さすがに、眠いね」
シエルが大きく伸びをしながら、隣を歩くシリルに微笑みかける。
その横で、アルマはあくび混じりに尻尾をふる。
「ねえ、シリル。そういえば……まだ新しい刀、一度も使ってないよね?」
ふとした調子で、シエルが問いかける。
シリルは腰の後ろ、横向きに差している刀にちらりと目をやり、少し困ったように笑った。
「うん……。使ってみたいんだけど、まだ全然手になじまなくてさ。剣なら使ったことあるんだけど。しかも、短い方が扱いやすいかなって思ってお願いしたけど……思ったより難しい……」
シリルは言いながら、柄を軽く握る。
「それに、刀を使ってる人って、よく考えたら見たことなくて。どうやって動かせばいいのか、よく分かんないんだよね」
その言葉に、シエルも「そういえば……」と首をかしげた。
「私も、あんまり見たことないなあ。クアガット内では聞いたことないし……」
思い出すように空を見上げる。
「前に遠征に出てた時、そこのギルド内で刀を持ってる人は見かけたけど……実際に戦ってるところは結局一度も見なかったな」
シリルは「やっぱり珍しいんだ」と、どこか安心したように苦笑する。
「でも、シリルならすぐ慣れそうだよ」
「どうだろ……もうちょっと練習しないと」
そのやりとりを横で聞いていたアルマが、ふっと鼻を鳴らす。
「俺にはさっぱり分からん世界だ。……そもそも握れないしな」
冗談めかした声に、二人はつい笑ってしまう。
朝の光が差し込む街道を、三人は並んで歩き続けていく。
新しい日差しの中で、シリルの刀も少しずつ馴染んでいくのだろう
討伐を終えた一行がギルドへ戻ると、中央ホールには珍しくグラントの姿があった。
彼は手を組んで立ち、入り口の方をじっと見ていたが、シリルたちの顔が見えると、わずかに表情を緩めた。
「よう、戻ったか。……全員、無事だな」
マーカスが一歩グラントの前に進み、すぐさま報告する。
「はい。氷羽虫の討伐、ならびに毒鱗粉の除去作業は無事に完了しました。
現場は衛兵隊と、その医療班に引き継いでいます。負傷者の搬送も済んでいて、大きな混乱はありませんでした」
グラントは小さくうなずき、冒険者たちにも目を向ける。
「そうか、ご苦労だったな」
その瞬間、待っていた他の冒険者たちから安堵とねぎらいの声が上がる。
「おかえり!」「よくやったな!」「みんな無事でよかった!」
仲間同士で肩を叩き合い、ホールには喜びと温かな空気が広がる。
マーカスはその場で、今回の討伐に参加した冒険者たちへ向けて、いつもよりしっかりした声で呼びかけた。
「今回の依頼は緊急性も高かったからな。まずは、全員無事に戻ってきてくれてありがとう。
評価や報酬については、今日中にまとめて、後日きちんと支払う。詳細もその時に伝えるから、今日はしっかり休んでくれ!」
冒険者たちはそれぞれ頷き合い、互いに労いや感謝の言葉を交わす。
そんな中、グラントが真面目な顔でシリルとシエルに声をかける。
「それと、シリル。シエルも……例の学校見学だが、準備が整った。明日なら案内できるぞ」
不意の言葉に、シリルは目を丸くする。
「本当? 行けるの?」
「ああ。俺が付き添うけどな。明日の朝、ギルド前に集合でいいか?」
「うん、ありがとう!」
隣のシエルも「よろしくお願いします」と頭を下げ、
そして、シリルに「良かったね!」と笑顔で声をかける。
シリルもまた、つられて「やった」と小さく喜びの声を漏らし、笑顔を見せた。
こうして、討伐の翌日――
シリルはグラントの案内で、初めての学校見学へ向かうことになった。
翌朝、シリルたちは指定された時間にギルド前へと集まった。
冬の朝の冷たい空気が、街路の石畳を白く照らしている。
「お、もう揃ってるな」
グラントが歩み寄り、小さな箱を取り出してふたを開けた。
中には、紐も鎖もついていない金属製の精巧なペンダントが静かに納められている。
その表面には細かな魔法陣が彫られ、深い青――静かな湖を思わせる澄んだ蒼色が美しく光っていた。
光を受けると、ペンダントの縁が淡い青白い輝きをそっと放つ。
控えめながら、手に取ればわかる不思議な存在感があった。
「使役紋の代わりになるペンダントだ。シリル、お前がアルマにつけてやれ。胸元にあてて、魔力を込めろ」
シリルは驚きつつも、グラントからペンダントを受け取り、アルマの胸元へそっとあてがう。
小さく息を整え、自分の魔力をペンダントに流し込むと、
ペンダントが静かに光を帯び、金属がやわらかな光の帯となってアルマの首元に沿って伸びていく。
やがて首輪のような輪に変化し、ぴたりと自然に収まった。
控えめな装飾が胸元にきらりと光り、まるで最初からそこにあったかのようだ。
「あっ、それ見たことあります! すんごいレアなやつじゃないですか! ギルドの資料でしか見たことなかったけど……本物って、初めて見た……!」
シエルの声に、グラントが肩をすくめる。
「……まあな。でも、実のところ、ほとんど需要はない。普通は使役魔法で済むし、高いし、信頼してる者同士じゃなきゃ使えないからな。それに、中に入ってる石も珍しくて綺麗だろ?正直、宝石としての需要の方が高いくらいだ」
少し間をおいて、グラントは続けた。
「ハドリーがたまたま見つけたもんだ。お前たちには必要だろうって、わざわざ送ってくれた。……シエルを助けてくれた礼も兼ねて、だそうだ。下手な貴族の持ち物よりよっぽど高いから、なくすなよ」
さらに簡潔に付け加える。
「それをつけていれば、城門はくぐれる。……まあ、たまに知らないやつもいるが。
街中じゃじろじろ見られるかもしれないが、知ってるやつからは――それだけ稼げる冒険者、魔獣との信頼関係もあるってことで、信頼は得やすいだろうな」
アルマは少し落ち着かない様子で、自分の首元を見下ろす。
「……なんか、くすぐったいな」
シリルはほっとしたように、アルマの頭をそっと撫でた。
「でも、これで堂々と歩けるよ。ね?」
アルマはちょっとだけ得意げに鼻を鳴らす。
グラントが一行を見回して頷く。
「よし。じゃあ、案内する。ついてこい」
こうして三人と一匹はギルドを後にし、冒険者学校へと向かった。




