第十九話:事件の真相
「お二人に、改めてお話ししなければならないことがあります。……どうぞ、座ってください」
ハドリーの声は穏やかだったが、どこか張り詰めたものを含んでいた。
シリルとシエルは無言でうなずき、促されるまま席に着く。
その様子を確認したハドリーは、一礼して言った。
「少しだけ、お待ちください。先に、冒印札の準備を進めるようお願いしてきます」
そう言って部屋を出ていく。
扉が閉まる音が静かに響き、室内には沈黙が残された。
スタッフに準備をお願いした、ハドリーが部屋に戻ってくる。
入口からまっすぐ進み、部屋の手前側に立つと、向かって左手のソファーに座るシリルとシエルに向き直った。
少し遅れて、向かいのソファーに座っていたグラントも静かに立ち上がり、ハドリーの隣に並ぶ。
ほんの一瞬だけ視線を交わし――そして、同時に深々と頭を下げた。
否、それは単なる礼ではなかった。
膝をつき、頭を地面につけるようにして、深く頭を垂れる。
「……えっ……!?」
シエルが思わず声を上げる。
シリルも、わずかに目を見開いた。
「……申し訳ございませんでした」
ハドリーの声が、静かに部屋に響く。
「今回の件は、完全にギルドの怠慢です。私たちの落ち度です。
陽翔焔の皆さん、そしてシエルさんには……本当に、申し訳のないことをしました。
そして……シリルさん。あなたがいなければ、シエルさんは今ごろ……」
喉を詰まらせたように言葉を切り、深く頭を下げ直す。
「本当に、申し訳ありませんでした」
続けて、グラントが叫ぶように言った。
「すまなかったッ!」
あまりの光景に、シエルは慌てて席を立ちかける。
「あ、頭なんて上げてください! そんなこと――」
しかし、ハドリーもグラントも、すぐには頭を上げようとしなかった。
重い沈黙がしばらく続いたのち――
「……今回の事件の詳細を、これからご説明させていただきます」
そう言って、ハドリーはようやく顔を上げた。
だが、グラントはなおも頭を下げたまま、動こうとしなかった。
今回の事件が起こる前、エルディア領のギルドでは年に一度の定例会があり、ハドリーとグラントは領都リュミエールへ向かっていた。
定例会は通常、支部長と副支部長が出席する重要な会合で、その間の支部管理はもう一人の副支部長が担う。
しかしクアガット支部では、前年に副支部長が引退し、現在は後任として育成中のマーカスが代理を務めていた。
マーカスは人柄は良いものの少しお気楽な性格であり、ハドリーとグラントはその点を心配していた。
領都までは通常の馬車で三日ほどの距離である。
クアガット周辺は比較的平和だったため、数日間支部を留守にしても問題はないと判断し、マーカスに代理を任せた。
ただ少し不安だったハドリーは、二羽の見たこともない小さく美しい鳥の精霊を、一羽支部に残した。
これらの精霊を通じて、何か異常があれば連絡を取る仕組みを整えたのだ。
ある日、クアガット近郊の林《恵菜の林》で、山菜採りに行った老夫婦の行方不明を皮切りに、同様の失踪事件が数件報告された。
最初に捜索を依頼されたのは地域の自警団だったが、林は管轄外であるため、被害報告をまとめてギルドに正式に依頼を出した。
代理のマーカスは、これらを単なる遭難事故と軽く見ており、ハドリーには報告せずに、低ランクの冒険者たち数組に捜索を任せていた。
ところが、数組のパーティーは無事戻ったものの、二組が戻らず、翌朝になっても帰還しなかった。
低ランクとはいえ、恵菜の林には慣れた者たちを選んだはずだった。
にもかかわらず二組が戻らないという事態に、マーカスは次第に――これはただの遭難ではないと、胸のざわつきを覚え始める。
そのころ、ヴィクト率いる陽翔焔が遠征から戻り、その報告にギルドを訪れていた。
緊急性の高さを受け、マーカスはスタッフに連絡を取り、陽翔焔に林の捜索と調査を急遽依頼した。
依頼を受けたヴィクトは、事件の詳細を聞き、魔獣が出現した可能性を示唆し、現場へ向かった。
日が完全に沈んだ頃、定例会を終えたハドリーとグラントがクアガット支部へ帰還する。
支部のスタッフ、そしてマーカスから、事件が発生していたこと、そして陽翔焔がまだ戻っていないことを知らされる。
二人は状況の深刻さを即座に察した。
グラントはすぐに林へ向かい、ハドリーはウィスに意識を繋げて、現地の追跡に当たる。
夜間の捜索は困難だったが、それでも行動を起こさずにはいられないほど、状況は切迫していた。
そして程なくして、ハドリーとグラントはシエル、そして彼女と共にいたシリルとアルマを発見する。
――それが、今回の事件の顛末だった。
ハドリーは説明を終えると、静かに間を取り、改めて口を開いた。
「マーカスには、一切の責任はありません。すべては、支部の責任者である私が、この平和に慢心し、油断していたことが原因です」
グラントも再び頭を下げ、重々しく続ける。
「俺も同じだ。本当にすまない……」
ハドリーの言葉を静かに聞き、心の中でかみしめるようにしたシエル。
やがて、毅然とした声で応えた。
「ご説明ありがとうございます。頭を上げてください」
そう言うと、静かに続ける。
「冒険者は常に死を覚悟して依頼を受けるものです。どんな状況でも必ず生還できるよう、万全の準備を怠ってはいけない……。今回は私たち、いや、私自身の覚悟が足りなかったのだと思います。」
ハドリーは言葉を探しながらも、改めて口を開いた。
「いや、しかし……それでも……」
すると、横で黙って聞いていたシリルがポツリと呟く。
「……大事なのは、これから何をするかだよ。死んだ人はもう戻らないんだから」
シリルの言葉を聞いて、シエルは少し目を見開き、驚きの色を隠せないが、すぐに真剣な表情でうなずいた。
ハドリーは静かに眉をひそめ、深く考え込むように黙り込んだが、やがて静かに「そうですね…」と呟いた。
グラントは一瞬目を大きく見開き驚きを隠せなかった。
すぐにその表情を引き締め、少し笑みを浮かべながら「その通りだな…」と感心した様子で言った。
話が一段落すると、グラントがふいに口を開いた。
「……腹、減ってないか? 一旦、食堂で昼飯にしよう」
シエルは素直に「はい」と頷き、ほっと息をつく。
だが隣のシリルは瞳を輝かせ、ぱあっと声を弾ませた。
「飯!?やった!」
その時、アルマがひそりと呟く。
『おい、色が戻ってるぞ』
アルマに言われ、シリルが自分の髪を触ると、その動作に三人もシリルへ視線を寄せた。
金糸のように煌めいていた髪は、月光を湛えた雪のように静かに白へと還り、琥珀に染まっていた瞳は、左に澄んだ蒼、右に深い緑という異なる光を宿していた。
「……美しい」
ハドリーが静かに息を漏らす。
「おお……こりゃまたすごいな」
グラントも思わず息を呑み、感嘆の声を漏らした。
シエルはその光景を見つめたまま、ぽつりと呟く。
(今朝見た姿……やっぱり綺麗……)
そしてそっと仮面を拾い上げ、顔に当てる。
たちまち金髪と琥珀の瞳が戻る。
ハドリーはその鮮やかな変化に目を奪われたが、シリルは気にも留めず言った。
「これなら問題ないね」
その瞬間、シエルがはたと顔を上げる。
「……あの、食堂に行くなら、シリルさん、アルマさんは大丈夫ですか?」
グラントは肩をすくめて答えた。
「朝からシエルの帰りを心配して、スタッフや仲間たちがギルドに詰めてる。昼には食堂に来るって伝えてあるし、その時“命の恩人”として二人も紹介済みだ。あんまり詮索しないようにも言ってあるから、安心してくれ。」
「じゃあアルマも一緒に行っていいのか?」
とシリルが振り返ると、影の中からアルマがひょいと姿を現した。
──狼よりもひと回りもふた回りも大きい体躯に、銀糸のように流れる毛並み、うっすら蒼を帯びた銀の瞳が、部屋の穏やかな灯りに凛と煌めいている。
夜の森で見たときとはまた違う、堂々たる美しさだった。
改めてその姿に見惚れた三人の視線が集まる。
はっとしたようにグラントが笑い、肩を竦めた。
「ああ、中で見るとさらに大きいが…まあ、問題はないだろう」
「よし、行こうか」
──そう言って、五人は食堂へと向かった。




