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第三十七話:夜灯の静寂

 ハドリーの静かな声が、鋭く空気を断ち切った。

 だが、すでに放たれていた雷槍は障壁を貫き、グラントの足の甲に突き刺さっていた。

 ほんの一瞬でも声が遅れていれば、槍はそのまま太ももを貫いていたことだろう。


「……ここまでとは」


 最後の攻撃が心臓を狙ったものと錯覚し、ハドリーは背筋が凍る思いだった。

 実際は足への一撃だったが、それも紙一重。

 終始笑みを浮かべていたシリルに、シエルもまたゾッとする。


 だが、アルマだけは冷静だった。

 殺す気ならシリルは全攻撃を急所に、さらに魔力を重ねていただろう。

 森での命のやり取り――ボスとの戦い――あの時だけが“本気”だった。


 シリルにとって、「殺さない」とは「動けなくなるまで叩く」ということ。

 試合のために手加減する発想はなかった。

 グラントは実力を測る“試合”のつもりでいたが、シリルは命のやり取りでしか戦いを知らない。

 その違いが、この結末を生んだ。


 ハドリーがグラントの傷を癒しながら、鋭い視線でシリルを見やる。


「シリルさん。命の取り合いはなしでと言いましたよね?」


「うん。殺してないよ?」


「……最後の攻撃を止めなければ、グラントの足は無くなっていたんですよ?」


「うん」


「これは試合なんですよ!? なのにあな――」


「やめろ」


 回復魔法を受けながら、グラントが制した。


「試合を受けたのは俺だ。確かに命の取り合いはしてねえ。本当に殺すなら最後の攻撃は心臓か頭だった」


「……そうですか」


「だからシリルは、間違ってない。……俺の体はボロボロだがな」


「……すみません、シリルさん。少し取り乱していました。私の説明が足りませんでした」


「んー」


 ハドリーは反省した。

 人間の常識では、試合でここまでやるはずがない――その先入観にとらわれていた。


 シリルは不満そうだった。

 殺していないのになぜ怒られるのか、理解できない。


 だが、アルマがそっと諫める。

 シリルはそれ以上何も言わなかった。


「正直、ここまでお強いとは思いませんでした」


「私もシリルの強さがここまでとは、思わなかった……」


 回復を終えたグラントは、深く息をつく。

 試合後、三人は支部長室へ戻っていった。




 グラントの回復を終え、三人は支部長室へと戻った。

 しばし静かな時間が流れる。


「正直ここまで、お強いとは思いませんでしたよ」


 ハドリーが、改めてシリルへと頭を下げる。


「私も、まさかここまでとは……」


 シエルも、戦いの光景がまだ脳裏から離れない様子だった。


「連戦だったもんね。もう大丈夫?」


 シリルはケロリとした顔で尋ねる。


「……ああ、だいぶ回復した。けどお前、無茶しすぎだぞ」


 グラントは少し苦笑いし、椅子に身を預けると、ぽつりと呟く。


「……あんな真似、普通はできねえ。炎も雷も、あんなに自由に使う奴は初めて見た」


 その言葉に、ハドリーが解説を添える。


「属性変換――つまり魔力を直接炎や雷などに変える技術は、本来魔獣が得意とするものです。人間の場合、通常は魔法陣や詠唱を使って発動しますが、属性変換はそれを必要としません。そのぶん消費も激しいですが、速度は比べものにならないほど速い」


「うん。ボスに教わったんだ。最初はぜんぜんできなかったけど、何度も練習した」


 その言葉に、シエルが一瞬だけ「ボス?」と小さく首を傾げる。

 グラントもハドリーも、その言葉に一瞬だけ目を向けるが、あえてそれ以上は聞かずに話を進める。


 シリルは素直に答える。

 シエルも静かに頷く。


「シリルほどじゃないけど、私も魔力操作で身体を強化してました。でも魔力量が少ないから、属性変換は得意じゃないんです。魔力循環させて、身体能力を上げるだけでも精一杯でした」


「属性変換は、魔力量が多くて、なおかつ魔力操作の精度も必要だからな。普通の人間じゃ、とても持たない」


 グラントが改めてシリルを見て、苦笑する。


「……子どもって問題じゃねぇな。あれだけ動いてまだ余力があるんだろ? 魔獣みたいなもんだ」


 ハドリーが感嘆交じりに呟く。


「シリルさんは魔力量も桁違いですし、操作も魔獣並み……いえ、それ以上かもしれませんね」


白幻族(アルヴァイス)だからできるってわけじゃないんですよね?」


「うん。みんな魔法陣使ってた気がする。俺は、森で生きてくのに必死だったから……」


 シエルが微笑み、肩をすくめた。


「そりゃあ、誰でも生き残るためには必死になるよ。私もシリルみたいに出来たらなぁ、って思ったことあるけど……とても真似できない」


「……無詠唱魔法も出来るのでしょうか?」


 ハドリーが尋ねると、シリルは小さく頷く。


「うん、ちょっとだけ。使えるのも限られてるけど」


「……素晴らしいですね」


 静かな賞賛の空気が流れた。

 しかしシエルの心には、「ボス」という言葉が小さな棘のように残り続けていた。


 ふとハドリーが姿勢を正した。


「それでは、明日、折り入って頼みたい依頼がありますので――朝になったら、またここに来てください」


 そう言ってから、ハドリーは二人の様子を見回す。


「……それと、お二人とも今夜はこちらに泊まりますよね?」


「あ……」


 シエルが小さく声を上げる。

 自分は家があるが、シリルの宿をすっかり忘れていたことに今さら気がつき、頬を赤らめて目を逸らした。


「うっかりしてました……。すみません、ぜひお願いします」


 シリルも「えへへ」と笑いながら元気よく頭を下げる。


「ぼくも泊まっていいなら、お願いします!」


 ハドリーは穏やかに微笑み、うなずいた。


「もちろんです。お部屋はご用意しますので、ごゆっくり休んでください」




 ギルドの案内が終わると、シリルとシエルは「せっかくだし」と、久しぶりに街の外で夕飯をとることにした。

 城壁の近く、小さな屋台の灯りがゆらゆら揺れている。


「いい匂い……」


 シリルは目を輝かせ、素朴な串焼きを嬉しそうに頬張った。

 シエルも穏やかに微笑む。


 その脇で、アルマは影の中に隠れて様子を窺っていたが――


「……食べられない。つまらない」


 結局、アルマの分は包んでもらい、少しむくれ顔のまま帰ることになった。

 屋台を離れ、夜風のなかを歩く二人。


「……そういえば、夏のお祭りはもう終わっちゃったんだね」


 シエルがふと思い出すように呟く。


「そっか……見たかったな……」


 少しだけ寂しそうなシリル。

 するとシエルは、優しく微笑みながら言った。


「でもね、冬にもお祭りがあるよ。このあたりはあまり雪は降らないけど、小さな火祭りがあって、灯りをたくさん飾るの。みんなであたたかいスープを飲んだり、小さな紙灯籠を川に流したりするんだ」


「へえ……楽しそう!」


 シリルの顔がすぐに明るくなった。

 ギルドに戻り、久々のシャワーを浴びる。

 温かい湯に包まれて、シエルはほっと息をつく。


「やっぱり、街はありがたいな……」


 二人で洗濯を済ませて、やっとベッドにもぐりこむ。


 窓の外に広がる静かな夜景。

 そのやわらかな灯りが、街に帰ってきた二人の心をそっと癒していた。




 その夜――

 ギルドの部屋で、灯りを落とし、それぞれが眠りにつく準備をしていた。


 静けさの中、シエルがそっと口を開く。


「ねえ、シリル」


「ん?」


「……さっき“ボス”って言ってたよね。私、今までちゃんと聞いたことなかったんだ。シリルがどうやって育ったのかも……。今日は、もしよかったら、その話を聞かせてくれないかな?」


 シリルは少しだけ黙りこみ、やがて小さくうなずいた。


「……うん。いいよ」


 アルマもそっと、シリルの隣に身を寄せる。


「俺ね、白幻族(アルヴァイス)の小さな村で生まれたんだ。ただ、白幻族(アルヴァイス)ってだけで村は襲われて、多分、一緒に逃げた人たち以外は、みんな……もういないと思う。そのあとも逃げながら洞窟とかで暮らしたけど、病気とか、食べ物がなくて、どんどん減っていって……。しばらくしたら、そこも見つかっちゃって。」


 言葉が途切れる。

 シエルは膝の上で手を握りしめ、目を伏せていた。


 シリルは、静かに話を続ける。


「それでね、母さんがなんとか逃がそうとしてくれたんだけど、結局捕まっちゃって……。奴隷として売られる途中で、銀狼シルバーウルフの群れに襲われたんだ。

 そのとき、なぜか“ボス”って呼んでた大きな狼が俺に『ついてこい』って言うみたいにして……それからずっと、ボスが俺の面倒を見てくれた。毎日、生きるために必死だった。魔力や戦い方も、全部ボスが教えてくれたんだ」


 少し恥ずかしそうに、けれどまっすぐな声で語るシリル。


「だから今の俺があるのは、ボスやアルマ、そしてその兄弟たちのおかげなんだ」


 シリルの話が終わると、部屋は深い静けさに包まれた。


 シエルは言葉を探すように、そっとシリルの横顔を見つめる。

 その目には光が滲んでいる。


「……そんなことが……あったんだね」


 声はかすかに震えていた。


「ごめんね、今まで……何も知らなくて」


 しばらく沈黙が続く。

 シリルは小さく首を振り、やさしく微笑んだ。


「……ううん、いいよ。気にすることじゃない」


 それだけ言うと、ふわりと目を閉じる。

 アルマもまた、何も言わずシリルのそばに身を寄せ、そのまま静かに眠りについた。


 夜の静けさが、三人をそっと包み込んでいた。


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