第二話:最後の試練
翌朝、深淵の森の奥。
山の頂に広がる開けた場所で、シリルと銀狼のボスが対峙していた。
周囲を取り囲む銀狼たちの視線が、静かにふたりを見つめている。
「これが最後の試練になるな、シリル。」
「うん……ねぇ、勝ったらひとつお願い、聞いてもらってもいい?」
「勝ったらか……ふふ、まだ早いと思うがな。だが、勝てたなら聞こう。」
「ぜったい、勝つからっ!」
「そうか……なら、来いッ!!」
ボスの咆哮とともに、シリルが笑顔で一気に間合いを詰める。
右手に魔力を込め、拳を振りかざして突撃。
その拳はボスに届かず、地面をえぐった。
ボスはすかさず炎の弾を放つが、シリルは左手で水の塊を創り出し、相殺する。
地面から拳を抜くと同時に雷の弾を放つが、それも同じ雷の魔力でかき消され、ふたりの間に稲妻が走る。
土煙が舞い上がる中、ボスは空中から再び炎を吐きながら突撃。
シリルは水を放って相殺するが、その煙の中から突っ込んでくる巨大な牙。
咄嗟に左腕を差し出してボスの口を塞ぎ、右手に雷を纏わせた貫手で反撃に出る。
しかしボスは炎を吐き続けながら口を閉じ、シリルの左腕に激痛を与える。
焼かれ、噛まれながらも、シリルは横腹に渾身の貫手を打ち込んだ。
血を吐いたボスが後退すると同時に、シリルは空中に飛び、風を纏って真上から急降下する。
半回転の勢いを使い、踵落としを狙うも、ボスは間一髪で回避。
だが、風の魔力が刃のようにボスを切り裂く。
魔力で身体を覆い、ダメージを抑えるボス。しかしシリルの攻撃は止まらない。
踵落としの反動で跳ね上がり、雷を纏った貫手で再び刺突を狙う。
防御のために強力な魔力を纏ったボスの防壁は硬く、貫手は破壊され、右手の骨が砕けた。
だが、シリルはその右手に魔力を流し込み、爆発させる。
大きく吹き飛ぶボス。
すかさず追撃に炎を纏った蹴りを放つが、ボスは全身の魔力でそれを吹き飛ばした。
(止めを刺すまで攻撃の手を緩めないのは知っていたが……それにしても、この子は……笑いながら襲いかかるとは、もはや狂気だな)
息を整え、ボスはシリルを見据える。
焦げた左腕からは血が流れ、右手は見るも無残に砕けている。
それでも、シリルは笑っていた。
シリルは回復魔法を発動させる。
左肩と右腕に魔法陣が浮かび、血が止まり、砕けた右手が元の形へと戻っていく。
だが治癒は途中で止めた。
動かせるならそれで良い、と判断したのだ。
激痛に顔をしかめることなく、まるで痛覚が存在しないかのように。
だが彼は痛みを感じないわけではない。
ただ、戦いの中で怯むことの危険性を、本能的に理解しているだけだった。
同時に、ボスも魔法を発動。
周囲に幾重もの魔法陣が展開され、そこから雷の矢が無数に放たれる。
シリルは魔法による障壁を展開し、防御に入る。
それは単なる魔力による覆いではなく、複雑な術式と構造を持つ“魔法障壁”──術者の意志と制御によって空間を固定し、干渉を拒む高度な魔法だった。
しかし、矢の量が多すぎる。
全てを防ぎきれないと判断し、障壁を解いて突っ込む。
魔力を全身に纏い、雷の矢を受けながら前進。
さらに口から巨大な雷を吐くボス。
避ける暇もなく、シリルは直撃を受けて爆煙に包まれた。
だがその直後、煙の中から飛び出し、再び前進する。
ボスは即座に上空へと飛び、真下へ炎を吐く。
シリルはその炎に突っ込み、魔力で全身を覆って突進。
右手に膨大な魔力を込める。
炎が止まった。
拳がボスの顎を打ち抜き、血が飛び散る。
だがその直後、ボスは渾身の雷弾を吐き出した。
それは、シリルが拳を放った瞬間、炎を止めて溜めていた最後の一撃。
雷がシリルを貫き、爆音が轟く。
防御を施していたにも関わらず、シリルは意識を失い、地に倒れた。
ボスもまた、重傷を負いながら地に落ちる。
先に立ち上がったのはボスだった。
フラつきながらも、倒れたシリルの元へ歩を進める。
しかし、煙を上げながら、シリルは再び立ち上がっていた。
(魔力はもう残っていないはず……これは、気絶した状態で……本能か)
ボスが目を見張る間に、シリルは地を蹴り、拳を構え飛びかかった。
最後に残った微量の魔力を拳に込め、全力で殴りつける。
本来なら避けられるはずの一撃だった。
だがボスは避けなかった。
シリルを息子のように思い、彼の執念と根性を目の当たりにして、その成長を心から喜んでいたのだ。
ボスの胸に去来したのは、誇らしさだった。
あの小さかった子供が、ここまでの執念と力を見せるようになったことが、嬉しくてたまらなかった。
……だが、拳は止まらない。
その喜びの一瞬が、命取りとなった。
拳を受け、ボスもまた崩れ落ちる。
ふたりはその場に倒れ、動けなくなった。
周囲を囲む銀狼たちは、息を呑んでその光景を見つめていた。
だが、それ以上立ち上がる者は、もういなかった。