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幕間:風の中の静寂

 山の風が、深く吹いていた。


 シリルと白き狼──二つの影が、静かに地に伏していた。

 嵐のような一戦のあとに残るのは、ただの静けさ。

 銀の群れがそれを囲んでいる。

 七頭の銀狼(シルバーウルフ)たちは、誰ひとり声を上げることなく伏せ、じっと見守っていた。

 長く鋭い耳も、呼吸の一つも乱さない。


 ──ただ一頭、静かに歩を進める者がいた。


 その狼は、他よりも一回り小柄で、しかし柔らかな毛並みと鋭い眼差しを持っていた。

 名を、アルマ。

 彼はボスに次いで力を持ち、少年・シリルと最も共に戦い、切磋琢磨し、最も言葉を交わしてきた狼だった。

 言葉なき会話、想いの伝達。

 声を持たずとも、シリルとアルマの間には、兄弟以上の絆がある。


 アルマは、静かに二つの影に近づいていった。

 兄弟たちは道を開けた。

 黙してその姿を見つめる。

 アルマはボスの体に鼻先を寄せ、呼吸を確かめる。


 ──生きている。


 その確認に、群れ全体の緊張がゆるむ。

 アルマは次に、シリルの方を見た。

 その表情に、どこか安堵と、ほんの僅かな戸惑いが混じる。


 彼の目は、遠くを見ていた。

 森の先に広がる、まだ知らぬ世界を。

 ……その目の奥にあるのは、昔見た風景。

 今よりも若き日。

 幼い頃の兄とボスと、ある“誰か”と旅をした記憶。

 人の言葉と文化、街の灯とにおい──アルマにはそれを知るだけの時間があった。


 けれど今は群れの一員。

 ──ボスがいなければ、自分がこの群れを導く。

 それが彼の中にある誇りであり、責務だった。


 しかし、同時に。

 シリルと共に、外の世界へ出たいという想いも──ずっと、ずっと抱えていた。

 シリルはそれを、わかっていた。

 彼には言葉はいらない。

 この群れに訓練され、育てられ、共に生きた少年は、狼の心を読む。

 だからこそ、彼は言ったのだ。


 「お願いだ」と。


 それは、アルマを奪う許しを乞う言葉でもあった。


 ボスは何も答えない。

 けれど──そのまぶたの奥に宿る微かな光は、すべてを受け入れていた。


 風が吹く。

 森の奥からではない、もっと遠く、空の向こうから。


 アルマの毛がなびく。

 彼の目はその風の向こうへ、少年と同じ未来を見ていた。

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