第四十一話:新しい部屋、新しい出会い
ギルドでの報告を終えた三人は、そのまま食堂で昼食をとった。
街中では目立ってしまうアルマも、ギルドの食堂なら周囲の目を気にせずにいられる。
素朴なパンとスープ、少しの肉料理を並べて、三人は静かに昼のひとときを過ごした。
「こうして落ち着いて食べるの、久しぶりかも」
シエルは小さく笑いながら、伝票を手にして立ち上がる。
「ここは私が払うね。……シリルもアルマも、今日は気にしないで」
そう言ってカウンターで手早く支払いを済ませると、シエルはふたりのもとに戻った。
「さ、行こうか」
「ありがとう、シエル」
シリルはそう言うと笑顔で頭を下げ、アルマは無言で影へと消えていった。
「そろそろ、改めて泊まるところもちゃんと考えなきゃだよね」
シエルが歩きながらぽつりと口にする。
「前に少し話したけど、私は冒険者用の借家に部屋を借りてるんだ。そこに空きがあれば、シリルも一緒にどう?」
「うん、いいよ」
シリルはすぐに頷いた。
静かな路地を抜け、冒険者用の借家――小さなアパートの前にたどり着いた。
「ここ、私が部屋を借りてるところ。……大体半年ぶりかな」
シエルがちょっと照れたように笑い、管理室の扉をノックする。
シリルは初めて見る建物に、きょろきょろと興味深そうに辺りを見回した。
少しして、中から年配の女性――大家が顔を出した。
「あら……シエルちゃん? 本当にシエルちゃんだねぇ! 半年以上も顔を見せないから、どうしたのかと心配してたんだよ」
「ごめんなさい、長いこと……。いろいろあって、訓練とかもしてて」
「ギルドの人から少しは聞いてたけどね。元気そうで良かった」
大家はほっとしたように微笑み、ふとシリルに目を向けた。
その瞬間、シリルの顔に仮面がかかっていることに気づき、少しだけ怪訝そうな表情を浮かべる。
「……それで、今日はどうしたの?」
シエルは隣のシリルに視線を向け、軽く紹介する。
「実は、新しい仲間ができて……同じアパートに部屋、まだ空いてますか?」
大家はシリルの仮面をもう一度じっと見て、小さく首をかしげる。
「……あら、その仮面……ええと、事情があるのかしら?」
シエルは少し困ったように笑って答える。
「ええ、ちょっと色々あって。大丈夫な子です」
大家は一瞬考え込んだが、すぐに微笑みに戻る。
「……そう。シエルちゃんの紹介なら安心だね。ちょうど、隣の部屋が空いてるよ。荷物もそのまま持ってきて大丈夫。すぐ入れるから、安心してね」
シエルは顔を明るくし、シリルを振り返る。
「良かった、大丈夫だって」
大家の指示に従い、シリルは魔印台座に自身の冒印札を翳した。
魔印台座は、腰ほどの高さの石台に魔法陣が刻まれた簡素な装置で、冒険者の身分証をかざすだけで手続きが完了する仕組みになっている。
手続きはすぐに終わり、今後は毎月自動的に家賃の支払いが行われる。
こうして、シリルは新しい部屋の鍵を受け取った。
少しだけ緊張しながら、二人と一匹はアパートの階段を上がっていく。
シリルが新しく借りた部屋は、必要最低限のものだけが置かれた、ごく簡素な造りだった。
小さなベッドと、隅に設けられたシャワーとトイレ。
洗濯室は、共同の物が一階にあるという。
アルマは部屋の影からひょいと姿を現し、さっそくベッドにごろりと寝転がろうとしたが――
「……ベッドが小さい。ギルドのより半分くらいしかない」
体の大きなアルマは、どうにも落ち着かない様子で首をかしげる。
シエルは苦笑して説明した。
「ギルドの宿舎は、いろんな種族が使えるようになっているから結構広いんだよ。あれでも簡素な方だけど、かなり大きめに作ってあるの」
「ここは、人間族用の部屋だから、どうしても狭くなっちゃうんだ」
アルマはベッドをじっと見つめ、不満げにしっぽを揺らしたが、ふいにあきらめたように言った。
「まあ、床で寝れば寝れるから、いい」
その姿に、シリルとシエルは思わず顔を見合わせ、くすりと笑った。
アルマはそんなふたりに気づいた様子もなく、再び影の中へと体を沈めていった。
部屋の荷物を軽く整えたあと、シリルとシエルは再び街へと出た。
陽射しの下、活気ある商店街を歩いていると、ふとシリルが足を止める。
武器屋の軒先に、さまざまな剣が並んでいた。
シリルはじっとショーウィンドウの中を見つめたまま、ぽつりと言った。
「……剣、欲しいな」
その言葉に、シエルは目を丸くする。
「えっ、シリルが? 剣なんて必要ないと思ってた……」
アルマは呆れたように、影の中で小さくため息をついた。
「変なことを言い出して……剣なんて、弱い時にだけしか使っていないだろう」
シエルは少し笑顔を浮かべながら首をかしげる。
「どうして? なんで急に剣が欲しいの?」
シリルは少し考えてから、素直に答えた。
「シエルの戦い方とか、この前グラントさんと戦って……すごくかっこいいなって思ったんだ。それに、肉を解体するときに毎回魔力を使うのも、もったいなくて。剣があれば、もっと楽かなって」
その言葉に、シエルは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それなら――私の剣、蒼銀剣を打ってくれた鍛冶師さんがいるんだ。ちょっと偏屈だけど、この辺じゃ一番腕がいいの。気に入った人にしか剣は作らないけど、私が作ってもらえたなら、シリルならきっと大丈夫だよ。紹介するね」
シエルの案内で、商店街の喧騒から少し外れた裏路地へと足を踏み入れた。
石畳の小道は人通りも少なく、昼間でもひんやりとした静けさが漂っている。
「このあたり、初めて通るかも……」
シリルがそうつぶやくと、シエルは小さく頷いた。
「普通はあまり来ない道だからね。ここにあるんだ、鍛冶師さんのお店」
路地の突き当たり、蔦に覆われた木の扉に、さりげなく小さな鉄の看板がかかっていた。
看板には、古びた文字で「鍛工房」とだけ記されている。
まるで隠れ家のようなその店は、知る人ぞ知る――そんな雰囲気をまとっていた。
「ここだよ」
シエルが扉を開くと、中は鉄と油、そして熱気の混ざった重たい空気が満ちていた。
棚には無造作に金属の道具や剣が並び、奥からは規則的な鉄槌の音が響いてくる。
やがて、奥から現れたのは、見慣れない姿の鍛冶師だった。
その体はがっしりと大きく、肩から腕にかけては岩のようなごつごつした鱗に覆われている。
肌は青灰色で、頭部には小さな角が左右にひとつずつ生えていた。
瞳は琥珀色で、まっすぐな視線を向けてくる。
種族名は鋼鱗族――鍛冶に特化した亜人で、鉱山の地下深くに棲む一族だという。
強靭な体と高温にも耐える鱗を持ち、その腕力と集中力で名高い鍛冶師を多数輩出してきた。
「……シエルか。久しぶりだな」
鍛冶師は低い声で短くそう言い、シリルに目をやる。
さらに、ごく自然に店の隅――影の方にも一度だけ視線を流す。
「今日は、連れがふたりか。……何の用だ」
存在に気づかれたアルマは、影の中でわずかに身構えた。
シエルはそれを知ってか知らずか、一歩進み出て、頭を下げた。
「また剣をお願いしたいんです。今度は、この子のために」
シリルも鍛冶師をまっすぐ見上げて、小さく頭を下げる。
「……お願いします」
鍛冶師は無言で二人をじっと見つめる。
その視線は鋭くも、どこか底知れないものを感じさせた。
店内には、鉄と火の匂いだけが静かに漂っている。
やがて鍛冶師は、ごつごつとした大きな手で店の奥を指さした。
「……中で話せ」
短いその言葉に、シエルとシリルは顔を見合わせ、ゆっくりと鍛冶場の奥へと歩き出した。
鍛冶師の無骨な背中について、シリルとシエルは店の奥へと進む。
鍛冶場には赤く熱を帯びた炉があり、壁際には大小さまざまな金属の棒や、鋭く光る剣の刃が整然と並べられていた。
鍛冶師は無言で炉に薪をくべると、振り返ってふたりを見る。
「……名は」
シリルが一瞬きょとんとしたあと、小さく答える。
「……シリル」
「ほう」
鍛冶師は短く相槌を打ち、じっとシリルを見つめる。
「剣が、欲しい理由は」
シリルは少し考えてから、正直に言った。
「かっこいいと思ったから。あと肉を切るのに魔力を使うのはもったいないから」
淡々と答えるシリルに、シエルは後ろでくすりと笑う。
鍛冶師はしばらく沈黙し、やがて重々しくうなずいた。
「……肉を……魔力……魔法でいちいち切っているのか?」
「いや、魔力で刃を作って」
「……ほう」
少しの沈黙の後、鍛冶師はシエルの持つ蒼銀剣を指して言う。
「……その剣、見せろ」
「あ、はい」
シエルが剣を差し出すと、鍛冶師は静かにそれを受け取り、しばらくじっと眺める。
鱗に覆われた大きな手で柄を包み、重さやバランスを確かめるように軽く振る。
「……剣に、魔力を通わせられるようになったのか?」
「……え? あ……はい。シリルのおかげでなんとか」
「……そうか」
それだけ言うと、鍛冶師は炉のそばの棚から一枚の黒い金属板を取り出し、シリルに見せる。
「どんな剣がいい」
シリルはその金属板を見つめながら、しばらく黙って考え込んだ。
腰のあたりに手を当ててみたり、少し腕を動かしてみたりして、頭の中でイメージを膨らませる。
「……長すぎず、短すぎずの剣がいい」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「腰の後ろに横向きでつけたい。動くとき邪魔にならないくらい。でも、短すぎるのも困る」
そして、鍛冶師をまっすぐ見上げてはっきりと言った。
「あと、とにかく丈夫なやつ」
鍛冶師はシリルの答えをじっと聞いたあと、再び短く尋ねた。
「……魔力は、通わすか」
シリルは即座にうなずく。
「うん」
鍛冶師は一度だけ小さくうなずき、炉のほうへと視線を戻す。
「……明日、もう一度来い」
それだけを言い残し、鍛冶師は再び作業に戻ろうとしたが、ふとシエルに視線を向ける。
「――お前の剣も、預けていけ」
理由を問うようなシエルの視線に、鍛冶師はちらりと剣に目を落とし、短く続けた。
「刃こぼれ。……あと、それだけじゃ足りん」
それだけ言って、もう説明する気はない様子で手を止めることはなかった。
店を出て、夕陽の射す路地を歩きながら、シリルは少しきょとんとした顔でシエルを見上げた。
「え、あれで終わり? もう何も聞かれないの?」
シエルは微笑んで、首をすくめる。
「うん、前もそうだったよ。あれでちゃんと考えてくれてるから、心配しなくて大丈夫」
シリルは「そっか……」と呟いて、少しほっとした表情を浮かべる。
影の中から、アルマもこっそり顔をのぞかせる。




