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第十八話:味方の証明

 ――支部長室。


「さて、顔を拝見したところ……確かに若い。だが、特別口頭承認を出すほどの理由が、私には見えないな。――何かあるんだろうね、ハドリー?」


 ジルベルトは詰問というよりも、確信をもって何かの事情があると感じ取っているようだった。

 言葉の端に、その含みが滲んでいる。


 ハドリーは黙って頷くと、ゆっくりとシリルの正面に立ち、慎重な口調で問いかける。


「……シリルさん、あなた、《白幻族――アルヴァイス》ですね?」


 シリルの眉がわずかに動いた。

 反応は一瞬。

 だが確かに、それは動揺の証だった。


 彼は静かに顔を上げると、鋭く睨むような視線でハドリーを見据え、低く応じた。


「……そうだけど。どうして、それを?」


 その瞬間、部屋の空気が一変した。


 重い――それも尋常ではない。

 まるで首筋にナイフを当てられているかのような、ほんのわずかな動きすら命取りになりかねない、そんな緊張が場を支配する。


 影の中に潜むアルマは、気配を一気に高め、いつでも飛び出せるように身構える。

 グラントはわずかに目を細め、腰に手を添えて警戒態勢に。

 シエルの指先が小刻みに震えはじめ、その顔から血の気が引いていく。

 ジルベルトは表情こそ崩さないが、額にはうっすらと汗が滲んでいた。


 そんななか――ただ一人、ハドリーだけが穏やかな表情を崩さず、静かに口を開いた。


「大丈夫です。先に申し上げておきますが、私はあなたの味方です。……ただ、手を差し伸べるためには、確認が必要でした」


「どういうこと?」


 シリルの声は低いままだ。

 張り詰めた空気は未だ緩まない。

 落ち着いた口調で語りはじめる。


「信頼の証になるかわかりませんが、そもそも味方でなければ、今回のようなリスクのある措置を取ったりはしません。その上で、説明させていただきます」


「私は、ウィスを通してシリルさんに出会いました。……彼は精霊で、普通の人間には見えない“気配”や“違和感”を察知できます」


「最初にお会いした時、あなたの仮面に、何らかの変化をもたらす魔術が施されているのをウィスが感じ取りました。そして……それがあなたの“本来の姿”を覆い隠しているのではないか、と」


 ハドリーはあくまで丁寧に、慎重に言葉を選びながら話す。


「ですが……仮面を外されても、見た目に一切の変化がなかった。そこで私は、確信を持ちました」


 ハドリーは穏やかな口調のまま、言葉を丁寧に続ける。


「外見を仮面一つで隠すだけでも、すでにかなり高度な術式です。けれど――外してもなお変化が戻らないとなると、それはもはや、私の知る範疇を超える精緻な技術。力の流れに常時連動し、形を保ち続けるような……そういう、常識では測れない仕組みが働いているとしか思えませんでした」


 一拍置いて、静かに目を細める。


「そして、そこまでの術を使える、あるいは使わなければならない理由。それが――あなたが、白幻族(アルヴァイス)であるからなのでは、と私は考えたのです」


 シリルは無言のまま、じっとハドリーを見つめていた。

 問いかけも否定もせず。

 ただ、その目だけが鋭く、言葉を吟味していた。


「私は、《耳長族――エルフ》です」


 シリルの眉がほんのわずかに動いた。


「私たち耳長族(エルフ)は、かつて白幻族(アルヴァイス)と友好関係を持っていました。しかし、彼らが迫害されはじめた時……白幻族は、自らを切り離す決断をしました。我々に害が及ばぬようにと、全ての縁を断ち、静かに姿を消したのです」


「私たちの一部――長命の者たちは、その記憶を今も持っています。そして、だからこそ私は、あなたと出会ったことに、驚きと……生きていたという喜びを感じたのです」


 ハドリーの目には、真剣な色が宿っていた。


「助けねばならない。そう思いました。ですから、この無茶とも言える行動に出たのです」


 しばらくの沈黙。


 心の奥底で、わずかに張り詰めていた糸が、ふ、と緩んだ。

 シリルは視線を逸らさずに、ハドリーを見据えたまま、ぽつりと短く呟いた。


「……そう」


 それだけだった。


 だが、その一言には、完全には解かれていない警戒の中、ほんの僅かな信頼の芽が混ざっていた。

 警戒は消えていない――けれど、話を聞く意思はある。

 そんな空気。


 その隙を見計らうように、ジルベルトが椅子に軽く腰を下ろし、慎重に、けれど穏やかに口を開いた。


「ふぅ……お話が通じそうで、本当に安堵いたしました。正直なところ、今この場で何か不敬な言葉を口にすれば、私の首など容易く落ちるのではと、肝を冷やしておりましたよ」


 額の汗をハンカチで丁寧に拭いながら、柔らかく微笑を浮かべる。

 それは冗談とも本音ともつかない言い回しだったが、場の緊張を緩めようという意図が滲んでいた。


「……とはいえ、仮面の下に、これほどの事情が隠されていようとは。特別口頭承認の件、ようやく腑に落ちました。ハドリー――あなたは最初から、すべて計算されていたのですね」


 ジルベルトは感心したように微笑みつつも、その声音には一抹の鋭さが宿っていた。


「……夜の時間帯を選ばれたのも、そのためでしょう?昼間であれば、来訪者も多く、人目も煩わしい。まして特別口頭承認など、貴族会議の耳にでも入れば騒ぎにもなりかねませんからね」


 その言葉に、ハドリーは否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んで受け止めた。


「お見事でしたよ、ハドリー」


 ジルベルトの声音は穏やかだったが、その奥には、事の重大さと、それを理解する者としての敬意が滲んでいた。


 グラントは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。


「……まったく、肝が冷えたぜ。あんな空気、久々に味わった」


 彼はそう呟きながら、静かに腰を下ろす。

 視線はまだシリルから外さないが、その眼差しには、もはや警戒ではなく、静かな敬意が宿っていた。


 隣ではシエルが、胸に手を当てて深く呼吸している。

 小刻みに震えていた指先が、ようやく落ち着きを取り戻していく。


「すごい……こんなに静かなのに、動けなくなるほどの威圧感なんて……」


 小声で呟いたその声は、怯えではなく、どこか憧れにも似たものを含んでいた。




 そして、静けさが戻った室内にて、ハドリーが口を開く。


「さて……落ち着いたところで、次に考えるべきは、シリルさんの扱いについてです」


 その声に、ジルベルトも神妙な面持ちで頷いた。


「ええ。特別口頭承認の件は、まあ私の方で何とかしておきますよ。領主様と少し話をし……まあ、うまく運びましょう」


 さらりとそう言ってのけたその一言からは、前例のない難事をも受け止める懐の深さと、ただならぬ実力のほどが感じられた。


「ありがとうございます。ご迷惑おかけします」


 そう言って頭を下げるハドリーを、ジルベルトはやれやれといった苦笑を浮かべて見やる。


「……まったく、最初から私が何とかするだろうと踏んでいたのでしょう? それはもう、あなたの悪い癖ですよ、ハドリー」


「ばれてますか」


 ハドリーもまた、いたずらが露見した子供のように、肩を竦めて笑った。


 傍らのグラントも、ようやく安堵の息を吐きつつ――どこか「またか」と言いたげに眉をひそめ、呆れたように手を軽く組み直した。

 シエルはというと、戸惑いを残しながらも空気の変化を感じ取り、そっと頷く。

 そして、シリルも――依然として表情は乏しいままだが、険のあった眼差しが、わずかにやわらいでいる。


「それで……シリルさんの今後ですが、冒険者登録――冒印札(アドベント・カード)の発行、という形で進めることになるのでしょうか?」


 ジルベルトが問うと、ハドリーは頷く。


「そうですね。個認札(レジスタグ)で登録してしまえば、間違いなく“白幻族”として情報が記録され、公的な場で露見する可能性もある。危険です」


「なるほど。しかし、そもそも個認札なしで冒険者登録など可能なので?」


 ジルベルトが尋ねると、ハドリーはすぐに答えた。


「簡単ですね。現行のギルド規定において、人種を明かす義務はありません。特に、人間族(ヒューマ)以外への偏見や差別が根強く残る国や領地も、未だ少なくないのが現状です。そうした事情を抱える者たち――耳長族(エルフ)をはじめ、土人族(ドワーフ)鳥人族(アヴィアール)、その他多種の民が、少しでも等しく活動の場を得られるよう、冒印札という制度が設けられております。ギルドとしても、『人種に分け隔てなく』を理念として掲げておりますので」


 ジルベルトの説明を一通り聞いた後、グラントが腕を組み直し、やや怪訝そうに口を開いた。


「……そうだったのか。ここらじゃ、個認札なしで冒険者登録するなんて話、聞いたこともなかったからな。だけど……そんな制度、悪用されそうな気もするけどな」


 素直な疑問と、現場の感覚から来る率直な意見だった。

 その言葉に、ハドリーが穏やかに頷く。


「ええ、ご指摘の通りです。実際、制度の抜け道として悪用される懸念は、ギルド内でもたびたび議題に上がっています。けれど今のところ、それ以上に“保護すべき側”の事情が優先されているのです。全ての者に門戸を開くという理想は、まだ道半ばですが……だからこそ、保証人の存在が求められているのですよ」


「そうか……なるほどな」


 グラントは納得したように顎に手を当てて頷いた。


「……色々と便利な制度ですね」


 ジルベルトはぽつりと呟いた。


「便利ではありますが、それも結局、信頼あってこそです。今回、シリルさんの保証人は私がさせて頂きます」


「今後の活動を保障する最低限の証明となりながら、余計な詮索を避けられる。悪くない選択かと存じますが……いかがでしょう、シリルさん?」


 視線が、再びシリルに向けられる。


 それは命令ではなく、提案だった。

 シリルの意志を尊重するという、確かな態度がそこにはあった。


 しばしの沈黙の後――シリルは静かに頷いた。


「……わかった。任せる。ありがとう」


 その声は短く、だが確かな受け入れの意思を含んでいた。

 完全に信頼を預けたわけではないが、少なくともこの場の者たちに、一定の信を置いた証でもある。


 シエルはそっと安堵の息をつき、口元に微かな笑みを浮かべた。

 グラントも「やれやれ」といった様子で肩の力を抜き、腕を軽く組み直す。


 ハドリーは深く一礼し、穏やかに告げた。


「ありがとうございます、シリルさん。登録手続きはこちらで進めておきます。夕方までには渡せるでしょう」


 話が一区切りついたところで、ジルベルトも静かに立ち上がる。

 顎に手を添えつつ、呟いた。


「ふむ……思ったよりすんなり進んで何よりですな」


 それにハドリーが頷き返す。


「ええ。最大の障壁だった特別口頭承認を、ジルベルト様が受け入れてくださったおかげです」


 ジルベルトはわずかに目を細め、意味ありげにハドリーを見やる。


「……老獪ですね」


 ジルベルトの言葉に、ハドリーは苦笑で応じた。




 それから気を取り直すように軽く姿勢を正し、


「では、私はこれで失礼します。ここから先は少々――繊細な内容になりますので、その件については後ほど、報告書という形でお願いしますね、ハドリー」


 そう言って軽く一礼をすると、ハドリーも表情を引き締めて深く頭を下げる。


「承知いたしました」


 そのやりとりに、グラントとシエルは一瞬ぽかんとしながらも、すぐに反応を取り戻し、慌てて「ありがとうございました」と頭を下げた。


 シリルも軽く会釈を返す。


 ジルベルトはそれを見届けると、柔らかく笑みを浮かべながら言った。


「それでは皆さん。承知のこととは思いますが、本日の件は口外無用でお願いします。……次にお会いする時は、できればもっと明るい話題であればいいですね」


 最後に軽く冗談を添えて、ジルベルトは静かに部屋を後にする。


 扉が閉まり、その足音が遠ざかると――ハドリーは真剣な表情へと変わった。

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