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第二十二話:街歩きの午後、仮面の奥の笑顔

 街の空気は、昼の日差しに照らされて穏やかに揺れていた。


 ギルドを後にしたシリルとシエル、そして影に身を潜めたアルマの三人は、舗石の敷かれた通りをゆっくりと歩き始めた。


 ──出発までも、なかなかの騒ぎだった。


 冒険者たちからは「登録、おめでとう!」「銀狼(シルバーウルフ)も一緒なのか!?」と質問攻めにされ、スタッフたちにも「何か困ったことがあればいつでも」と笑顔で声をかけられる始末で、なかなか出口まで辿り着けなかった。

 シエルもまた、すれ違う仲間たちから「戻ってきてくれてよかった!」「本当によく頑張ったな」「次は無理するなよ」と次々に激励の声をかけられ、そのたびに笑顔で頷いていた。

 アルマは影に潜んでいたため、外から見れば二人連れにしか見えなかったが、内心では三人とも少し疲れ気味だった。


「ふぅ……やっと外に出られた」


 シエルが肩の力を抜くように笑い、シリルも小さく頷いた。


『外の空気は久しぶりだな』


 影の中からアルマの声が響く。

 シリルだけがその声を聞き、さりげなく「うん」と呟くように返す。


 街には活気があった。

 だが、行き交う人々の中には、シリルの仮面姿に視線を向ける者も少なくなかった。

 ちらりと目をやり、不審そうに囁く者もいれば、遠巻きに見つめる者もいた。

 だが、誰ひとりとして声をかけることはなかった。

 シリルはそれらの視線に気づいていたが、何ひとつ気にする様子を見せず、淡々と歩き続けた。

 隣を歩くシエルもまた、何も言わず、ただ黙ってその歩みに寄り添うように並んでいた。


 そんな中、シエルがひときわ大きな声で呼びかけられる。


「シエル! 無事だったのね!」


 それは見知った商人風の女性だった。

 彼女の顔には、心からの安堵の表情が浮かんでいる。


「うん、いろいろあったけど、ちゃんと帰ってきたよ」


 そう答えるシエルの声には、少しだけ張り詰めたものがあった。

 女性はちらりとシリルにも視線を向け、ふと首をかしげるように微笑んだ。


「……その仮面、ずいぶん珍しいわね。この子は、どうしたの?」


 シエルは少し困ったような顔をし、短めに応える。


「実は…助けてもらったんです」


「あら、そうなの……ありがとうね」


 女性は自然にシリルへ頭を下げる。

 シリルは何も言わずに、ほんのわずかに会釈した。

 だが次の瞬間、女性の表情がわずかに曇り、静かに問いかける。


「……陽翔焔の、他のみんなは?」


 シエルの目が伏せられ、短く答える。


「……帰ってきません」


「え……」


 女性は言葉を失い、しばし沈黙した。

 そんな彼女に向けて、シエルは静かに微笑み、頭を下げる。


「詳しくは……また、いつか。今日はこれで」


 そう言って、彼女はシリルを促し、その場を離れていった。


「よかったの? あんなあっさりで」


 シリルが小声で尋ねると、シエルは少し驚いたように彼の顔を見た。


「え? ああ、あの人、いい人なんだけど……ああでも言わないと、多分いろいろ聞かれちゃうと思って……あ、えっと、思いまして」


 言いながら、自分が敬語を崩したことに気づき、シエルは一瞬戸惑った表情を浮かべる。

 シリルはそんな彼女を見て、くすりと笑う。


「なんで変えたの? 普通の喋り方でいいよ」


「そうで……そうかな」


「うん」


 ほんの少しだけ、距離が縮まった気がした。

 しばらく歩くと、シリルがきょろきょろと周囲を見回し、目を輝かせながら指をさした。


「あれは? あっちは? あの建物、なんだ?」


 まるで何もかもが新鮮な遊園地のように映っているらしく、興味津々でシエルに尋ねる。

 シエルはひとつひとつ丁寧に答えていく。


「あれは道具屋さん。あっちは防具を売ってる店だよ。あの高い建物は宿屋兼酒場」


 その姿は、まるで初めて街にやってきた普通の子どものようだった。

 その無邪気な様子に、シエルは思わず笑みをこぼしながら、ふと疑問を口にした。


「ねえ、シリル……今朝、どうして仮面を外してくれたの? ……その、本来の姿を」


 シリルは立ち止まり、少し考えるように目を細める。


「うーん……めんどくさかった、ってのもあるけど……理由は特にないかな。でも……シエルが信頼できるって、思ったんだ。野生の勘、みたいなやつ」


 その言葉に、シエルは目を瞬かせた。


『ふん、それには同感だ。あのときの気配は悪くなかった』


 影の中からアルマの声が応じる。

 もちろん、シエルには聞こえない。

 だからこそ、シリルは小さく笑って、ぽつりと口にする。


「アルマも、そう言ってる」


 シエルは驚いたように彼を見つめたが、次の瞬間、ふっと優しく微笑んだ。


「そっか。ありがとね」


 シリルは少し頷き、ふいに思い出したように笑う。


「でも、よかったよ。あのときさ、アルマに“食べる?”って聞いてたんだ」


「えっ!? 食べる!?」


 シエルが顔を引きつらせると、シリルは肩をすくめて苦笑する。


『ああ、そういえばそうだな』


「魔力も少ないし、まずそうだからいらないって言ってたよ」


「……よかったのかな、それ。なんというか、うれしくはないね……」


 そんな冗談めいたやり取りを交えながら、三人は夕暮れまでの街をゆっくりと歩いていった。

 途中、露店の前で足を止めたシリルが、不思議そうに果物を眺めたり、街角の大道芸に目を奪われて立ち尽くしたりするたび、シエルは優しく説明を添えた。

 市場の喧騒、行き交う人々、香ばしいパンの匂い、遠くから聞こえる演奏──

 それらすべてが、シリルにとっては新しい世界だった。


 彼は目を輝かせながら、一つ一つの光景に感嘆し、小さな子どものようにシエルの袖を引いた。

 アルマもまた、影の中で静かにその様子を見守りながら、時折くすりと笑うような気配を見せた。


 さらに、街の中央広場では祭囃子の稽古が行われており、子どもたちが太鼓を叩いていた。

 シリルは興味深そうに足を止め、しばらくその音に聞き入っていた。


「これ、何の音?」


「来月、夏祭りがあるんだよ。その練習かな」


「祭り……行ってみたいな」


「うん、きっと行けるよ」


 そんな会話をしながら、シエルはふとシリルの横顔を見る。

 その眼差しには不安も警戒もなく、ただ純粋な興味と喜びだけが浮かんでいた。

 その姿を見て、胸が温かくなる。

 こうして三人の午後は、静かで温かな時の流れの中に包まれていった。

 そして、太陽がゆっくりと西の空に傾き始めた頃──

 街の灯がともりはじめ、彼らはそろそろギルドへ戻ろうと歩き出した。

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