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第四十五話:討伐、静寂の町

 氷羽虫グラキアリス・パピリオの群れが一瞬で消え去ったあと、その場には、しんとした沈黙が降りた。

 誰もが、言葉を失っていた。

 静寂を破ったのは、シリルの素直な叫びだった。


「すげえ……!アルマ、今の……ほんとに、すごい!」


 その声に、冒険者たちの硬直がほどける。


「お、おい、見たか……!」

「全部、一瞬で……」

「魔獣って、あんなことまで……!」

「いや、もう、なんなんだアイツ……!」


 感嘆と驚きの声が次々と上がる。

 アルマはその中心で、ふんと小さく鼻を鳴らした。

 しかし、その耳の先がぴくりと揺れて、まんざらでもないような様子だ。


「大げさだな。これだから人間は……」


 と言いつつ、どこか誇らしげな顔。


 だが、束の間の余韻を裂くように――

 林の奥から、またしても氷羽虫の羽音が近づいてくる。


「また来たぞ!」

「油断するな、群れがまだ残ってる!」


 冒険者たちは再び態勢を整えた。

 アルマも軽く身を沈め、再び同じ技を繰り出す。


 地面を這う魔力が、ふたたび空気の流れを掌握し、虫たちを中心に吸い寄せる。

 数十匹の氷羽虫が、まるで引力に引かれるように集まり、まとめて圧縮されていく。


 その光景を見て、シリルはぎゅっと拳を握る。


(さすがアルマ……でも、負けてらんない!)


 アルマから少し離れ、真似をするように魔力を広げた。

 しかし、アルマほど大きくも遠くも届かない。

 魔力量も、空気を制御する繊細さも、やはりまだ及ばないのだ。


「――くっ……!」


 シリルの前にいた八匹の氷羽虫が、なんとか吸い寄せられるが、鱗粉が僅かに舞い上がってしまう。


「だめだ、うまくまとまらない……!」


 息を切らせ、額に汗が滲む。

 それでも、諦めずにもう一度、魔力を注ぐ。


「まだまだだな。広げた魔力も体の一部と思え」


 アルマが横で、ほこらしげにアドバイスする。


「わかった!」


 素直にうなずき、再び挑戦する。


 横では、シエルが素早く剣を構え、アルマが打ち漏らした一匹を切り倒していた。


(今のは……人間ができることじゃない。あんな精密な魔力の流し方――あの魔力量、そして操作の速さ。あれが本物の“魔獣”なんだ)


 シエルは唇を噛む。だが、諦めない。


(でも……少しでも、近づきたい)


 シエルもまた、風の魔法を詠唱する。

 短い言葉で、魔力を足元から空気へ伝える。


「【virn ar’nell……tyros】――小竜巻陣(リル・トルネ)


 小さな竜巻のような風が生まれ、数匹の氷羽虫がその柱へ吸い寄せられる。

 完全にまとめきることはできなくても、集めてから一閃、まとめて切り裂く。


(やっぱり……切った後、魔法を解除と同時に鱗粉が飛散する……他にないか……)


 シエルもまた、いろいろな方法を模索しつつ、氷羽虫を確実に仕留めていく。


 冒険者たちも、アルマやシリル、シエルの奮闘に触発され、士気を高めて戦いに挑む。


「まとめて倒せば鱗粉が飛ぶ、かと言って一匹ずつじゃきりがない――でも、やるしかねえ!」

「こっちはなんとかする、無理はするな!」


 氷羽虫の群れはまだ多い。

 だが、それぞれが――自分なりのやり方で、少しずつ前進していく。




 その一方で、一歩引いた場所から全体を見渡していたマーカス。


「……なんだ、ありゃ……」


 討伐の最中、打ち漏らしや鱗粉の飛散による被害拡大が起きぬよう、細かく仲間に合図を送りつつ、周囲の状況を確認していた。

 その視線の先で、アルマが見せた圧倒的な一撃に思わず目を見張る。

 あの銀狼(シルバーウルフ)が本気を出せば、これほどまでに――

 しかも、あの少年シリルまでが、範囲こそ狭いものの似たような魔力操作で氷羽虫を吸い寄せていたことに、さらに驚きを隠せない。


(まったく……あいつら、どこまで底が知れないんだ……)


 だが、その一方でマーカスの目は、すぐに他の仲間たちの動きへも向けられる。


(けど、それだけじゃない)


 半年間、その彼らの修行についていったシエル、それに他の冒険者たちも、ここ数か月で何度も訓練と実戦を重ね、それぞれが確かな成長を見せていた。

 シエルは魔法と剣を自在に組み合わせ、氷羽虫を的確に討ち取る。

 討伐班の面々も、最後まで持ち場を離れず粘り強く戦い抜いた。


 氷羽虫の数が一気に減り、周囲の騒然とした空気が静まり始める。


(……後ろで援護してる俺が、さぼってるみたいだな……)


 苦笑しつつも、責任者として気を抜かない。

 誰かが窮地に陥っていないか、どこかに新たな被害が発生していないか、鱗粉の流れ、除去班の動き――現場全体を俯瞰して細かく目を光らせていた。

 必要があればすぐ指示を飛ばし、時に後方から魔法で援護もする。


「そこの班、すぐ交代!除去班の導線を空けてやれ!」

「鱗粉が溜まっている場所は立ち入り禁止! 動ける奴は回り込んで補助に回れ!」


 そんなマーカスの細やかな指示と目配りが、討伐班全体の動きを最後まで支えていた。




 激しい戦いの末、氷羽虫の群れは見事に討伐された。


 アルマとシリル、そして仲間たちの奮闘によって被害は最小限に抑えられ、住民や負傷者たちも無事に避難を終えていた。

 現場では除去班が手際よく鱗粉の回収や清掃を進め、町には次第に安堵の空気が広がっていく。


「本当にありがとう!」「銀狼、すごかったわ!」「シリルくんたちが、ほんと凄かった……」


 冒険者や衛兵、住民たちが次々に感謝を伝えていく。

 アルマは照れくさそうにそっぽを向き、シリルも曖昧に笑って頭を掻いていた。


 これほど多くの人間から直接感謝されるのは、二人とも初めての経験だった。

 その感情は素直な誇らしさとも、どこか落ち着かないもどかしさともつかない、複雑なものだった。


 ――だが、シリルの胸の内には、言いようのない悔しさが残っていた。

 今日の戦いで改めて、アルマの実力を思い知らされた。


「……いやあ、今日は見せつけられちゃったなあ……俺もまだまだだなあ……」


 ぽつりと呟くシリルの隣で、アルマが肩をすくめる。


「魔力じゃまだまだ負けられないな」


 シリルに見せつけられて、うれしさを隠せていないアルマ。

 その言葉に、シリルは唇を噛み、ぐっと拳を握りしめる。


 そんな二人の横顔を、冷たい冬の風が静かに撫でていった。




 鱗粉の除去はすべてとはいかないものの、除去班の手際のよさもあり、大きな危険はほぼ取り除かれていた。

 夜の帳がすっかり下り、町の広場には篝火や魔法灯の柔らかな光が揺れている。


 討伐を終えた冒険者たちは、装備や道具を片付けながら、それぞれ安堵の表情を見せていた。

 仲間同士で健闘を称え合う声や、反省会をする小さな輪もできている。

 小隊は、現場の安全確認や除去班のフォロー、負傷者の介助を続けていた。


 現場指揮を執っていた隊長・ヘルマンは、最後まで自ら広場を見回っていた。

 険しい表情を崩さぬまま、医療班の動きを確認し、避難所で町民に声をかけ、冒険者や除去班にも労いの言葉を投げていく。

 普段は無口な男だが、今夜ばかりはその一言一言に皆が心強さを感じていた。


 医療班は負傷者や鱗粉を吸い込んだ者の手当てに奔走している。

 特に重傷者や容態が安定しない者は、ヘルマンの指示で仮設の治療所へと慎重に移送されていった。


 町民たちはようやく落ち着きを取り戻しはじめ、家族や隣人と無事を喜び合ったり、避難所で温かい飲み物を受け取ったりしている。

 今夜は自宅に戻れず、広場や施設で夜を明かす者も多かったが、互いに励まし合う姿があちこちで見られた。


 全体の統括をしていたマーカスも、残務を抱える除去班や医療班と最後の確認を済ませると、

 ヘルマンと短く言葉を交わし、冒険者たちをねぎらいに歩き始めた。


 そんな喧騒と静けさが入り混じる広場の片隅で、シリルとアルマは夜空を見上げていた。

 遠くでは、疲れた声と小さな笑い声が交差し、夜風が町の空気をゆるやかに冷やしていく。


 今日の出来事は、きっと誰の胸にも残る夜となった――

 町は、ようやく静かな夜を取り戻しつつあった。




 夜の広場には、戦いの痕跡とともに静かな安堵が広がっていた。


 除去班が最後の確認を終え、魔法灯のひとつが静かに消される。

 医療班は交代で仮眠に入り、冒険者たちの輪も徐々に解けていく。

 町民たちは避難所や簡易寝床で肩を寄せ合い、静かに夜を迎えていた。


 衛兵隊長のヘルマンは広場の端に立ち、町の様子を見守っている。

 その背中には一日の疲れと、責任を果たした者だけが持つ静かな誇りがにじんでいた。


 そこへマーカスが近づき、並んで夜の町を眺める。

 やがてヘルマンが、低くぼそりと呟いた。


「……まさかクアガットのギルドに、あんな化け物じみたのがいたとはな」


 マーカスは肩をすくめて、どこか遠くを見るような目をした。


「まあ、世の中いろいろありますから。……細かいことは、またそのうち」


 それ以上は語らず、柔らかな笑みではぐらかす。


 ヘルマンは小さく鼻を鳴らし、わずかに肩の力を抜く。


「……だが、ああいう力があるなら、もう少し早く教えてほしかったな」


 マーカスは、肩をすくめて苦笑する。


「……正直、私もよく分かってないんですよ。こういうのは……なかなか表に出てこないもんでして」


 それ以上は語らず、夜空を見上げる。


 二人の間に静かな夜風が流れる。

 見上げれば、町を包むように星々がまたたいていた。


 クアガットの夜は、ようやく静けさを取り戻していた。

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