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第二十五話:ひとときの安らぎとぬくもり

 食堂を出た四人は、ゆったりとした歩調でギルド内の廊下を進んでいた。


「それでは、私はこれで。ごゆっくりお休みください」


 支部長室の前で足を止め、ハドリーが穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。

 シリルとシエルも立ち止まり、それぞれに軽く会釈を返した。


「おやすみなさい、ハドリーさん」

「おやすみ」


「……ああ、そうでした」


 立ち去りかけたハドリーが、思い出したように振り返る。


「お二人とも、シャワーは自由に使っていただいて構いません。今夜は寝間着も用意してありますので、よろしければお使いください。外回りや解体作業の後などに使うスタッフ用の設備ですが、清掃も済んでいますので、安心して使ってください。洗濯もできますよ。洗濯室(ランドリー)も併設されていますので、汚れた服もこの機会にどうぞ」


「……シャワーって何?」


 シリルが小さく首をかしげた。


「え? あ、そうか。知らないか」


 シエルが驚いたように笑いながら説明を始める。


「簡単に言うと、お湯を上からかけて体を洗える仕組みだよ。蛇口をひねると、お湯が出てくるんだ」


「なるほど……水浴びとは違うのか」


 シリルが興味深そうにうなずくと、ハドリーも口を添えた。


「魔石を動力にした魔術装置で、お湯や洗浄水を制御しているんです。洗濯室も同様に、衣服を清潔に保つために魔術を応用しています」


「すごいな……村にはなかった」


「ええ。お湯の温度も調整できますし、洗いやすくて衛生的です。使い方がわからなければ、シエルさんに尋ねてくださいね」


「うん、わかった」


 シリルが軽く笑ってうなずくと、ハドリーは今度こそ執務室へと戻っていった。


 そのまま三人は、昨晩泊まった部屋へと戻る。

 部屋の中には清潔な寝間着が二人分用意されており、それぞれがそれを手に取った。


「これ、寝間着? ……なんかすごく柔らかい」


 シリルは寝間着の布を指先で撫でながら、驚いたように呟く。


「街のは質がいいからね。肌触り、全然違うでしょ?」


 シエルが微笑む。


「うん、村で着てたのと全然違う……」


 荷物を簡単に整え、寝間着を抱えて三人はシャワー室へと向かう。


「……じゃあ、行こっか」


 シリルの一言で、ふたりと一匹は再び歩き出す。

 彼らが向かうのは、ギルド職員用として設けられた共用のシャワー室だった。

 アルマも、当然のようにシリルのすぐ後ろをついて歩く。

 もはや誰も彼を咎める者はいない。

 シャワー室の扉を開けると、中にはまっすぐ伸びた通路があり、左右に五つずつ、計十の個室の扉が並んでいた。

 それぞれの扉の奥には、脱衣所とシャワールームが備え付けられている。


「ここがシャワー室ね。空いてる部屋を使って」


「へぇ……いくつもあるんだな」


 シリルが一つの扉を開けて中を覗き込む。

 備え付けの棚には清潔なタオルと石鹸が並んでいた。


「これが石鹸。こうやって泡立てて、体をこすって洗うの。あと、服はここで脱いで、使い終わったらカゴに入れておいて」


 シエルが手際よく説明してくれるのを、シリルは素直に頷きながら聞いていた。


「じゃあ、俺はこれ使うよ」


「うん。何かあったら呼んでね」


 そう言ってシエルは隣の個室へ向かい、アルマは当然のようにシリルの後をついて入ろうとした——が、入り口で立ち止まり、眉をひそめた。


『……狭いな』


 試しに前足を踏み入れてみるが、体の幅が扉よりも明らかに広い。


『……入れん』


「そりゃ無理だよ、アルマ。大きすぎるって」


 シリルが苦笑する。


『ちっ、つまらんな。……明日、お前と水浴びにでも付き合ってやる。』


「わかったよ。明日ね」


 ふてくされた様子で通路に腰を下ろすアルマを横目に見つつ、シリルはシャワールームへと入っていった。


 シャワーのレバーを見つけ、ゆっくりとひねる。


「……おっ」


 天井近くから温かい湯が勢いよく降り注いできて、思わず一歩下がる。


「これが……シャワーか」


 少しずつ慣れていきながら、石鹸を手に取り、シエルに教わった通りに泡立て始める。

 泡が思った以上に滑りやすく、最初は手からこぼれ落ちたりもしたが、次第に要領を掴んで体を洗いはじめた。

 湯の温かさが心地よく、全身から疲れがじんわりと抜けていく。


「……悪くないな」


 シリルは静かに微笑むと、そのまま黙々と洗い続けた。

 シャワーを終えると、その場で柔らかな寝間着に着替える。

 布の質の良さに思わず指先で何度も撫でてしまった。


「……これが街の寝間着か。すごいな」


 小さく呟くシリルの声を聞いて、通路にいたアルマの鼻がぴくりと動いた。


『それより、明日の水浴びは忘れるなよ』


「わかったって」


 汚れた衣服を持ち、通路へと出るシリル。

 しばらくしてもシエルが出てこないため、扉の前で声をかけた。


「シエル、大丈夫?」


「今、髪を乾かしてるの。ほっとけば乾くけど、ちゃんと乾かしたほうが気持ちいいから」


「そっか……」


「ちょっと待ってて。すぐ終わるから」


 数分後、シエルの声が再び聞こえる。


「シリル、入って」


 戸惑いながらも扉を開けて中に入ると、シエルが詠唱と共に手を掲げ、小さな魔方陣が空中に浮かび上がる。

 そこからふんわりと優しい風が吹き出し、シリルの髪を撫でるように乾かし始めた。


「わ、別にいいって……」


「ダメ。布団が濡れるでしょ。ほら、じっとしてて」


 たしなめられ、シリルは観念してその場に座る。


「……気持ちいいな」


「ふふ、でしょ?」


 穏やかな沈黙が、しばし二人の間に流れた。




 身支度を整えた二人と一匹は、廊下を抜けてシャワー室に併設された洗濯室へと足を運んだ。


 洗濯室には、腰の高さほどの大きな円筒型の石造りの装置がいくつも並んでいる。

 その表面には複雑な魔法陣が彫り込まれており、中央の魔石を淡く輝かせていた。


「これが……洗濯の魔術装置か」


 シリルが興味深そうに覗き込むと、シエルがうん、と頷いて説明を加えた。


「これは“清濯筒(クリーンダール)”っていって、中に服と水を入れて、魔石の力で回転させる仕組みなんだ。汚れは魔術式で分解されて、最後は風で完全に乾かしてくれるの」


「魔力で水と風……さっきの髪の乾かし方と似てるね」


「うん、そう。でもあれよりずっと粗いから、布が傷まないように回転はゆっくりだよ」


『……なるほど、文明の力だな』


 アルマが真面目な顔で感心する。


 洗濯槽の上部にある蓋を開けると、内部は石と金属を組み合わせた構造になっており、底部に刻まれた魔法陣が微かに脈打っていた。


「じゃあ、入れるね」


 シリルが脱いでまとめた服を一つの筒に入れ、シエルも自分の分を別の装置に収めていく。


「ここの魔石に手を当てて、ちょっとだけ魔力を流すと、動き出すよ」


 シエルが実演して見せると、魔石がぱっと明るく光り、装置内部で水が湧き上がる音と共に、ゆるやかな回転音が聞こえ始めた。


「……すごい」


「でしょ? 便利だよね」


 ギルドの日常の一端に触れながら、シリルは新たな生活の空気をほんの少し感じ取ったようだった。

 装置が回転する静かな音が、三人の疲れた心をさらに穏やかに包み込んでいった。


 その後、衣服がすっかり乾いたのを確認してから、三人は部屋へと戻る。

 シリルとシエルはそれぞれの寝具へ腰を下ろし、静かに深呼吸を一つ。


「なんか、今日いろいろあったね」


「うん。でも……悪くなかった」


 シエルの言葉に、シリルも小さく頷いた。

 その横で、アルマがじっと何かを考えるように目を閉じる。

 次の瞬間——


「…………っ」


 空気が微かに震える。だが、それきりだった。


『……くっ、やはりまだうまく……』


 アルマは小さく息を吐くと、毛布の上に体を丸めた。


「どうしたの?」


『……いや、なんでもない。気にするな』


 そう言って、目を閉じる。


 夜の静けさが、三人の体をそっと包み込んだ。

 こうして、静かな夜が更けていった。

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