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第一話:森に育ち、森を越えて

 ―――あれから5年が経った―――


 重たい物が倒れるような衝撃音が森に響き渡った。

「よっしゃあ! 今日の晩メシは巨熊(タイタンベア)だぞ、ボス!!」

 白い髪を風になびかせ、片手を高く上げながら、満面の笑みで振り返る少年がいた。

 透き通るように白い肌、左右で色の異なる蒼と緑の瞳――中性的で整った顔立ち。

 5年前、奴隷として馬車に乗せられていた少年――白髪に白い肌、左右で色の異なる瞳を持つ【シリル】。

 今では姿を見かけることすら稀な“白幻族(アルヴァイス)”と呼ばれる、特別な一族の生き残りだ。


「上出来だ。シリル」

 そう答えたのは、かつて馬車を襲い、彼に試練を与えた銀狼(シルバーウルフ)のボスだった。


 わずか7歳だったシリルは、助言も手助けもない中、銀狼の群れの末席に縋るようにして生き延びた。

 群れに認められるために、怯えながらも懸命に動き、喰らい、学んだ。

 その姿を、常に群れの陰から見守っていたのが、群れの頂点に立つボスだった。

 そして半年が過ぎたある日、ボスは彼の前に静かに現れた。

 「よく生き抜いたな」とだけ言い、彼を巣の奥へと導いた。

 それからの日々、ボスはシリルに魔力の扱い方、戦い方、生きる術をすべて教えた。

 口数は少ないが、教えは厳しく、的確だった。


 なお、銀狼の群れの中で、人語を解するのはボスただ一匹。

 その理由を知る者はいない。

 ただ、時折風に乗って漂うその気配は、彼がこの群れに属さぬ、より古き種――

 白狼(ホワイトウルフ)、またの名を“レッサーフェンリル”である可能性を仄めかしていた。


「巨熊は他の子たちに任せて、次の獲物を狩りに行くか?」

「うん、それいいね! 兄さん姉さん、よろしくー!」

 銀狼たちは吠えて応え、巨熊の死骸を咥え巣へと戻っていった。

 シリルはボスの背に飛び乗り、森の奥を目指す。


 深奥の山にたどり着くと、空には小翼竜(レッサーワイバーン)が舞っていた。

 巨熊よりも強く、飛行能力に加えて炎を操る、森の中でも最強とされる魔獣だ。


 ボスはすさまじい速度でその真下へ移動し、地を蹴って一瞬で空へ舞い上がる。

 シリルの手には雷が纏われていた――彼の得意技。

 ワイバーンに近づいたシリルは、ボスの背から跳び、雷の貫手で一気に胸を突き刺す。

 回避しようとしたワイバーンだが間に合わず、魔石を一撃で抉り取られた。

 ボスは空中を蹴ってシリルを回収する。


「もう慣れてきたな」

「だって今はボスが一緒でしょ? 一人だったらさすがにキツいかも」

「それでも倒せるのだろう。十分さ」

「……そっか。うん、そうだね」


 照れ笑いを浮かべながら、シリルはボスの背に抱きついた。

 落下していくワイバーンを追って急降下するボス。

 地に落ちる寸前で追いつき、今度は風を纏わせた貫手で首を裂き、止めを刺した。


 獲物を回収し、銀狼の巣へと戻る。

 巣は森の大きな洞穴にあり、子供も含め八匹の群れが暮らしていた。

 入り口は狭いため、大型の獲物は毎回外で解体して食べる。

 ボロボロの剣を手にしたシリルは、慣れた手つきで解体を始めた。

 森に取り残された当初、武器がなかったため、死んだ御者の剣を拾って以来使っていたが、

 今や戦いでは使わず、ただの調理道具と化していた。

 捌いた肉は群れに分け与え、残った肉を剣に刺し、木に火をつけて焼き始める。

 他の銀狼たちは生肉をむさぼるが、シリルは焼けるのを待っていた。


 ――その様子を見ていたボスが口を開いた。


「シリル。お前はこの森を出なさい」

「……え? 急にどうしたの?」

「お前にこの森はもう狭い。

 強さも、世界も――外にある」

「……そっか。うん、わかった。俺、行くよ」


 その即決の言葉に、ボスは一瞬目を見開いた。

 不意に心の奥底が波立つ――戸惑いとも、感嘆ともつかぬ感情が胸を打つ。

 だがすぐに、その目は細められ、表情は穏やかなものへと変わっていった。


(そうか。……もう、見送る時が来たのだな)


 思い返す。

 出会ったあの日、護送馬車の残骸に立っていたあの子は、 震えてはいたが、決して目を逸らさなかった。

 試練を与えた時も、血を流しながら立ち上がり続けた。

 教えを与えれば、何倍にもして返してきた。

 あの日から五年――その魂の強さは、決して鈍らなかった。

 それが今、自分の言葉を受け止めて、躊躇なく未来を選び取る姿に現れている。


「よし、それなら……ボス! 勝負をしよう!」

 シリルは立ち上がり、剣に刺した肉をボスに突き出しながら声を張る。

 その目は、冗談ではない。けれど、恐れも迷いもなかった。

「……勝負? なぜだ?」

「この森で唯一、俺がまだ戦ってない相手――それはボスだ!

 今回はもう修行じゃない。本気の勝負だよ!」

 その瞳には、幼さの残る顔に似つかわしくない決意が宿っていた。

 それを見たボスは、一拍の沈黙のあと、ゆっくりと頷く。

「……なるほど。そうか。……そうだな。いいだろう。これはもう、修行ではない。

 本気の――勝負だ」

「うん。全力でいくよ。俺、絶対に勝つから!」

 ボスは静かに目を細めた。

 この子は本当に……ここまで来たのだな、と。

「ふふ、そうか。だが……私はまだ、負けんぞ」

「へへっ、言ったな! 絶対、勝ってみせるから!」


 軽口を交わしながら、ボスは再び肉にかぶりついた。

 シリルも笑って座り直し、焼けた肉を口に運ぶ。

 群れの銀狼たちは、その様子を静かに見守っていた。

 どこまで理解しているのかは分からない。

 けれど、その表情はどこか――嬉しそうだった。

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