第十七話:仮面の奥にあるもの
支部長がお呼びです——そう伝えに来た女性スタッフに導かれ、シリルとシエルは支部長室へと向かう。
シエルは無言のまま先を歩く彼女に、声をかけられずにいた。
彼女の名前はレナ。
いつも明るく冒険者たちを送り出し、迎えてくれるギルドの、いわば顔だった。
陽翔焔の結成後に入った新人で、シエルより少し先輩。
シエルが新人だった頃には、何かと気にかけてくれ、よく話しかけてくれた人だった。
そんな彼女が、今は無機質な表情で、機械のように静かに先導している。
いつもなら、軽口の一つでも飛んできそうなものなのに——。
「……レナさん。」
ふと、シエルがその名を呼ぶ。
レナの肩がわずかに揺れ、立ち止まった。
振り返ったレナは、一瞬だけ驚いたような表情を見せ、それからすぐにかすかに微笑んだ。
けれど、それは以前のようなあたたかなものではなく、どこか痛みを含んだ、壊れそうな笑みだった。
「……おかえりなさい、シエルさん。」
それだけを、静かに、けれど丁寧に言って、レナはまた歩き出す。
その背中には、どこか張り詰めたものが滲んでいた。
やがて支部長室の前に辿り着くと、レナは立ち止まり、小さく息を整える。
そして、いつものように——けれどどこか硬さの残る所作で、コンコン、と扉をノックした。
中から「どうぞ」と穏やかな声が返ると、レナは「失礼いたします」と口にして扉を開ける。
中へと促すように一歩退き、シリルとシエルが足を踏み入れるのを確認すると、再び無言で一礼する。
そのまま静かに、丁寧に扉を閉じた。
その背には、言葉にできない感情がまだ、わずかに残っていた。
部屋に入ると、奥には存在感のある重厚な机。
そして手前には、低く落ち着いた色合いのテーブルを挟んで、向かい合う形で三人掛けのソファが並んでいた。
右手のソファには、ハドリーとグラント。
向かいには、見慣れぬ気品を纏った中年の男性が腰掛けている。
三人の前には、それぞれ中身の減ったカップがあり、先ほどまで談話を交わしていたことがうかがえた。
ハドリーがゆるやかに立ち上がり、二人の方へ歩み寄る。
「おはようございます。昨日のことがあってすぐにお呼び立てしてしまい、申し訳ありません。……少しはお休みいただけましたか?」
その言葉に、シエルは「はい、ありがとうございます」と丁寧に応え、シリルは軽く頷く。
ハドリーは再び中年の男性の方を向き、二人を紹介する。
「こちらはご存じかもしれませんが、我がギルド最年少のEランカー、《陽翔焔》のシエルさん。そして、今回の件の焦点となっている、シリルさんです」
その紹介を受けて、中年の男性は穏やかに立ち上がり、洗練された所作で挨拶をする。
「初めまして。私はこのクアガットを預かる地頭代、ジルベルト・アウレリウスです。シエルさんのご活躍は、かねがね伺っておりますよ」
年配ながらも背筋の伸びた佇まいに、品格と落ち着きがにじみ出ている。
装飾過多な衣装ではなく、質実な仕立ての上衣に身を包み、肩章にだけ控えめな家紋を掲げているあたりに、人柄が垣間見える。
その名が子爵家のものと知っていれば、彼がいかに地に足のついた人物かがよくわかるだろう。
長年地元に寄り添い、貴族でありながらも民と同じ目線で街を見つめる姿勢は、クアガットで広く知られ、親しまれている。
シエルは驚きと緊張の面持ちで、「初めまして……!」と深く頭を下げる。
ジルベルトは次にシリルの方へと向き直った。
「……それで、君が噂の子か。よければ、顔を見せてもらえるかな?」
仮面をつけたままのシリルに静かに問う。
シリルは「いいよ」と短く返し、仮面に手をかけて外す。
以前、仮面を取ってもしばらくは色が戻らないことに気づいていたため、迷いはなかった。
「綺麗な顔立ちだ。思っていたよりもずっと、幼いね」
ジルベルトの素直な感想とは対照的に、グラントとハドリーの目がわずかに見開かれる。
二人とも、シリルが仮面を外した姿を見るのはこれが初めてだったからだ。
冒険者の中には、過去の傷や素顔を隠すために仮面をつける者もいる。
そのため、無理に外させることは非礼にあたる。
しかしハドリーは、仮面の奥の真実を、薄々ながら察していた。
それは、精霊の目を通して見えていた“力の質”。
仮面が魔力ではなく、霊力によって髪と瞳の色を変えていること——
魔方陣は魔力で起動され、その後は霊力が色彩を偽る。
そんな特殊な術式。
この装いには、ただの擬装では済まされない理由がある。
ハドリーの記憶の中で、それが可能な種族はただひとつ。
白幻族――
かつて滅びかけ、今なお世界に名を知られる存在。
もちろん、他の可能性がまったくないとは言い切れない。
だがそれでも、ハドリーの中では、確信に近い感触があった。
だからこそ――
あっさりと仮面を外したシリルに、まず驚いた。
さらに、髪の色も瞳の色も、まるで変化しなかったことに、二度驚かされた。
精霊の目で見た限り、仮面によって偽装が施されているのは、ほぼ確実だった。
だが、仮面を外しても色が戻らないということは――
偽装していること自体を、さらに偽装しているか。
あるいは、自分の知りうる術式や理を超える技術がそこにあるかの、どちらかだった。
しかし、前者は考えにくい。
霊素の流れを見抜ける者は極めて稀であり、そのような細工を施す必要性はほとんどない。
だとすれば、答えは後者しかない。
自分の知る限りを超えた術――
それはすなわち、白幻族に伝わる“何か”である可能性。
そして、可能性は確信へと変わった。
シリルは、おそらく間違いなく、白幻族の血を引く者だ。
一方で、グラントはというと――
仮面の下から現れた少年の顔を見て、ただ素直に驚いていた。
思っていた以上に幼い顔立ち。
戦いの場で迷いなく攻め、容赦のない追撃、その姿からは想像もつかなかった。
どこかあどけなさの残る表情に、思わず眉を上げる。
「……こりゃまた、予想外だな」
ぽつりと漏れたその声には、皮肉でも侮りでもなく、純粋な感嘆が滲んでいた。




