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第四十話:報告と疑念

 ハドリーは事務作業をしていたが、ふと外の廊下からざわめきが聞こえた。


「……何かありましたか?」


 近くの職員に声をかけると、慌ただしく駆け寄ってきた男が答えた。


「怪我人が出たそうです。かなり重傷のようで――」


「なんですって……?」


 ハドリーは表情を引き締め、急いで廊下へと足を運ぶ。


 廊下の先では、血の気の引いた顔をした冒険者たちと、担架に乗せられた男がいた。

 そして、その男の姿を見た瞬間、ハドリーは息を呑む。


 ――右腕と、左足が、ない。


 服や包帯で隠されてはいるが、それでも一目で分かるほどに――そこに、腕も足もなかった。


「……そんな……」


 思わず小さく呟く。


 重傷どころではない。これでは、まともに動くことすらできないはずだ。

 だが、その顔には見覚えがない。


 そこへ、事務室の奥からレナが駆け寄ってきた。


「ハドリーさん、お疲れさまです。あの……今の方、シリルさんとシエルさんが連れて帰ってきたそうです」


「二人が……?」


「はい。シエルさん、かなりお疲れのようでしたので、一旦、奥の応接室で休憩していただいています」


「……そうですか。ありがとう、レナさん。怪我人の処置は任せます。私は応接室に行きます」


 まだ動揺を引きずりながらも、ハドリーは奥の応接室へ向かった。


 扉をそっと開けると、シリルとシエルの姿が見える。

 二人とも無事でいることに、ほっと胸をなでおろした。


「シリルさん、シエルさん、ご無事で何よりです」


 そう言って微笑むが、シエルの顔色が明らかに悪いことに気づき、眉をひそめる。


「……シエルさん、お顔がとてもお疲れのようですね。今日はもう、ゆっくりお休みください。詳しいお話は、明日改めてお伺いします」


 静かにそう告げると、安心させるように優しく頷いた。


「お部屋は、昨日お使いになった場所をそのままお使いください。ご不便をおかけしますが……」


 ハドリーは一度言葉を切り、少しだけ声を潜めた。


「……念のため、確認させてください。あの怪我人の方は、どなたですか?」


 シエルが、小さく息を吐いて答えた。


「魔石を回収していた集団の一人です…」


「……!」


 一瞬、先ほどの凄惨な姿が脳裏をよぎる。

 ハドリーは驚きと動揺を押し隠し、やや間を置いて静かに答えた。


「……わかりました。では、詳しいことは明日、お二人のご都合のよいときにお聞かせください。今夜はゆっくりお休みください」


 丁寧に一礼し、ハドリーは静かに扉を閉じた。


 応接室を静かに後にしたハドリーは、扉を閉めてからしばらく立ち止まっていた。

 胸の奥がざわつく。

 右腕と左足を失った男の凄惨な姿が、脳裏から離れない。


(……あの顔、どこかで――)


 気になる感覚が胸を打つ。

 治療にあたるレナや他の職員たちの間に入り、もう一度怪我人の顔をじっと見つめる。

 その瞬間、薄暗い記憶の底から、ある噂話が浮かび上がってくる。


(――この顔は……まさか……)


 だが確信には至らず、ハドリーは小さく首を振った。


(今ここで断定しても意味がない。詳しいことは、明日シエルさんたちに直接聞いてから……)


 自分に言い聞かせるように息を吐き、職員たちに声をかける。


「レナさん、治療が終わった後も、念のため彼が逃げ出さないように――しばらく見張りを立てておいてください。人数は二人以上でお願いします」


「……はい、分かりました」


 レナは神妙な面持ちでうなずき、他の職員にも目配せをする。

 ハドリーは再び怪我人を一瞥し、そのまま廊下を奥へと戻る。

 歩きながら、先ほど見たシエルの疲れきった表情が脳裏に浮かぶ。

 あれほど消耗し、気力を削がれていた様子は、これまでほとんど見たことがなかった。


(……シエルさんも、今夜はしっかり休んでいただきたいものですが……)


 ハドリーは小さくため息をつき、ひとまず全てを明日に預けることにした。




 夜も更け、宿舎の静かな部屋に戻った三人は、ぼんやりと天井を見上げていた。

 シリルがぽつりと呟いた。


「……ごめん、シエル。さっきは……やりすぎ……たのかもしれない」


 シエルは小さく首を振る。


「私の方こそ、ごめんね。……ああやって怒鳴って、シリルの気持ちを考えてなかった」


 しばらく、二人の間に静けさが降りる。


「でも、やっぱり……わからないんだ」


 シリルがゆっくりと言葉を続ける。


「どうして、そこまで止めなきゃいけないのか……ああいうの、アルマやみんなにとっては普通だったから。でも、シエルが嫌がるなら……俺、なるべく気を付けるよ。シエルのこと、好きだから」


 シエルは驚いたように目を見開き、それから少しだけ苦笑した。


「……ありがとう。でも、私も、自分の感情だけをシリルに押し付けてた。今日のことで、私の考えが甘かったって、ちゃんと分かったよ」


 シリルは少しだけ安心したように、そっとアルマに寄り添う。

 アルマもまた、静かに丸くなっていた。


「……ごめんね」


「ううん。ごめん」


 二人は小さな声で、何度か謝り合う。

 ふと、おかしさがこみ上げてきて、二人は顔を見合わせ、少しだけ笑い合った。

 その夜、三人はそれぞれの想いを胸に、静かに目を閉じた。




 翌朝、クアガット支部長室。

 二人が入室すると、机の向こう側にはハドリーが座り、グラントも机に手をついて立っていた。

 ハドリーはすぐに立ち上がり、二人に柔らかな笑みを向けて言う。


「どうぞ、こちらへ」


 そう促され、シエルとシリルは案内されたソファーに腰を下ろす。

 ハドリーとグラントも正面のソファーに並んで座った。


「おはようございます、シエルさん。昨夜は、少しは休めましたか?」


「はい、おかげさまで……」


 シエルの顔色が戻っているのを見て、ハドリーはほっとしたように頷く。


「顔色が良くなっていて安心しました。それでは、改めて――昨日“断崖の背骨(クラグスパイン)”で何が起きたのか、そして連れてきた男性について、教えてもらえますか?」


 シエルとシリルは顔を見合わせ、簡潔に話し始めた。


 山中で不審な集団と遭遇し、彼らが破壊された魔石の破片を回収していたため接触。

 相手が攻撃してきたため、シリルとアルマが応戦し四人が死亡。

 重傷を負ったリーダー格の男を保護して街へ戻った。

 男の証言によれば、設置と回収は頬に傷のあるローブ姿の人物に依頼されたという。


 ――淡々とした報告が終わると、支部長室にしばし沈黙が流れる。

 ハドリーは静かに息を呑み、手元で指を組んだまま、じっと考え込む。

 そして、ふっと少し苦笑した。


「……頬に傷のあるローブ姿、ですか……それにしても……」


 その言葉を遮るように、グラントはやや険しい表情で呟いた。


「容赦ないな……まあ、正しい判断ではあるが……」


 二人はそろって、じっとシリルの顔を見つめる。

 だが当のシリルは、なぜ突然二人から視線を集められているのか分からず、首をかしげてきょとんとした表情を浮かべていた。


 しばし沈黙が続く。


 グラントがわずかに肩をすくめ、苦笑まじりに言う。


「……いや、なんでもない。良い判断だった。俺でもそんなに即座に対応できたかは……わからないな」


 ハドリーも、どこか安心したように微笑みながら続けた。


「とにかく……無事で戻ってきてくれて、なによりです。本当にご苦労さまでした」


 静かな安堵と、わずかな緊張がその場に漂っていた。


 ハドリーは改めて二人に向き直ると、静かに口を開く。


「今回の怪我人についてですが――まだ意識は戻っていません。ただ、確認した限りでは、おそらく金で何でも請け負う連中……いわゆる“裏ギルド”のパーティの一員かと思われます。グラントにも顔を確認してもらいましたが、ほぼ間違いないでしょう」


 グラントは腕を組み、低く続けた。


「あいつはな、元は冒険者だ。あるパーティのリーダーだった。共同依頼で一緒になったこともある。ただ、そのパーティがな……他の冒険者たちを殺して、金品や報酬を得ているという噂があったんだ」


 苦い記憶を思い出すように目を細める。


「俺もギルドを転々としてたから詳しくは知らねえが、しばらくしたら“冒険者をクビになった”ってやつが現れ始めてな。そいつが誰かって噂になったとき、真っ先に名前が挙がったのが、あいつと、そしてあいつのパーティだった」


 部屋には再び、静かな緊張が満ちていく。

 ハドリーは一度、小さく息をついてから静かに言葉を継いだ。


「私はそのころ、すでにここクアガット支部の副支部長でしたが、そのパーティについては連絡事項として本部から回ってきました。実際、やっていたようです。共同依頼でいい素材を手に入れた冒険者を殺したり――他にも、いくつも悪質な事件があったと記録されています」


 ハドリーの表情が、ほんの僅かに曇る。


「捕えようとしたものの逃げられ、全員冒険者資格はもちろん剥奪、冒印札(アドベント・カード)も使えなくさせたとは聞いていましたが……そこからは消息がつかめなくなっていました。ただ、裏ギルドと呼ばれる犯罪者集団になったのではないか、という噂だけは流れていました」


 言葉の端々に、静かな重みが漂う。


 話を聞いたシリルとシエルは、驚きとわずかな困惑を隠せず、顔を見合わせた。

 まさか自分たちが、そんな危険な犯罪者達と遭遇していたとは――想像もしていなかった。


 そんな二人に、ハドリーは静かに言葉を続ける。


「今回もし、彼がその男だった場合……あなたたちは大手柄です」


 グラントも大きく頷き、力強く言った。


「ああ、すごいことだぞ。何年も捕まっていない犯罪者を捕えたんだからな」


 ハドリーは柔らかく笑い、少し控えめな口調で補足した。


「もっとも、まだ確定したわけではありませんし、報告もこれからです。もろもろ手続きや確認が終わった後、改めてお伝えしますが……もし間違いなければ、ランクも上がると思います」


 ハドリーは優しく微笑みながら、改めて二人に言葉をかけた。


「……しばらくバタバタとしていたでしょう。今日のところは、しっかり休んでください。ご苦労様でした。そして――ありがとうございました。」


 その一言に、部屋の空気が少しだけ和らいだ。

 その言葉に、シリルはふと思い出したように顔を上げる。


「……あ、そうだ。ぼく、学校ってとこを見てみたい。中を見学できたりするの?」


 その言葉に、シエルもふと思い出したように微笑む。


「……あ、そういえば前にもそんなこと言ってたよね、シリル」


 シリルは「うん」と頷き、目を輝かせてハドリーを見る。

 ハドリーは少し驚いたように目を丸くしてから、すぐに柔らかく微笑んだ。


「見学ですね、わかりました。先生方と調整しますので、準備が整い次第、改めてご連絡します」


 穏やかな空気が流れ、部屋には静かな安堵が満ちていった。

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