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第三十六話:シリル VS グラント

 空気が再びざわめき始める中、シリルは一歩、グラントの前へ進み出る。


「じゃあ、次は俺だよ」


 グラントは、シリルの言葉に目を丸くしたまま、ちょっと困ったように首をかしげた。


「おいおい、シリル。こっちは今、シエルの全力を受け止めたばかりだぞ? さすがに少し休ませてくれって」


 それでもシリルは、無邪気な笑顔でグラントをまっすぐ見上げる。


「でも、グラント――さん……まだ本気出してないよね?」


 その言葉に、グラントの動きがぴたりと止まる。


「……いや、まいったな。そういうの、ちゃんと見抜くんだな」


 シリルはうん、と力強く頷く。


「だって、アルマも言ってた。『あれはまだ余力を残してる』って」


 アルマも「間違いない」と低く呟く。

 グラントは苦笑しながらも、顔つきを引き締める。


「――よし、分かった。なら、今度は遠慮なしだ。お前も全力で来いよ」


「うん!」


 見守る一同も固唾を飲む中、再び空気が張りつめていく。

 その片隅で、シエルはそっと拳を握りしめていた。


(……やっぱり、本気じゃなかったんだ……)


 小さな悔しさが胸を刺す。


 そんな中、ハドリーが一歩前に出て、両者の間に声を投げかけた。


「……あくまで訓練です。どちらも、命の取り合いになどならぬよう」


 静かな口調だが、その声音には確かな重みがあった。

 それぞれ軽くうなずき、互いの立ち位置へと歩を進める。


 シリルは立ち止まり、仮面にそっと手を添えた。

 白く滑らかなその面を外し、隣にいたアルマに差し出す。


「アルマ、これ……お願い」


「ん」


 アルマは素直にそれを受け取ると、器用に口でくわえ、しっかりと牙の奥で支えた。

 シリルはその様子を確認し、静かに目を伏せる。


「……手加減してたら、殺られるから」


 アルマの尾がわずかに揺れた。


 仮面を外した顔で、シリルは再びグラントを見上げる。


「……先に、魔法とか使ってていいよ」


 その一言に、グラントは眉を上げて、ふっと笑った。


「へぇ。気遣いありがとな。……で? お前は使わねぇのか?」


「ううん。もう、魔力は巡らせてるから。内も外も」


 グラントは少し目を細め、頷いた。


「……そいつぁ驚いた。どおりでシエルが身体強化系の魔法を発動したのがわからなかったわけだ。――よし、なら見せてやる」


 そう言って、グラントは一歩、後ろに引いた。


 訓練場の石床がかすかに震える中、グラントは両手を胸の前で交差し、重く響く詠唱を開始する。


「【ʃ’a’ven dha’luun…vakt’rel groza】――《鋼躯の障壁〈アイアン・リミット〉》」


 灰鉄色の光が立ち昇り、彼の全身を包み込んでいく。

 皮膚のすぐ上に展開されたそれは、動きを妨げず衝撃を受け流す、透明な鎧のようだった。


「【ʃ’a’ven dha’luun…zarh’θek】――《身体活性〈フィジカル・ブースト〉》」


 蒼白い魔力が全身に駆け巡り、筋肉と反応速度を引き上げる。

 すでにかけていた魔法を、さらに最適化するように。


「【ʃ’rah gro'za trell nor'daan】――《巨腕の鼓動〈ブラッド・ガントレット〉》」


 赤黒い魔力が腕に集まり、剣へと脈動が伝わる。

 斬るのではなく、叩き伏せるための魔力が蓄えられた。


「……三つも一度に使うの、正直面倒なんだよな」


 肩を軽く鳴らしながら、グラントは満足そうに息を吐く。

 その姿は、まさしく戦場を駆ける鉄の巨人だった。


 対するシリルは、構えすら取っていない。

 ただ、まっすぐにグラントを見上げているだけだった。


 だがその身体を――明確な魔力が、はっきりと覆っていた。


 淡い蒼光が全身に揺らぎ、空気すらわずかに震えている。

 それは、シエルが使っていたものとは比べものにならない。

 誰の目にも、それが桁違いであることは明らかだった。


「……魔法じゃ、ないな」


 マーカスが、思わず呟く。


「まるで……高等な魔獣を前にしたときのような……」


 ハドリーの目が細くなり、かすかに息を飲む。

 その言葉に誰も否定を挟めなかった。


 その中で、ただ一人、シエルだけが落ち着いた眼差しでその姿を見守っていた。

 知っているからだ。半年という時の中で、誰よりも近くで見てきた。


(……うん、大丈夫。ちゃんと抑えてる。今は)


 両者の気配が、訓練場を満たしていく。

 誰もが言葉を失い、次の瞬間を待っていた。


 風が止まる。

 時間が張り詰める。


 そして――


 静かに、ハドリーが右手を上げる。


「始めてください」


 その手が下ろされた瞬間、空気が弾けた。




 踏み込んだのは両者。

 速度はわずかにシリルが速い。

 だが、それを読んでいたかのように、破城剣(バスターフォール)を振り下ろすグラント。

 シリルは体をひねって回避し、そのまま一回転。

 勢いのまま左手で破城剣を地面に押し込むと、反動を使って顔面に蹴りを放った。

 グラントは即座に反応し、脚を掴む――が、掴んだ瞬間、その脚が燃え上がる。

 シリルが纏った魔力を、瞬時に炎へ変換したのだ。


「ぐあっ!」


 顔の至近で燃え上がる火に、グラントは腕を離し、目をつむる。

 その一瞬の隙を逃さず、シリルは反対の足で顔面を蹴り飛ばす。

 グラントは倒れこそしなかったが、口を切り、血を吐いた。

 次の瞬間、目の前に炎弾。

 反動で一回転しながら後方へ飛んだシリルが、空中で魔力を炎へ変換し、射出していた。

 グラントは破城剣でそれを払いのける――が、その直後、雷を纏った拳を振るうシリルが距離を詰めていた。

 寸前のところで腕で払い落とすも、もう一方の手も雷を纏わせ、続けざまに殴りかかる。

 再び破城剣で防ぐグラント。

 しかしシリルは、その手で剣の背を掴み、魔力を電撃に変換――一気に流し込んだ。

 グラントの身体がビクリと痺れる。

 シリルは剣を支点に縦回転し、かかと落としを放つ。

 かわしきれず、肩に命中。嫌な音が響く。


「……っ!」


 苦痛を堪えたグラントは、脚を掴み、シリルを地面へと叩きつける。

 受け身を取ろうとするも、勢いに押され、地面に激突。

 次の瞬間、再びシリルの脚が燃え上がる。

 しかしグラントは、今度は離さない。

 もう一度、反対側の地へ叩きつけようとする。

 シリルは即座に手から炎弾を発射。

 至近距離の直撃にグラントの腕が焼け、強烈な火力に手を離す。

 宙を舞いながら、シリルはもう片方の手で雷を放つ。

 直撃。防ごうとした腕は焦げ、グラントはよろめくも、まだ倒れない。

 着地したシリルはすぐさま地面を蹴り、同時に炎を放って視界を遮る。

 破城剣でそれを払うグラント――視界が晴れたとき、目の前にシリルの姿はなかった。

 低く姿勢を落とし、背後に回っていたのだ。

 足に魔力を纏い、背に向けて蹴りを叩き込む。

 骨の砕けるような音とともに、グラントの口から血が噴き出す。

 壁まで吹き飛び、そのまま崩れ落ちた。

 すかさず、シリルは跳びながら左手に炎を収束。特大の火球を放つ。

 だが、崩れた壁の奥から魔方陣が展開され、光柱のような障壁がせり上がる。

 炎は防がれた。

 それに気づき、魔力を込め殴りかかるが、硬く割れない障壁。

 シリルは反動を利用し一歩引き、魔力を右手に集中させ、雷の槍へと変換。

 同時に、グラントも破城剣へ魔力を流し込む――


 その瞬間。

 ハドリーの静かな声が、鋭く空気を断ち切った。


「――そこまでです!」


 その瞬間、シリルの動きが止まる。

 だが、すでに雷の槍は放たれていた。

 目にもとまらぬ速さで放たれたそれは、グラントの障壁を貫き――そのまま、足の甲に突き刺さっていた。


 ギリギリだった。


 ほんの一拍、ハドリーの声が遅れていれば――

 あの槍は、そのまま貫通し、太ももごと脚を貫き抜いていたに違いない。

 皮膚を焦がすような雷の熱が、まだ足元に残っていた。

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