第三十三話:特訓のはじまりに
二人と一匹は再びギルドに戻ってきた。
受付に立っていたレナが、シリルたちの姿を見つけてにこやかに迎える。
「おかえりなさい。ちょうど報酬の準備が整ったところです。こちらへどうぞ」
案内されるままカウンターへ進むと、レナが用紙を手に説明を始めた。
「今回の報酬は、獰牙猪三体分の討伐報酬と素材の買取額、さらに周辺調査の評価加算を含めて――合計3,200リルとなります」
差し出された書類には、明確な内訳が記されていた。
【討伐報酬】
・獰牙猪(Fランク基準):300リル × 3体 = 900リル
【素材買取】
・上質な角 × 3本:100リル × 3本 = 300リル
・小型魔石 × 3個:500リル × 3個 = 1,500リル
【特別加算】
・周辺安全確認評価加算 = 500リル
▶ 合計:3,200リル
「皮の回収はありませんでしたが、角と魔石はいずれも状態が良好でしたので、満額査定です」
「すご……」
思わずシエルが感嘆の声を漏らす。
「こちらはパーティへの報酬となりますので、分配比率のご希望があれば教えてください」
「じゃあ、半分ず――」
シリルが言いかけたところで、シエルが素早く口を挟んだ。
「全額、シリルで」
「……え? なんで?」
目を丸くするシリルに、シエルは少し困ったように笑いながらも、きっぱりと言う。
「だって、今回の討伐も調査も、ほとんどシリルとアルマのおかげだったから。私は……ちょっと手伝ったくらいで」
「でも、一番大きい獰牙猪はシエルが倒したでしょ?」
「それは……二人がそばにいてくれたから。前に出られたのは、シリルが気を引いてくれたからだし、アルマがいたからこそ動けたの。私だけだったら、きっと無理だった」
「でも、それでも……」
言い合いというほどではないが、気まずい空気が漂いはじめたところで、レナがふわりと口を挟んだ。
「でしたら、三分の一をシエルさん、三分の二をシリルさんという形ではいかがでしょうか?ちょうど、素材の収集や調査の主担当と、戦闘での貢献を分ける形になりますし」
ふたりは顔を見合わせ、やがてそろってうなずいた。
「……それならいいかも」
「うん、それなら、私も納得できる」
「承知しました。それでは、シリルさんに2,133リル、シエルさんに1,067リルをお渡ししますね」
レナがそう言って帳簿を確認しながら尋ねる。
「お二人とも、ギルド専用口座への振込でよろしいですか?」
「……それって?」
シリルが首をかしげると、レナが丁寧に説明した。
「冒険者登録の際にお渡しした冒印札には、身分証と口座情報が連動した簡易金融機能が備わっています。報酬はギルド本部の中央管理口座を通じて扱われていて、すべてのギルド支部で引き出しが可能です」
「へえ……どこでも使えるんだ」
「ええ。また、一部の協力店舗では、冒印札をそのまま使って買い物の会計ができます。店頭に設置されている魔印台座にかざせば、残高照会や支払いが可能です」
「すごい……」
「ただし、対応店舗かどうかは、ギルド提携印が掲示されているかでご確認を。台座の縁に刻まれている場合もあります」
「へえ……便利だね」
「じゃあ、それでお願いします!」
二人の同意を得て、レナは素早く手続きを進めた。
「それでは振込を完了しました。残高の確認はギルド受付か台座からいつでも可能です」
「ありがとう!」
明るく礼を言うシリルを見ながら、レナがふっと微笑んだ。
そのとき、奥からマーカスが現れ、声をかけてきた。
「おかえりなさい。家の件、どうなりました? 空き部屋の案内ができますが」
「あっ、それが――」
シエルが言いかけて、ふと困ったように言葉を濁す。
すると、その横でシリルがさらりと言った。
「やっぱり、おうちはいらないよ」
「……え?」
マーカスが眉を寄せる。
「どういうことですか?」
「これから、特訓をするから。街の外で、アルマと一緒に暮らすつもりなんだ」
その言葉に、マーカスの表情が一変する。
「……少々、お待ちを。支部長に確認を――いえ、直接お話しいただきましょう」
そう言って、マーカスは二人を奥へと案内した。
扉が開かれた先にいたのは、書類を手にしていた支部長ハドリーと、窓際に立って外を眺めていた副支部長グラントだった。
「入ってください」
ハドリーの静かな声に促され、シリルとシエルは部屋に入る。アルマはいつものようにシリルの影に身を潜めていた。
グラントが軽く振り返り、シリルを見て唇の端をわずかに持ち上げた。
「帰ってきたか。ずいぶん早かったじゃねぇか」
「うん。終わったよ」
素直に答えるシリルに、ハドリーが一度うなずき、それから表情を引き締める。
「マーカスから報告を受けました。……“街の外で特訓する”というのは、本当ですか? 一時的な訓練という意味ではなく?」
「ううん。しばらくは街に戻らないつもり。アルマと一緒に、魔獣がいる場所で暮らして、鍛えるんだ」
その言葉に、ハドリーの手が書類の上で止まり、空気が張り詰める。
「……それは、あまりにも無謀です」
低く、重みのある声が割って入った。グラントだった。
「……あの件からまだ二日も経ってねぇ。何が原因かもわかっちゃいねぇんだ。魔素は乱れてるし、魔獣どももどこに潜んでるか分からねぇ。だから今、依頼も止めてるってのに……そんな状況で、野営? 馬鹿か。まともな冒険者はやらねぇ」
「でも、アルマもいるし、僕らだけなら迷惑はかけない。ちゃんと考えてるよ」
シリルはあくまで落ち着いた様子で答えるが、ハドリーの目はなお険しいままだ。
「確かに、あなたの実力は並外れています。しかし……同行者はシエルさんです。あなたほどの耐性も経験もない」
「それは……分かってます。でも、だからこそ鍛えるんです」
シエルが一歩、前に出た。声は強く、目はまっすぐだった。
「ちゃんと準備してから行きます。今すぐ出るわけじゃないし、装備や食料の計画も立ててから動きます。だから……お願い、させてください」
数秒の沈黙のあと、ハドリーは静かに息を吐いた。
「……最終的な判断は、私とグラントで行います。状況次第では中止を命じます。そのうえで――」
彼は指を立て、一つ一つ確認するように言葉を重ねた。
「行き先と期間、必要な装備・備品のリストを提出してください」
「それから――」
ハドリーは胸元の懐から、小さな銀の鈴のようなものを取り出した。
「これは私が契約している精霊と繋がっています。あなたたちの気配を微かに辿ることができる、“導きの鈴”と呼ばれるものです」
鈴にはごく薄い魔法刻印が施されており、揺れるたびに微かな光を放った。
「これを一緒に持って行ってください。場所の特定まではできませんが、無事でいるかどうか程度なら、精霊が感応して伝えてくれます」
「……こんなものがあるんですね」
「精度は高くありませんが、街の外で過ごすなら最低限の安心材料にはなるでしょう。もちろん、こちらから直接干渉はできません。あくまで“見守る”ための道具です」
「ありがとうございます」
ハドリーは頷き、目を細める。
「魔素の流れが乱れる地域では、精霊の感知も鈍ります。そういった場所への進入は極力避けてください。異常を感知すれば、こちらから調査班を出すこともあります」
「うん、気をつける」
「では……報告と申請が届き次第、正式に許可を出しましょう」
シリルがうなずくと、ハドリーはようやく姿勢を緩めた。そして隣のグラントに目を向ける。
グラントは腕を組んだまま、ため息をひとつ吐き、言った。
「……死ぬなよ。特訓なんざ、死んじまったら終わりだ」
「……はい」
静かだが、決意のこもった声でシエルが答えた。逃げる気は一切ないという目だった。
――そして、翌朝。
街の外に向かって、一歩を踏み出していた。
ギルドの支援を受けながら、街の外で始まる《特訓》の日々が、いま、静かに幕を開けようとしていた。




