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第二十七話:冒険者はじめました。

 朝の陽が高くなりつつある頃、三人はギルドを後にし、街の石畳を西へと歩いていく。


 通りには通勤や買い出しの人々が行き交い、屋台の主たちが威勢よく声を張り上げていた。

 そんな喧騒を横目に、三人はまっすぐ目的地へと足を進める。


「この前とは逆の方に行くんだね」


 シリルがふと呟くと、シエルが頷いた。


「うん。獰牙猪(ドゥルハーン)が目撃されたのは街の西側の農場だから、そっちの門を使うのが近いの」


 やがて、西の門が見えてきた。

 東門よりやや小ぶりではあるが、衛兵たちが警備に立ち、門前には短い列ができていた。


 前方の人々が数列に分かれて、順に何かを取り出しては門を通っていくのを見て、シリルは小さく首をかしげる。


「……なにかやってるの?」


「札を魔水晶に当てて、確認してもらってるんだ。個認札(レジスタグ)だったり、商印札(マーセントカード)だったりね。冒険者は、冒印札(アドベント・カード)を当てるの。……シリルも、昨日ハドリーさんからもらったでしょ?」


「うん……あ、手の甲から魔力で引っ張り出すイメージだよね?」


 思い出したように言って、シリルはシエルの方を見た。


「そう。手の甲に魔力を込めて、意識してみて」


 言われたとおり、シリルは左手の甲に右手を添え、そっと意識を集中させる。


「……えいっ」


 淡い光が走り、手の甲から小さな木札がふわりと浮かび上がるように姿を現した。

 表面には《冒険者名:シリル》と記され、下部には魔方陣が刻まれている。


「……出た!」


「うん、ちゃんとできてるよ。順番がきたら、魔水晶にかざしてみて」


 列が進み、いよいよ二人の番が来る。


 衛兵の横に据えられた、レンガ造りの台座。

 その上には透き通ったガラス玉――魔水晶が埋め込まれており、周囲には複雑な魔方陣が描かれている。


 衛兵が一歩前に出て声をかける。


「冒険者の方々ですね。冒印札をこちらにお願いします」


「はい」


 シエルは手の甲から札を浮かび上がらせ、それを魔水晶にかざす。

 次の瞬間、魔方陣が淡く輝き、魔水晶の表面に文字が浮かび上がった。


 ――冒険者名:シエル/年齢:16/ランク:E/パーティ名:蒼雪月セルシアナ/パーティランク:F


「確認しました。次の方もどうぞ」


 促され、シリルも札をかざす。

 魔水晶が反応し、文字が浮かび上がる。


 ――冒険者名:シリル/年齢:12/ランク:F/パーティ名:蒼雪月セルシアナ/パーティランク:F


「……十二歳?」


 衛兵が思わず小声で呟いた。

 仮面をつけた幼い少年の姿に、一瞬だけ驚いたような顔を見せる。

 だがすぐに姿勢を正し、静かに頭を下げた。


「失礼しました。確認できましたので、お通りください」


「ありがとうございます」


 二人はぺこりと頭を下げて門をくぐる。

 その後ろ、アルマもそっとシリルの影から滑り出て、静かに足を進めた。


 門の外に広がるのは、ゆるやかな丘陵と、穏やかな風に揺れる農地だった。

 舗装された街道を、人々がそれぞれの目的地へと歩んでいく。


「あの人、ちょっと驚いてたね」


 歩き出しながらシリルが言うと、シエルがくすりと笑った。


「年齢制限はないとはいえ、12歳の冒険者なんてほとんどいないからね。この街では、シリルが初めてかも」


「へぇ……」


「ここでは、ハドリーさんが冒険者になりたい子どもたちに向けた学校を開いてるの。普通は15歳くらいまでは、そこで学んでから登録するんだよ」


「へえ……学校……。それ、行ってみたいかも」


「今度一緒に見てみる?」


「うん!」


「じゃあ、戻ったらハドリーさんに聞いてみようね」


「よーし、じゃあさっさと終わらせちゃおう!」


 そう言って、シリルは突然駆け出す。


「あっ、待ってよ!」


 笑いながら、シエルがその背を追いかける。


 二人の笑い声が、朝の街道に軽やかに響いていった。




 街道を進むうちに、周囲には畑が点在し始めていた。


 その頃、シリルの影の中から、アルマの念話がふっと響く。


『なあ……そろそろ出てもいいか? もう街からはだいぶ離れてきただろ』


 シリルは走る足を少し緩め、後ろを振り返る。


「シエルー! アルマがもう出てもいいかって!」


 やや距離のある後方で、シエルが息を弾ませながら答える。


「だ、だめっ! まだ農場の人もいるから、もうちょっとだけ我慢してもらって!」


 その声に、シリルが「そっかー」と返したそのとき――


「ていうかシリル、早すぎるんだけど……!」


 ようやく追いついてきたシエルが、肩で息をしながら必死に叫ぶ。


「ほんとに待って! “遅いよー”って言ったら、怒るからね!」


 その姿に、シリルは小さく笑い、足を止める。


「……うん、ごめん。ちゃんと待つよ」


『……ったく、こんな速度で息切らして……大丈夫か、あいつ』


 呆れ半分、心配半分といった調子のアルマの声が、シリルの意識に届いた。


 シリルは苦笑しつつ、そっと口の端を緩める。




 やがて、街道脇に広がる農地の一角に差しかかった。

 そこは、見渡すかぎり畑と草地が続く穏やかな土地――だったはずなのだが。


「……これは……」


 シエルが肩で息をしながら立ち止まり、荒れ果てた畑を見渡す。

 足元の土は掘り返され、何本もの柵が無残にへし折れている。

 さらに先には、(うね)がぐちゃぐちゃに踏み荒らされた跡や、作物が食い散らかされた痕もあった。


「……ひどい」


 シエルの声は、疲れだけでなく、目の前の光景への憤りも滲んでいた。


 一方、シリルは息一つ切らしていない。

 静かにあたりを見回し、壊れた木柵の断面や、蹄のような大きな足跡に目を留めている。


 そのとき、畑の向こうから一人の農民が駆け寄ってきた。

 日焼けした肌に深いしわが刻まれ、麦わら帽の下からはところどころ白くなった髪がのぞいている。

 年の頃は六十前後だろうか。

 腰はやや曲がっていたが、動きにはまだ力強さがあった。

 古びた作業着には土の色が染みつき、手には長年使い込まれた鍬の柄を握っている。


「お、おい君たち……こんなとこで何して……」


 男の視線が、仮面をつけたシリルに留まり、一瞬警戒するように目を細める。


「……あんた、どこの子だ? 見物なら危ねぇぞ、ここは……」


「こんにちは。冒険者ギルドから来ました」


 シエルが一歩前に出て、手の甲に魔力を込める。

 淡く光を放つ冒印札が浮かび上がり、農民の目に入る。


「おお……冒険者の方か! よかった……助かった……」


 男の顔に安堵が広がる。


「依頼を受けて、状況確認に来ました。被害の場所を教えていただけますか?」


「おう、もちろんや」


 シエルは持参していた周辺の詳細な地図を取り出し、近くの丸太柵の上にそっと広げた。

 農民もそれに気づくと、黙ってその傍に立ち、迷いのない指先で地図を指し示す。


「ここが街道から入ってきたとこで、今おるのがこの畑やな。で、今朝壊れとったのがこの辺……あと、こっち側の柵もいかれとった」


 男は数か所を順に示しながら、声を落とし続けた。


「昨日はまた別の畑が踏み荒らされとってな。日に日に場所が変わっとる。……だいたいは明け方前に出とるが、たまに夕方にも現れることがある。気ィ抜けへんのや」


 地図の上をなぞるその指が、小さく震えていた。


「獰牙猪で間違いない。何人かが走り去る影を見とるしな……こないだはトマジのとこの息子が追い払おうとして角で吹っ飛ばされて、腕をやられた。まだ寝とる」


 語気が強まる。


「他にも何人か、畑からの帰り道で襲われとる。怪我人も増えとるし、いつ死人が出てもおかしくない。もう笑いごっちゃないんや」


 男の口ぶりからは、怒りとも不安ともつかぬ感情が滲んでいた。


「……複数の可能性もあるかもしれん」


 そう呟いた時、シリルが静かに地面に視線を落とした。


「うん。最低でも三匹はいるね」


 それを聞いて、シエルが目を丸くする。


「えっ……なんで分かるの?」


「蹄の跡が、三匹分あった」


「違いが分かるの!?」


「うん」


 あまりにあっさりとした返答に、シエルはぽかんと口を開けたままシリルを見つめた。


「……小さいのに、すげえなあ」


 地図を覗き込んでいた農民も、ぽつりと呟いた。

 驚きと尊敬が混じったその声に、シリルは照れるように頬をかすかにゆるめた。


「たぶん……山の方から、わざわざ下りてきてる感じやな」


 地図をたたみながら、農民は顔をしかめて呟いた。


「街道の向こうに、小さい山道が一本あるんや。普段はほとんど使われへんけど、あっちから獣道みたいに下りてきてる可能性がある。案内したるわ」


「お願いします」


 シエルが丁寧に頭を下げると、農民はうなずいて先に立つ。


 歩きながら、畑のあいだを抜けていくと――

 遠くで柵を直していた別の農民たちが、彼らに気づいた。


「おーい! おいおいトラムじいさん、誰だいそりゃ!? えらいべっぴんさん連れてるじゃねぇか!」


「冒険者の方や! ギルドから来てくれはったんや!」


「ほぉ~……そりゃ頼もしいこっちゃ。すんませんな、どうぞよろしく頼んます!」


 肩に板をかついだまま、土まみれの服で手を振る農民たち。

 その素朴なやりとりに、シエルはやや照れた様子で会釈し、シリルは仮面の奥で静かに見つめていた。


 あちこちから飛んでくる感謝の声を背に、一行は山へと続く細道の入り口へと足を進めていった。

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