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キャリードライブ

1 日常


 やっと仕事が片付いた。

 土曜日の夕方、外での仕事を終え、事務所に戻った僕たちは日常的な事務仕事を終わらせて一息ついていた。明日は休み、ケイト相談室は大抵平日休みになることが多い。日曜日が休みなのは久々だった。

 特に予定の無い僕は、部屋でのんびり過ごして、少しぐらいは外に出ようかなどと考えていた。

 既に月曜日の準備も済んでいる。と言っても準備と言うほどの事は何も無い。まずはクライアントの要望を聞きにいくだけ。行動するのはその後だ。

「マキオ、明日は何か予定、ありますか?」

 ケイトさんが珍しくPCに向かったまま話しかけてきた。基本的に、話すときは顔を見て話すケイトさんらしからぬことだった。

「いえ、特にこれといって無いですけど…」

 僕は少し警戒するように答えた。休みの直前で仕事を振られると気分が落ち込む。けれど、そういうこともあるし、大抵ケイトさんも一緒だから頑張れる。

「それでしたら、明日は家のことをしましょう」

「家のこと?ですか」

 まだケイトさんの真意が分からなかった。

「掃除とか洗濯とか、食事とか、そういったいろいろ」

 ケイトさんは少し恥ずかしそうにしている。顔が見えないようにしているのは照れているのか?

「いつも当番を決めてやっているじゃないですか。大掃除とか布団を丸洗いするとかですか?」

「それとはちょっと違います。明日は家から一歩も出ず。新婚ゴッコですっ」

 ケイトさんはたまにそういうことを言い出す。人のことは言えないが人に甘えてこなかったから甘えベタなのかもしれない。それでも楽しいことが好きな人だ。

 PCの画面越しにこちらの様子をうかがっている、恥ずかしそうなケイトさんは可愛いらしかった。

「ようするに新婚さんみたいに過ごすってことですか?」

「そ、そうです。マキオも将来のために慣れておいた方がいいと思います」

 僕がケイトさんを拒否することは殆どない。けれど、ケイトさんは僕とそんなことをしていて良いのだろうか?もっと外に出て恋愛をしたりとか、ケイトさんなら言い寄る男は多そうだが、それとも既に相手がいて練習をしたいと言うことなのか?いや、そんな相手がいるなんて聞いたことがない。それでも、ケイトさんはそれなりにいろんな経験をしてきているだろう。年は知らんけど。

 本当に僕を慣れさせるために言っているのか?

「マキオ、ダメですか?」

 黙りこくった僕にケイトさんが問いかける。

「いや、ダメじゃないですよ」

 少し上目遣いのケイトさんを拒否出来るわけがない。新婚ゴッコって、好きになってしまったらどうすれば良いんだ。


 翌朝、僕はいつもどおりの時間に起床した。既に階下から良い匂いがしている。ケイトさんが朝食の準備をしてくれているのだろう。いつも通り食卓のある居間に入るとケイトさんがもやしと肉を炒めていた。

「マキオ、おはようございます」

「おはようございます」

 朝飯にしては少し味の濃そうな匂いがしている。

 ケイトさんの側にはなぜか缶ビールが置いてある。朝から飲んでいるのか?嫌な予感がする…。もしかするとフライパンの中身は朝食ではなくただのつまみなのか?

 僕は朝からいちいちツッコんだりしない。

 何も変わらない日常。僕はいつもどおり。

「マキオ、朝から手の込んだ料理を作りました。ご賞味あれ」

 そう言って缶ビールを一缶空けてしまった。

「ありがとうございます」

 明らかに肉ともやしに焼き肉のタレ。手の込んだ料理とは?いつもどおりの男飯だった。ケイトさんは新たな缶ビールを手にしてテーブルについた。やはりつまみだったのか。ご飯は無かった。

「いただきます」

「いただきます」

 二人で肉もやしをつつく。肉少なめ、もやし多め。腹が膨れる。

 完食するまでにケイトさんはさらに缶ビールを2本空けてしまった。

 朝から飲まないでほしいと内心思っている。けれど、ケイトさんが暴力的になったり感情を荒ぶらせることがないと信じている。

「ケイトさん、朝ご飯の後はどうします?」

「そうですねぇ、とりあえず午前中に洗濯機を回して、掃除もして…、もちろん一緒にですよ?」

「はい、分かりました。午後はどうします?」

 僕の事務的な態度は冷たく感じるだろうか?僕も結構楽しみにしていたりするんだけど、感情を表に出す方法が分からない。僕に友人がいないからだろうか?

「午後はのんびりTVを見たり、映画鑑賞も良いですね。その前にお昼ご飯を一緒に作りましょう」

 日曜午後のTVというとお馬さんが見たいのだろう。映画は何が良いだろうか?外出しないと言うことはケイトさん、DVDか何かもっているのか?その辺の趣味はあまり聞いたことがない。

「いいですね、のんびり過ごしましょう。お昼は何を作りましょうか?」

「昨日のうちに食材は買ってあります。昼はもっと凝った料理に挑戦したいと思います」

 その後、朝食の片付けを二人で済ませ、まずは洗濯。といっても二人でやることは洗濯物を干すところからだろう。

 けれど、ケイトさんは何が何でも二人でやりたいらしい。僕たちは洗濯物を洗濯機に放り込み、洗剤を入れ…

「じゃあ、せーのでスタートボタンを押しますよ。せーの」

 ピッ

 ケイトさんの合図でボタンを押す。新婚さんってここまでするのか?結婚してどれくらいが新婚というのだろう?機会があったら調べてみるか。結婚の機会があるかは分からないけれど。

「じゃあ次は掃除ですね。マキオは拭き掃除をお願いします」

 ケイトさんは掃除機の準備を始めた。

「マキオ、居間の掃除が終わったらお風呂とトイレをお願いします。それが終わったり休憩にしましょう」

 ケイトさんは酒を飲んでいるけれど、少しだけ仕事モードになっていた。

「分かりました。二階の掃除はどうします?」

 二階にはそれぞれの部屋がある。

「二階はいいでしょう。いつも綺麗に使ってくれているのは知っていますから」

「そうですか」

 僕は住ませてもらっているので綺麗に使うのは当たり前だ。けれど、ケイトさんの部屋はどうなんだろう。

 あまり女性の部屋のことを考えるのは良くないか…。たとえケイトさんがズボラだとしても僕には何も言えることは無い。とりあえず二階の掃除は無しだ。

 その後、つつがなく掃除が終わり、洗濯機も終了のアラームが鳴った。 居間の横には日は当たるが雨には当たらないスペースがある。要するに縁側だ。そこに二人で洗濯物を干す。僕はケイトさんの下着を普段から干しているし、僕の下着も平然とケイトさんが干している。新婚っていうより、同棲とかしているとこんな感じかなぁなんて思った。

 ケイトさんは掃除機を掛けながらも空き缶を増やしていたらしい。少し酔いが回っているように見える。

「あまりまじまじ見ちゃダメですよ。新婚だからって」

「す、すいません」

 僕はケイトさんの下着をまじまじと見ているつもりは無かったのだが、やはり見慣れない物は見てしまう。

「洗濯前に匂いを嗅いだりとかしたらさすがに怒りますからね」

「そんなことしませんよっ」

 僕はやっていないのに焦ってしまった。

「私は、たまにマキオのパンツを嗅いだりするんですけど…」

「えっ?」

「いえ、何でも無いですよ」

 何でも無いこと無いでしょう。

「それじゃ昼食の準備の前に少し着替えてきますね」

 このタイミングで着替える必要があるのかは疑問だったが、人それぞれの感覚の違いだろう。ケイトさんは階段を上がっていった。

 僕はまだ昼食に何を作るのかも聞いていない。

 冷蔵庫の中を確認したが、珍しく少し良い牛肉が入っているくらいだった。

「凝った料理と言っていたけど何を作るんだろう?」

 僕は、特に準備することも無く、ぼうっとテレビを見ていた。日曜の昼前。仕事が無ければ一週間で一番気の抜ける時間帯のように思えた。

 ドタドタと階段を降りてくる音がする。

 居間に入ってきたケイトさんを見て、僕は絶句した。時が止まった。

頭が真っ白になった。

 戸惑い。僕が次に取るべき行動は?何なんだ?

 二階から降りてきたケイトさんは裸エプロンだった。厳密にはパンツは履いていたが、それでも新婚ゴッコで身体張りすぎじゃ無い?と思った。

「マキオ、それじゃあ昼食の準備をしましょう」

 ケイトさんは若干の上目遣いで恥ずかしそうにエプロンの裾を掴んでいる。だいぶ酔っているのだろうか?

 僕はなんと言ったら良いのか分からず、思考することを止め、話を進めることにした。

「ケイトさん、何を作るんですか?」

「ビーフシチューを作ろうと思います」

 ケイトさん料理出来たんだ…。いやいや普段から作ってもらっている。 普段ズボラな漢飯だからって、不味いなんて思ったことは無い。

「へぇ、確かに凝ってそうですね」

「でしょう?」

 そう言って冷凍庫から食材を取り出した。

 その食材を全て圧力鍋に入れて火に掛けた。

「ケイトさん、僕は何をすれば良いですか?」

「後は最後に味付けをして完成です。マキオは味見をして下さい」

 結局、凝ってなどいなかった。

「一段落したので休憩にしましょう」

 ケイトさんは後ろ手に前屈みで笑顔を作った。

 裸エプロンで前屈みになられると肩紐が緩んで胸の先端が見えそうになる。ケイトさんの胸はそれほど大きくは無いが触れたいと思ってしまう。

 僕は衝動に駆られる。男の性か…。

「マキオ、どうしたんです?」

 僕は完全に白目をむいていた。

「ぁああ、ケイトさん、何でも無いですよ。休憩にしましょう」

 僕は一ミリも作業をしていないが。ケイトさんが休憩と言ったら休憩なのだ。

 二人でソファーに座る。この二人掛けのソファーも僕が来たときは無かったが、いつの間にか居間の中央に設置されていた。

「マキオ、今日は新婚ですよ?マキオも相手にしたいようにして下さい」

 ケイトさんはそう言いながら僕の肩に頭を乗せる。

 ケイトさんの匂いがする。こんなに密着することはめったに無い。まして、こんなに穏やかな状況で。

「マキオもお酒、どうですか?昼間から飲むお酒は格別ですよ?」

「そういうもんですか…」

 僕も少しなら飲んでも良いと思っている。けれど、情緒不安定になっていた母を思い出す。僕も少しのことで道を踏み外すんだろう。

 弱い人間なのだ。危うきに近寄らず。君子では無いけれど。

「まぁ、気が向いたら一緒に飲み明かしましょう」

「飲み明かすって、初心者にどれだけ飲ませるつもりですか」

 それこそ仕事をせずに酒浸りになりそうだ。

「そうですね、まずは記憶が残らない程度からですかね」

 どんなスタートだと思ったが、大学生はそうやってお酒の味を覚えていくと聞いたことがある。

 ふふっと笑ったほろ酔いのケイトさんは妙に艶めかしく見えた。僕もアルコールの匂いにやられているのかもしれない。露出の多いケイトさんの太ももに触れたいと思っている。間違いなく僕の一部が膨張していた。ケイトさんはそのことに気づかれているかもしれない。

 僕は極至近距離でケイトさんと見つめ合い、そのままケイトさんが目を閉じるもんだから、これってそれ?そういうこと?僕も目を閉じ…、けれど、場所を間違えてはいけない。唇を唇に向かわせるため薄目をピクピクさせながら近づく。

「Zzz…」

 ケイトさん寝ちゃった。

 僕は重大な過ちを犯すところだった。雇用主にキスするところだった。 危ない。

 僕はケイトさんを起こさないように、ソファーから立ち上がり、圧力鍋を見に行った。

 蓋を開けると良い匂いがしてきた。ルーを入れるのは後でも良いだろう。

 僕も眠たくなってきた。圧力鍋の火を消し、ソファーに戻って少しうたた寝をしてしまおう。

 そうして僕も夢現。


 子供の頃の夢だ。周囲との距離感も分からず。いつか僕にも友達が出来ると信じていた、本当に小さな頃。

「お前、イミゴらしいな」

 近所の気の強そうな子供が僕に言う。

 その隣の金魚の糞達も分からずに「イミゴ!イミゴ!」と囃し立てる。 僕は何故、君たちにそんなことを言われるのか分からない。

 僕が呪われているなんて言葉は既に受け入れていた。けれど、それは年寄りの迷信深い人たちからだった。

 なんで、同い年ぐらいの子供たちまで僕を忌み子というんだ。

 大人たちがあの家の子供は呪われているとか、付き合うなとか言っているのを鵜呑みにしているんだろう。

 ”忌み子”

 なんで僕をそんなふうに呼ぶの?

 僕はただの子供だ。呪われてなんかいない。

 けれど、僕は何もしなかった。全身から力が抜けていく。

 諦めてしまったんだ。

 何もせずに、されるがまま。暴力を振るわれるのも当たり前。

 電車で町の高校に進学するまで、周囲に拒絶され続けた。

 僕は嫌われ者。望まれない存在。僕が生まれた理由ってなんだろう?


 僕の中にいる影が囁く。

 ”殺してもいいんだぜ?”

 ”お前には力がある!呪いだ”

 ”お前の中に受け継がれている力だ!お前が望めばいつでも殺せる”

 ”終わりに出来る!周りにいる人間も、お前自身さえもな”


 その影はいつもそこにいて、僕に何度も囁いてきた。けれど、僕はその影に返事をしたことはなかった。あくまで怒りの感情が人の形をしているだけ、誰しも同じだと思っていた。

 けれど最近になって、あの影が他人の言う”呪い”なのかもしれないと思い始めている。未だに返事をしたことはないけれど、そこにいる。僕の心の中に影を潜めている。

 ”やっと気付いてくれたかい?”

 これは夢の中だ。

「君は誰?僕じゃ無いの?」

 僕は影に向かって聞いてみた。

 ”知っているだろう?いや、知らないか…。俺は今となってはただの呪い。昔は人間だったはずなんだけれどな”

「人間だった?その人の残留思念?みたいなもの?」

 ”そうだ。今は呪いなんて呼ばれているがな”

「君は何が出来るの?」

 ”俺には何も出来ない、やるのはお前だ。お前が呪いの力を使えば何だって出来る。終わりに出来るんだ。お前を虐げてきた世界を、虐げてきた人間達を”

「どうやって力を使うかなんて見当もつかないよ。それに、今の生活は幸せなんだ。終わらせたくない」

 ”終わらせたいと思う日が来る!必ず!今お前が大事に思っている物は全て壊れる。他人に壊されるんだ!その時、必ず力を欲するだろう。その時までに少しずつ俺の力を使えるようにしてやる”

「そんな日は来ないよ。力も要らない、僕は僕の力で生きていくんだ」

 ”言い忘れたが、お前に拒否権は無い。俺が手解きしなくても力は少しずつお前の中で芽を出す。力を暴走させないためには体を慣れさせるしか無い。お前が力を拒んだところでお前自身が暴走して周囲を傷つける。もう一度言う、お前に拒否権は無い”

 練習?慣れるってどうやって…?


 ふと明るさを感じて目が覚めてしまった。反射した光が顔に当たったからだった。時計を見ると16時。昼ご飯は食べ損なってしまった。

 夢を見ていた。悪夢だったような気もする。内容は覚えていない。けれど、なんだかやらなければいけないことが出来た…気がする。

 今日はこれから洗濯物を取り込んで、風呂に入って、晩ご飯を食べて、寝るだけかな。昼寝した分、寝れないかもしれない。何か本でも読んで過ごすか。

 とりあえず、晩ご飯はビーフシチュー。きっと美味しく出来るだろう。 ケイトさんは僕にもたれかかってまだ寝ている。朝から飲んでいたからだろう。ふとケイトさんの方に目を向けると身につけていたエプロンがはだけて全裸だった。下着はどうした?

 僕がビクッとしたのでケイトさんが「んぅ…」と声を漏らし、起きそうになったが、再び寝てしまった。僕はそっとケイトさんをソファーに横にさせ、床に落ちていたエプロンを拾いケイトさんに掛けた。

「すぐにずり落ちそうだけど…、まぁいいか」

 下着も落ちていたが見なかったことにした。

 その後、お風呂の準備をしてから洗濯物を取り込んだ。

「明日も仕事だし、気持ちを引き締めていこう」

 僕は”お風呂が沸きました”の合図が聞こえ、風呂場に向かった。

 ソファーに寝ているケイトさんも、一瞬反応したように見えたが気のせいだろう。

 ザパァーと風呂桶に浸かり、リラックスタイム。嫌な夢のことも考えてしまうが、思い出せないものはどうしようも無い。

 明日も仕事を頑張ろう。そのためにお風呂に浸かる。

 ガラッ

 急に風呂場の扉が開いたことに驚いた。完全に自分の世界に入っていて気配に気付かなかった。

 ケイトさんが風呂場に入ってくる。もちろん何も身に着けてなどいない。

「マキオ、忘れたんですか?今日、日を跨ぐまで私たちは新婚ですよ?」

 目がトロンとしている。まだ酒が抜けていないようだ。ケイトさんはそのまま僕に背を預けるように湯船に入ってくる。

 白くなめらかな肌が目の前をふさぐ、肌と肌が触れあう。

 僕はケイトさんのうなじに顔を埋め匂いを嗅いだ。

 恥ずかしさでいっぱいだったが、後ろから抱きしめた。

 ケイトさんは僕を受け入れてくれるんだろうか?それとも本当にただの練習台なんだろうか?

 なんだか…、僕の下半身に反してケイトさんはぐったりしている気がする。

 ケイトさんは顔を赤くして気絶していた。急に湯船に入ったことで一気に血圧が上がってのぼせた?ってことか?

 僕はケイトさんを抱えて脱衣所に運んだ。

「ケイトさん、大丈夫ですか?」

 僕は声を掛けながらケイトさんの体の水分を拭き取った。

 こうなると介護しているみたいだ。色気なんか気にしていられない。

 僕はそのまま、ケイトさんを居間に運びソファーに寝かせ、冷房を付けた。

「すいません、マキオ。のぼせてしまったみたいです」

「気がついて良かった。部屋まで運びますよ」

「いえ、少し休んだら部屋に戻れます。明日も仕事頑張りましょう」

 ケイトさんは僕に裸を見られることに躊躇が無い。

「はい、片付けはやっておきます」

 そう言って僕は風呂場に戻り、お湯を抜き、濡れた床の掃除をした。

 居間に戻ると既にケイトさんはいなかった。

 ビーフシチューを一緒に食べる予定はズレたけど、明日の朝、ケイトさんがルーを溶かして朝食にするだろう。

 居間に一人、僕は未だに服を着ていなかった。さっきまでここで二人して裸だったこと、ケイトさんの綺麗な体を思い出し、体中の血が下半身に再度集結していくのを感じた。

「ケイトさんはあくまで社長、僕を雇ってくれた恩人だ…」

 僕はもう一度風呂場に戻り、冷水を浴びて自室に戻った。

 僕は結局、普段より早くベッドに横になった。

「結構楽しかったな…」

 本当にケイトさんに感謝している。全然予定通りには行かなかったけれど。

 ケイトさんはどう思っているんだろう?僕みたいな若造に裸を見せて、欲情しないわけがない。襲われるとか思わないんだろうか?

 考えてもしょうが無い。あくまで今日は特殊な訓練だったと思うことにしよう。明日からいつも通り。仕事を頑張る。

 僕の意識が眠りに入ろうとしたとき、部屋のドアが開く気配がした。

 瞬間、ケイトさんの匂いがした。

 ケイトさんはそのまま僕が寝ているベッドに潜り込み。丸くなって寝てしまった。

 僕は眠気そのままに、ケイトさんの匂いに安心感を得ていた。

 同じベッドに寝たからといって何があるわけでも無い。ケイトさんのぬくもりを感じつつ眠りの森に入っていく。僕はこの人が大好きだ。






2 依頼


 翌朝、ベッドにケイトさんの姿はもう無かった。その代わりに、昨日作り損ねたビーフシチューの良い匂いがしている。

「起きるか…」

 僕は簡単な身支度ジャージに着替え、居間に下りていった。

「おはようございます。社長」

 なんとなく昨日の新婚ごっこを引きずっていると思われたくなくて、あえて社長と呼んだ。

「おはようございます。マキオ」

 ケイトさんは朝からキリッとしていて、飲んだくれていたのが嘘のように仕事モードだった。

 食卓にはデカい器が二つ。もともと残ったら翌朝に食べれば良いと話していたが、全部朝食で食べることになるとは…。まぁいいか。

「結構量ありますね」

「そうですね、昨日食べずに寝ちゃいましたから」

 ケイトさんは何故僕のベッドに潜り込んできたんだろう?まだ酔っていた?起きたときになぜここに?状態だったんだろうか?

「社長、昨日はありがとうございました。すごく楽しかったです」

「そうですか、そう言ってもらえると提案したかいがありました」

 ケイトさんはやはり酔っ払って裸エプロンとかするより、爽やかな笑顔が綺麗だ。

 大量のビーフシチューはなかなか減らない。これを食べきらないと新婚ごっこが終わらない気がした。

「社長、今日はこのあと依頼主のところに行くんですよね?」

 僕は昨日の話題が続くと楽しかったことばかり思い出してしまう。切り替えないといけないと思い、仕事の話をすることにした。

「そうです。依頼内容は事前に聞けなかったので最悪断る可能性もあります」

 ケイト相談室が依頼を断ることは殆ど無い。ケイトさんは悪い予感がしているのかもしれない。

「そうですか」

 依頼人には僕も何度か会っている。地元では有名な土建屋の社長だ。会社を大きくするためには多少強引なこともしていたらしい。多弁では無いが周りの人間には横柄な態度を取っているように見えた。

「ですが、二日間の日程で支払いにも色を付けてくれるらしいので、出来れば受けたいと思っています」

「判断はケイトさんにお任せします」

「ありがとう。大変かもしれないけど。マキオにも還元出来るようにしますね」

 そうして僕達は朝食と準備を済ませ、ハイエースに乗り込んだ。

 依頼人の家は車で15分程度の場所にある。広い敷地に大きな家。少しずつ増築していったツギハギの多い家だった。

 今まで、草むしりや雪かき、掃除など日常のことでの依頼で来ていたが、今回の依頼内容は少し毛色が違うようだった。

 空きスペースに車を止め、インターホンを鳴らす。

 すると、女性の声で「どうぞお入り下さい」とスピーカー越しに声が聞こえた。おそらく家政婦さんだろう。

 ドアを開けると、家政婦さんがお辞儀をし、お待ちしておりましたと言わんばかりにスリッパを準備して応接間へ通された。

 洋風な室内、厳かな雰囲気に高級そうな家具、高い天井。大きなソファーから依頼人が立ち上がりテーブルを挟んだソファーを掌で促した。

「どうぞ、お座り下さい」

 白髪に白く蓄えた髭、ネクタイはしていなかったが、清潔感のあるシャツにスラックス。年齢を感じさせない引き締まった肉体。渋い初老だと思った。偉くなると酒の付き合いや贅沢をして太りそうなモノだが、まだまだ現場に出ているのかもしれない。

「失礼します」

 ケイトさんがそう言ってソファーに座ったので、僕も続いた。

「早速、今回の依頼なんだが、運んでほしい物がある。出来るだけ秘密裏にしたい」

 ケイトさんを信頼した上での依頼なんだろうけど、何か事情があるんだろうか?

「中身は…、聞かない方がいいのでしょうか?」

 ケイトさんがおずおずと尋ねる。

「そうしてもらえると助かる。別に犯罪に加担させようなんてことは無いし、精密機械を運ぶほどデリケートな物でも無い」

 依頼人が嘘をついているようには見えない。けど、なぜ秘密にするんだろう?誰に知られると不味いのか?運び出す物を知られたくないのか?よく分からないが、やることをやるだけだな。

 僕は考えても無駄だと思い、ケイトさんに任せた。いつも通りの平常運転だ。

「具体的にはどのようにすれば良いのでしょうか?」

「大した事は無い。日が沈んだ頃に運び出して、今日のうちに届けてくれれば良い。高速を使えば3時間も掛からないだろう。先方には夜中に到着することは伝えてある。ケイトさんと助手さんもそのままホテルで休んでくれば良い。近くのホテルを手配しておこう。もちろん高速代もホテル代もこちらで準備する」

 ずいぶん羽振りが良い。依頼料も弾んでくれるようだし。

「ありがとうございます。ちなみに、荷物の大きさと重さはどれぐらいになりますか?」

 ケイトさんは車に積めるのかを確認したいようだ。場合によってはレンタカーが必要かもしれない。

「車の心配か?そこそこ重いがハイエースに問題なく積めるだろう。積み込みはうちの者にも手伝わせるし、先方にも下ろす人員は借りれるようにしておく」

「分かりました。ちなみに、お相手はどのような方でしょうか?」

「大学時代の友人だ。今は板金塗装の会社をしている男だ」 


 僕とケイトさんは一旦事務所に戻り、夕方にもう一度依頼人宅に戻るはこびとなった。

「あんまりしゃべらない人だと思ってました。今日はずいぶん多弁で優しい感じでしたね」

 僕は車の中で率直な感想を言った。

「確かに、あれが本来なら随分無理をしてきたのかもしれませんね」

 依頼内容を聞いた後、運び先の友人との思い出話を語りだし、僕がぶつけてへこみや傷が増えたハイエースも見てもらうと良いなんて話もされた。

「確かに、あれだけ明るい人でも従業員を沢山抱えていると責任が重そうですね」

「私だって責任を持ってマキオを雇用しているんですよ?」

「そうですよね、いつもありがとうございます」 

「マキオだって責任をもって私に接してくれないと困ります。昨日だって私の裸を隅々まで凝視しておいて、一切責任が無いとは言わせませんよ?」

 ケイトさんは事務所の駐車場に車を止めて僕の顔をのぞき込んできた。 僕はどんな表情をしていただろうか?

 内心”えっ?”って感じだ。勝手に裸エプロンになったり風呂に乱入してきたりしたのはケイトさん自身だったように思うのだ。

 その後、泊まりの準備をしてから少し遅めの昼食を取ることにした。

「マキオ、景気づけに外食しましょう!」

 物運びだけの仕事にしては良い金額と条件を提示されている。たまの外食ぐらい良いだろう。

「良いですね。何が良いでしょうか?」

 僕は良いですねと言いながらも、特別食べたいものが思い浮かばず、お伺いを立てた。

「あそこにしましょう。最近出来た大盛りラーメンのお店です!」

 正直、朝食も大量だったので空腹とは言えなかったが、ケイトさんの誘いを断るわけにはいかない。

「あそこですか、いつも行列ですね。今からで入れますかね?」

「私のリサーチによると既にピークは過ぎています。平日なのですぐに入れるはずです」

 僕たちは歩いてそのお店に向かった。

 ケイトさんのリサーチは正しかったようで、店の外に二人ほど並んでいたが、すぐに入ることが出来た。

 食券を買い、カウンターに並んで座った。二人ともお店のルールを殆ど知らなかったので少し緊張して待っていた。

 食券を取りに来た店員さんがニンニクなどの無料トッピングを聞いてくれたので、少しだけ緊張がほぐれた。

「こういうお店って独特のコールがあるって聞いてたから少しドキドキしてました」

「マキオもですか、私も失敗したら怒られるかもって思ってました」

 ケイトさんはもともと外食自体あまりしなかったらしい。僕が働き始めてから、二人で一緒に知らなかったことを知りたいと思ってくれているなら嬉しいと思う。

「ケイトさんを怒れる人はそうそう居ないと思いますけど…」

「そんなこと無いですよ?仕事を失敗すれば怒られることもありますし。それに、遠慮される方が嫌ですよ」

 ケイトさんは異国の雰囲気が漂っている。話せば案外面白い人だなって思われるけれど、やはり土地に馴染むのは大変だったろうと思う。

「それじゃあ、はっきり言われる方がいいんですね?」

「なんですか?マキオ、言いたいことがあるんですか?良い報せですか?悪い報せですか?」

 ケイトさんは少し警戒しつつも、声は抑えている。

 確かに、言いたいことは沢山ある。けれど、はっきりと口には出さない方が関係を壊さずにいれる側面もあるように思うのだ。

「どうでしょう?あるような、無いような」

「マキオ、今夜は寝かせませんよ」

 ケイトさんは長距離ドライブでの車内トークが楽しみなようだ。僕たちの会話は周囲にどう聞こえているのか、少し不安になった。

「さすがに助手席で寝られませんよ。何かあったら運転代わりますし」

 そんな会話をしながら待っていると、僕たちの所にお待ちかねの大盛りラーメンが到着した。

「お待たせしました、お熱いのでお気を付け下さい」 

 ケイトさんはよっぽど楽しみにしていたようだ。見たことの無い顔をしている。

「「いただきます」」

 ふぅーふぅーズルッズルッ、ふぅーふぅーズルッズルッ。

「マキオッ、マキオッ、おいしいです!」

 ケイトさんは興奮で目がキラキラしている。ついでに口の周りも脂でテラテラしている。幸せそうで何よりだ。

「美味しいですね。濃厚なスープに太めでプリプリの麺。香ばしく炒められた野菜、それにニンニクと生姜。何より店員さんが親切丁寧で、威圧的じゃないのが良いと思います」

 ケイトさんはキョトンとしていた。

「マキオ、感動が伝わってきません。普段もそうですが、もっと感情を表に出した方が良いと思います」

 ケイトさんに言われるまでも無く自分でもそう思う。けれど、いきなり変えるのは無理だ。

「善処します。ズズッ」

「少しずつで良いんです。まだ若いですし、私と二人で過ごす時間が長いんですから」

 ケイトさんは口の周りをテラテラさせたまま優しく微笑んでいた。

「ありがとうございます。ところでケイトさんって今いくつなんですか?」

 若いと言われたから流れで聞けるかと思ったが、ケイトさんは表情を失い、黙々と食事を進めた。

 僕も聞かなかったことにして食べ進めた。やはり女性に年齢の話は無しだったのだろう。それにケイトさんは人では無い。若く見えてもそれなりに長く生きているんだろうと思う。

 その後、無言の食事を終え、店を出た。

「はぁー、美味しかった」

 ケイトさんはそう言いながら両手を挙げ、体を伸ばした。さっきの会話を引きずらないでくれるのは助かる。

「腹一杯です。夕飯は要りませんね」

「そうですね、後は夕方に荷物を受け取って、暫くドライブタイムです」

 僕たちは事務所に戻った後、簡単な事務仕事などをして過ごした。


 夕日が差し込む時間帯、再度依頼人の元へ向かう車内。

「ケイトさん、お昼はすみませんでした」 

「何のことです?」

「いえ、失礼なこと聞いちゃったかなって」

「私は忘れました。マキオがそう思うなら、今後は私に年齢を聞いてはいけません」

 しっかり覚えているじゃないっスか。

 ケイトさんは珍しく厳しい雰囲気を纏っていた。

「以後気をつけます」

 僕たちは依頼人宅に到着し、荷物が置いてある倉庫にハイエースを横付けした。外には、既に依頼人と若い衆が待っていた。

「お待たせしました。荷物はここですね?」

「えぇ、お入り下さい」

 扉を開く依頼人は少し緊張しているように見えた。

 木枠で梱包され、中身が見えないようにされた荷物は業務用の冷蔵庫を思わせる大きさだった。

 大人数人でハイエースの後ろから積み込んだ際、車の車体が少し沈む重さだった。 


 ケイトは今回の仕事には裏があると考えていた。依頼人の”只ならぬ緊張感”。そして、それとは別に外部からの視線を感じていた。ケイトが人ならざる不思議な力を使ったわけでは無い。ただ、長く生きてきた中で培ってきた感覚だった。

 視線は二つ。別々な方向から。力を使えばもっと詳しいことも分かったかもしれない、けれど、ケイトは無闇に力を使うことを良しとしなかった。

 依頼人も何かを知った上で私たちに依頼してきた。料金を上乗せしてくれたのは私ならトラブルも含めた金額だと理解すると思ってのことだろう。

 出発は日が沈む頃、依頼人が知られたくないのなら無理には聞かない。 依頼人の後ろ暗い感情があるとしても私には関係の無いこと。荷物を積み込む際に感じた二つの視線は気がかりだが、やることははっきりしている。物を運ぶことだ。


 僕たちは出発の際にガソリン代、高速代、ホテル代を経費として渡された。依頼人のポケットマネーだというので領収書は要らないだろう。

 ケイトさんはのんびり行きましょうと言って高速の入り口を通り過ぎた。早速、高速代をケチったようだった。

 ナビの案内では、下道でも5時間程になっている。日を跨ぐ前には到着するだろう。

 先方も遅い到着で問題ないそうだ。流石にそのままゆっくり話すわけにもいかないだろう。都合が合えば翌日にあらためて話すのが良いだろう。

 ケイトさんは少し警戒した様子だった。ひとまず僕に運転を預ける様子は無い。初心者というのもあるが、何か別な心配があるように見えた。 いざとなれば僕も運転をすることもあるだろう。そのときはそのときだ。

 なんにせよ僕たちの長距離ドライブが始まった。



3 昔話


 幹線道路をひたすら北上していく。

 運転中、ケイトさんは気まぐれに、少しずつ、今まで生きてきて感じたことや考えているこれからのことを話してくれた。国を跨いで転々と生きてきた中でのこと。

「昔は車なんて便利な物無くて、移動するにもほとんどが徒歩でした。馬での移動も経験がありますが、生き物ですから世話をしないといけません。どちらにせよ私物なんていつも鞄一つでした。本も一冊一冊を擦り切れるまで読みました」

「私がこの国に来てそれほどたってはいませんが、人の生活は大きく変わりました。清潔に保たれた生活環境、便利な道具、電波、情報、沢山の事が発展し、それと同時に沢山の無駄も排出しています。人間が便利を求めれば求めるほど地球が汚れる。最近はこれ以上汚さないようにとか他の星に移住とかいろいろ考えているようですが…、無駄でしょう」

「人が生きていく上で大切にしなければならない事は変わりません。けれど、それを守れる人間が国のトップになるのは希です」

「利権を争い、奪い合い、一枚岩には決してならない。人間社会は国境で区切られ争い続けている」

「私自身も銃を手に取ったこともありました。悪だと思った国を攻撃しても、戦争の最先端にいるのはいつでも無学な鉄砲玉。位の低い兵隊やそれ以下の最低限の事しか教わっていない少年兵たち」

「私は普通の人と少しだけ違う。長命で少しだけ不思議な力が使える。力を使えば魔女と言われ迫害される。その度に自分の力が数の暴力にはかなわないと思い知らされる。戦術を練ってフルパワーで喧嘩すれば分かりませんが…」

「無力さに嫌気がしては生活を投げ出し、また希望を探して旅にでるの繰り返し」

「争いの無い今の生活を愛しています。従業員を愛するのも当たり前のことです」

 ケイトさんは少し頬を染めていた。照れてる?

「いずれまた旅に出るかもしれません。その時は一緒に来てくれますか?」


 マキオ自身もひとりぼっちだった学生時代、ケイトさんの経験とは比べられないけれど思い出したくは無い辛いものだった。

 ケイトさんが自分の過去を知ってほしいと思って話してくれたのかは分からないけれど、僕にもケイトさんに話したいことがあった。僕の中にある力が語りかけてくること、悪夢の中で語りかけてくる闇、僕自身を飲み込もうとしているような存在。

 けれど、今のケイトさんとの生活が気に入っている。不安にさせたくないという気持ちから切り出せずにいた。


「マキオ!敵意を感じます」

 ケイトさんは落ち着いた様子で後方を気にしていた。急なことで慌てたが、どうすることも出来ない。

 キキィ!前方に回り込んだ車の窓から止まれと合図してくる。後方にも一台、前後を挟まれている。タイミングを見計らっていたのか、車が数台止まれるスペースがあった。逆らってもしょうがない。

 座席の後ろに隠してあった木刀とバールのようなモノを取り出した。

 話し合いで解決する相手ではないだろう。

 ハイエースは半ば強制的に止められてしまった。




4 襲撃者


 車通りが少なく、町と町の間にある自然豊かなエリア。小さな砂利のスペースを古びた自動販売機の明かりが寂しく照らしている。

 ハイエースの前後に襲撃者の車が止められ、僕は緊張していた。

 けれど、ケイトさんを見るといつも通りで余裕がありそうだった。

「マキオ、油断してはいけませんが、大したことありません。緊張しているのは相手も同じです。相手の目論見は簡単に失敗します」

 確かに、相手は僕たちの目的地までは知らないはず。ここで仕掛けてきたのも焦りがあったからに違いない。

 前の車から一人、後ろの車から二人降りてきた。

「オイ!車の荷物を見せろ」

 前の車から降りてきた男がリーダー格のようだ。大分緊張しているのか声が上ずっている。後ろの二人も鉄パイプを握ってはいるが、さらにオドオドしている。急ごしらえで集められた闇バイトなんだろう。

 僕とケイトさんも車を降りた。

「なんですか?あなたたちは」

 ケイトさんはやれやれと言った感じで中学生の悪ガキでも相手にしているようだった。

「車に金目の物を積んでいるんだろ!それを寄越せ」

 リーダー格の手にはナイフが握られていた。

「あなたたちが欲しがるようなモノは積んでいないと思いますよ」

 ケイトさんは少し挑発しているように見えた。

「だあっ!いいから車の鍵を寄越せ!全部奪う!」

 ケイトさんは何も言わなかった。

 明らかに三人とも素人、相手にならないと思っているようだった。

 実際、僕の目から見て後ろの二人は引きこもりが無理矢理やっているようにしか見えない。リーダー格だけが気持ちを無理矢理奮い立たせて立ち塞がっている。

 社会の闇だな。この人達もイージーモードな人生ならこんなことせずに済んだだろうに。

 僕とケイトさんが木刀とバールを持っているのに気づき、相手も脅しで終われないと思ったようだった。

 ケイトさんは相手を睨むでも無く、ただ観察している。

 後ろの怯えた一人が目を血走らせて鉄パイプを振り上げてきた。よほど緊張しているのか足がもつれそうになっている。

 ケイトさんは鉄パイプを持つ彼の手を木刀で軽く薙いだ。倒れた脇腹に強烈な蹴りを入れた。

 ケイトさんが無慈悲に暴力を振るうのを見て少し驚いたが、やらなければ仕事の失敗にもつながる。守るべき防衛ラインはあるということだ。

 蹴られた男は倒れて泣いている。蹴られて痛いだけで泣いているわけでは無いのだろう。

 リーダー格も「このやろぉ」と言いながらケイトさんにナイフを向けて駆けてきた。

 次の瞬間、死角から別の影が飛び出してきた。

 リーダー格に体当たりしながら何かを押し当てた。

 バチッ!

 リーダー格が崩れ落ち、後ろにいた最後の一人は車を置いて逃げてしまった。

 僕とケイトさんは何が起こったか分からずにいた。

 影の人物がどうやって出てきたかは分からなかったが敵では無いようだ。

 現状、一人は手首を押さえ、「ごめんなさいごめんなさい」と言いながら泣いている。そしてリーダー格は気絶している。スタンガンを押し当てられたのだろう。

 縛り上げる必要は無さそうだが、この後どうする?警察に突き出していたら時間が掛かりすぎる。

 依頼を優先すべきだ。

 リーダー格を倒した人は一体何者なんだ?黒いパーカーに黒いズボン。フードをかぶっているが髪は長く明るい色に染めている。ボーイッシュな格好で気付くのに遅れたが、その人物は女性だった。

 女性は僕たちに歩み寄ってくると、突然地面に膝をつき、土下座をしてきた。

 僕とケイトさんは急な展開に面食らってしまった。

「すみません、見逃して下さい!お願いします!」

「顔を上げて下さい。どういうことでしょうか?」

 ケイトさんは女性への警戒を解き、手を差し伸べた。


 事情は想像通り、単純なモノだった。男性三人が報酬に目が眩みSNSの闇バイトに募集した。女性はリーダー格の男と付き合っているらしい。

「彼、闇バイトで指示を受けたみたいで…、他の人たちの事は知りません。どうか、彼だけでも見逃して下さい?」

 彼女は必ず彼を更生させる。後日謝罪させに行きますなどと言っていたが、警察に突き出せよと思わなくも無い。それに、誰に何を謝罪するつもりなのか分からない。

「あなたは何者?」

 ケイトさんは女性に向かって問いかける。

「私はちえりと言います。あなたはケイトさんですよね?」

「私の事を知っているんですね。そうではなくて、あなたも人ではないのでしょう?」



5 彼女のこと


 彼女は本名をチェルシーだと名乗り、自分も人では無いと言った。そして、自分と彼のこと訥々と話し始めた。

「彼の名前は和彦といいます。私の彼です。私は住むところもお金も無くこの町に流れ着いて、彼に拾われました」

「彼に救われました。本当は犯罪なんて出来る人じゃ無いんです」

「和彦は親と折り合いが悪くて、一人安アパートに住んでいました。今もそうですけど、警備や建設現場でバイトをして生活をしていましたが、最近はどの職場にも馴染めないと言って仕事に行く回数も減っていました」

「今は私も働いて彼を支えています。行き場所の無かった私を住ませてくれて感謝しています。始めは身体目当てでだったかもしれません、けれど今は真剣に付き合っているんです。私が働いて二人の生活を支えてるんです」

 彼女の語りは赤裸々で犯罪者の言い訳のようにも聞こえた。

「今回の件もSNSで欺されたんです。良い稼ぎがあると…。内容は教えてもらえませんでしたが纏まったお金が入りそうだとだけ言っていました」

「知らない相手なら信用しないで、一緒にいられなくなるようなことはやめてと彼に伝えました」

「けれど、聞き入れてはもらえませんでした…」

「そして今日、彼が不審な動きをしていたので何かをするつもりだと思いました」

「私は彼の影に隠れ、タイミングを見計らって止めるつもりでした。彼は同じように集められた二人と合流し、荷物を運び出すケイトさん達を標的にしていました。情報源は分かりません」

「あのとき感じた視線はあなたたちでしたか…」

 ケイトさんは優しい目でチェルシーさんを見ていた。一人で生きてきたケイトさんにも思うところがあるのだろう。

「私はあの町に来て日は浅いですけれどケイトさんのことは知っていました。ケイトさんは町では割と有名ですし一目見て普通の人間じゃないと感じました」

「そうでしたか、普段からアンテナを張っているつもりでしたが、あなたのことは気付きませんでした」

「気付かないのも無理はありません。私はどちらかというと夜行性ですし、隠密行動が身についていますから」

 チェルシーさんも特別な力が使えるようだ。先ほども影に隠れていたと言っていたし、吸血鬼か何かか?

 僕がそんな疑問を抱いていると、チェルシーさんの視線が僕の方に向けられた。

「ケイトさんと一緒にいる彼も普通じゃない。彼の中に恐ろしくて大きな力を感じます。ケイトさんは何か理由があって彼を側に置いているんですか?」

「理由って何ですか?マキオと私は運命を供にする。文字通り死ぬまで、私にはそうなる未来が見えました。けれど、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない」

 隣のケイトさんを見ると青みがかった瞳に確かな光を帯びていた。

「未来の事なんて分かりません、けれど自分の選択をしていきたいと思っています」

 チェルシーさんはそれ以上聞くことはしなかった。

 僕もケイトさんに拾われていなかったら死んでいたかもしれない。ケイトさんの運命を供にすると言う言葉は素直に嬉しいが、見えた未来は決して幸せな最後ではないのかもしれない。

 僕自身もケイトさんとずっと一緒にいたい、けれど自分の気持ちを受け入れてしまったら、きっと自己嫌悪で死にたくなる。何故だか分からないけれど、自分を正当化しているような…、小さい頃から拭えない感覚がある。自分の幸せを考えると幸せな気持ちと同じだけ自殺願望が顔を出し、頭が痛くなってくる。今も死ねないから生きているだけだ。

 チェルシーさんは和彦が乗ってきた車に彼を乗せて帰って行った。

 去り際に再度、今度は私から会いに行きますと言っていた。

 残された引きこもり男と車はそのままにした。勝手に帰るだろう。

 僕たちが車を出すと雨が降り出し、次第に強さを増していった。



6 引き渡し


 ハイエースは雨の中を走る。目的地にそう遠くない所まで来ていた。

 僕は先方にまもなく到着すると連絡を入れた。電話の声は若々しく、遅い時間なのに迷惑そうな感じも受けなかった。

「息子が残って仕事をしているので工場に声を掛けてくれればいるはずだ」と言っていた。。

 時刻はまもなく23時、こんな時間まで仕事をしているとは…、板金塗装のような仕事は納期がシビアなのだろう。

 そうこうしていると目的地の錆び付いた看板が見えてきた。

 事務所も奥の方に電気が点いているようだったが、言われたとおり隣接する工場の方に二人で行ってみる。

 まだ、二十代ぐらいの若そうな方が作業をしていた。

「すみませーん、荷物を届けに来ました」

 ケイトさんが大きめの声で声を掛けると、集中していた目をこちらに向けた後、少し微笑みながら立ち上がった。

「あぁ、お待ちしていました。鍵を開けますので事務所の方にお願いします」

 そう言って事務所の内側から鍵を開けて受け入れの準備をしてくれた。

 ハイエースから三人で荷物を降ろす。荷物は受付前にデンと置いた。

「ここでいいんですか?入り口ですけど…」

「まぁ、大丈夫でしょう。お客さんはほとんど来ませんから」

 工場や駐車スペースには沢山車が置いてあるようだし、仕事が無いわけじゃ無さそうだ。

 あとで聞いた話だが、殆どがディーラーからの依頼で仕事をしているらしい。直接のお客さんが殆ど来ないというのは会社のスタンスのようだ。

「雨の中ご苦労様でした」

「いえ、降ろすのも手伝っていただいて、こちらこそありがとうございました。あなたは社長の息子さんですか?」

「はい、まだ見習いも見習いですが」

「そうでしたか。遅くまで大変ですね」

「普段はここまで遅くは無いんですが、急ぎの案件も入ったりしますから…」

 息子さんは明るい表情でそう言った。この仕事が好きなんだなと思った。

「では、受領のサインか印鑑をこちらにお願いします」

 ケイトさんが受領書を出し、受付カウンターに広げた。

 息子さんがサインをし、仕事は一段落となった。

「今日は近くのホテルに泊まるんですよね?」

「はい、その予定です」

「社長からの伝言で、明日チェックアウトしたらまたここに来ていただけますか?社長が話したいそうです」

「分かりました。もともとその予定でしたから。明日チェックアウトしたら寄らせていただきます」

 僕たちはホテルに向かうはこびとなった。


 10分ほど車を走らせ、幹線道路沿いの綺麗なビジネスホテルが今夜の宿だった。自動ドアを入るとATMのような機械があり、情報を入力するとチェックイン出来る仕組みだった。ホテルの手配は依頼人とケイトさんでやりとりをしていたので、予約番号のようなものをメールでもらっていたんだろう。

 その後、機械から出てきた部屋の番号キーを受け取り、エレベーターで泊まる部屋のある5階へ向かった。僕はホテルに泊まることは人生で数える程度で基本的にケイトさんの後ろに付いていく。

「マキオ、部屋はここです」

「分かりました。ありがとうございます」

 ケイトさんは部屋の番号キーを僕に渡してドアを開けさる。もう日付が変わるけれど、ひとまず休めると思った。

 僕もこういう社会経験に少しずつ慣れていかないとなと考えながら部屋に入る。ホテルの綺麗な部屋に少しワクワクする。今日はずっと仕事モードでケイトさんと一緒だったから緊張しっぱなしだった。

 などと考えながら奥にあるベッドの方へ歩いて行く。

 すると、何故か僕の後ろにもう一つ足音がした。

 僕は恐る恐る後ろを振り返った…

 狭い部屋にケイトさんも入ってきていた。一人になったと思っていたので少し驚いた。まだ用があったのだろうか?それとも不慣れな僕に部屋の使い方でもレクチャーするつもりか?おそらく簡易的な説明なら部屋にあるだろうと思うのだが。

「ケイトさん、まだ何かありましたか?」

 僕は仕事のことで話があるのかと問うてみた。

「どうしてです?」

 問い返されてしまった。

「いや、ケイトさんは別の部屋ですよね?」

「なぜそう思うんです?」

 いや、仕事での泊まりとはいえ男女は別々の部屋だろう。

「…」

「違いますよ。この部屋しか取っていません」

 なぜ??

「依頼人に手配するのは狭い部屋一つで十分だと伝えました。私たちの関係を慮ってくれたのでしょう。それ以上は何も聞かれませんでした」

 何を勘違いさせているのだ。

「いつも二人一つ屋根の下で暮らしているんです。いつも通りでしょう?」

 ケイトさんはしれっとそう言ったが、頬か少し赤らんでいるので、少しの照れはあるようだった。

 そんなケイトさんを見ていると僕まで顔が熱くなる。

「そ、そうですかね…」

 僕たちはあくまで仕事できている。社長と従業員の関係で何一つやましいことは無い。同じ部屋に泊まったからといって何も無い。いつも通りじゃ無いか。ハイエースの中で一緒に仮眠を取ったことだってあったし、こないだも新婚ゴッコという謎の遊びでハプニングはあったが核心的なことは何も無かったはずだ。

 けれど、ここにあるのは大きなベッドとソファーベッドが一つずつ。

 部屋の床は殆ど見えない程度にベッドで占領されている。

 基本的には一人部屋のはず。ソファーベッドも大抵の人は荷物を置いたりするんだろうと思うけれど、今回僕の寝床はソファーベッドになりそうだ。

 などと考えているとケイトさんが我先にとソファーベッドに自分のバッグを投げ置いた。

「マキオは今日もしっかり働いてくれたので大きなベッドを使って下さい」

「いやいや、そんな…ケイトさんずっと運転してくれてましたし、ケイトさんが大きな方を使って下さい」

 ケイトさんが自分の意見を変えるとは思っていないが、ケイトさんのほうが運転で疲れているはずだし、帰りもケイトさんはハンドルを離さないだろうと思う。大きい方のベッドで疲れを取ってほしいものだが…。

「それなら一緒に大きい方を使うというのはどうです?」

 ケイトさんは何故か挑戦的な目をしていた。

「それは…」

 ベッドは大人二人が横になっても十分な大きさがある。男二人なら気にすることなく一番疲れがとれそうに思うが、男女が同じベッドに寝るというのは、少なくとも僕はケイトさんを意識して眠れない。

「マキオ、私は疲れました。今日は早めに寝ましょう。ここは朝食付きなので朝はゆっくり出来ます。7時ぐらいに起きて朝食を食べて8時半ごろにチェックアウトすれば向こうの会社さんに着くのは良い時間になるでしょう」

 ケイトさんはベッドの話を置き去りにし、明日の予定を告げた。

「そうですね、のんびり帰っても夕方には家に着きそうです」

 僕は、ベッドをどうするかは寝るときに決めれば良いと考えることにした。

「マキオ、先にシャワーを使っても良いですか?」

「もちろんです。ケイトさん先に使って下さい」

 僕たちは搬入の際に雨に濡れたまま、このままでは風邪をひいてしまう。ふとケイトさんを見ると髪や首筋が濡れて艶っぽさを感じる。

「すみませんがお先に」と言ってバスルームに入っていった。

 ケイトさんがシャワーを浴びている。水が流れる音がする。何故かドキドキする。悶々とする。気分転換にテレビを点けたがニュースを見ても何も頭に入ってこない。どうしたんだ僕は。雨に濡れて風邪っぽいのかもしれない。

 今日このホテルで何かが進んで何かが変わってしまうのだろうか?

 ケイトさんは何かと愛情表現してくるが、あくまで雇用主。

 勘違いしてはいけない。

 まもなくしてケイトさんがバスルームから出てきた。僕も雨に濡れたままだったので手早く済ませてくれたようだ。

 目に入ったのは、普段は見慣れないバスローブ姿のケイトさんだった。普段見えない胸元も白い肌が見えている。裸も見たことはあるが、シャワー後のなんとも言えない女性の色気を感じる。

「じゃ、僕もシャワー入ります」

 僕は頭がおかしくなりそうになり、そそくさとバスルームに入っていった。狭いバスルームに入ると、フローラルな石けんの香りと湯気が残っており、頭に血が上っていく。さっきまでケイトさんが同じ場所でシャワーを浴びていた事を考えると頭とは別の場所にも血が集まり痛みすら感じる。一度冷えた身体を温めた後、冷水を浴びて心を落ち着かせた。

 シャワーを浴びた後、だらしないと思われたくなくて簡単にバスタブの掃除をして髪の毛や汚れを流した。

 身体を拭き、僕はバスローブではなく、換えのジャージを着てバスルームを出た。明日は今日着てきたジャージが乾くだろうしそれを着て帰ろう。そうしよう。

 バスルームを出ると、何故か部屋が薄暗かった。電気が消された部屋をテレビの明かりだけが照らしている。ケイトさんは映画でも見ているのか?ケイトさんの瞳が向かう先、画面には絡み合う男女、完全に有料チャンネルだった。

 チェックアウトの際に請求されるんだろうか?などと考えるようになったのは社会を知ろうとしている、馴染もうとしている証拠なのかもしれない、と現実逃避をしかけた。

 ソファーベッドを荷物置きにして大きな方のベッドに女の子座り。大きな壁掛けのテレビをガン見している。

 僕が出てきたことには気付いているだろう。気付いていて見るのを止めない。何か意図がある?

「マキオ、これはどういうことでしょう?」

 ケイトさんは視線をそのままに疑問を投げかけてきた。

 何も分からない。本当にどういうこと?ケイトさんは長く生きているようだが、そういう知識や経験は無いのだろうか?少なくとも知識は自然と身につくような気もするが…。

 僕は何と答えたら良いものか困惑したが、結局はっきりと、けれどイヤらしさを感じさせないように「これは○ックスです」と答えた。

 僕は赤面していた。

「へっ?」

 ケイトさんの顔も真っ赤になっている。

「恥ずかしいですが、私あまりこういったことを知らなくて…。知識としては知っているんです。けれど興味も無かったし、そういう相手もいなかったですし…。無意識に避けていたのかもしれません」

「そうなんですか、僕も経験ありません」

 僕も事実を伝えた。童貞であることを。決して恥ずかしいことでは無いはずだ。

 僕は狭い部屋で突っ立っているのも変だと思い、大きなベッドの端に腰掛けた。

 背後でドサッと音がし、ケイトさんの方を振り向いて見ると、仰向けになっていた。顔が向こうを向いているので表情は分からない。

 モニターには有料チャンネルが流れたまま、女性の色っぽい音声が流れ続けている。

 ケイトさんのバスローブは少しはだけて妙にエロさを感じる。けれど、そんな状態の女性を凝視するのは失礼すぎる。


「マキオ…、やさしくして下さい…」


 衝動に駆られる。ケイトさんを抱きしめたい。けれど、頭が痛い。頭がおかしい。理性が野生を押さえつける。男になりきれない。情けないのか?逡巡しているうちに理性が勝ち冷静さを取り戻していく。頭がぼーっとする。

 僕はそのままケイトさんの隣に横になった。

「ケイトさん、疲れているんでしょう?休みましょう」

 そう言いながらもケイトさんから漂う女性の色香が波状攻撃をしかけてくる。僕は何度も衝動を抑えつける。興奮と冷静さが混ざり合って中途半端な気持ちになり、どうしようもなく動けなくなる。

 僕は理性そのものか、野生に目覚めるべきなのか…。どのみち手を出すなんて事は出来ない。

 このまま一線を越えたとしたらどうなるんだろう?今まで築いてきた関係は壊れてしまうのか?そんなことは分からないこと。

 ケイトさんがどれだけ受け入れてくれたとしても、僕自身が変わらなければ、愛を知ったところで幸せとは反対のベクトルも同時に現出する。自暴自棄になり死に向かってしまう。

 僕には誰も愛せないし守れない。変われない。

 ケイトさんに恥をかかせてしまった事になるんだろうか?少しケイトさんの方に首を向けると耳が赤くなっているのが見えた。

 はだけたままのケイトさんをそのままにしておく訳にもいかず、羽毛布団を掛け、僕も一緒に寝ることにした。

 目を閉じ考える。考え続けてしまう。

 ケイトさんに欲情しないわけがないけれど、今は二人で一つのベッドに寝ているだけで、結局はそれだけで幸せな気持ちになっている。少なくとも僕はそうだ。

 ケイトさんはどうなんだろう?僕が言葉にしなければ誤解されてしまうだろうか?

 ケイトさんの体温を布団の中で感じる。普段より少し熱っぽい気がするけれど、優しいケイトさん。ケイトさんと同じベッドで寝ているこの状況で眠れるか分からないけれど、朝まで目を瞑っているだけでも疲れはそれなりにとれるはずだ。


 どれぐらいの時間が経っただろう?時計は見たくないな。

 それでもまだ真夜中だ。ケイトさんがベッドの中で動いている。僕に身体をすり寄せてきた。

 長い時間異国を渡り歩き、一人で生きてきたケイトさん。僕には計り知れないほどの出会いや別れを経験していて、それでも人と関わり続けている。

 人に甘えるようなことも無かったんだろう。

 ケイトさんは満たされない寂しさを抱えている。

 僕にそれを満たすことが出来るのか?僕がケイトさんを愛したとしても、今でも十分に大好きだけれど、結局僕が先に死ぬんだろう。そうなったらケイトさんはまた別な相手を愛するんだろうか?

 分からない。

 ケイトさんの体温が伝わってくる。

 今は答えなんて無い。

 普段は僕の方が甘やかされているが、少しはケイトさんの甘えに答えても良いはずだ。

 ケイトさんの手を優しく握った。

 言葉に出来ない思いが伝われば良いなと思うことにした。



7 届け人


 翌朝、頭がぼうっとしたまま目が覚め、セットしたアラームが鳴る前にベッドから起き上がる。ホテルだという事が頭から抜け落ちていた。ここはどこだ?ホテルだ。

 起き上がった拍子に布団がめくれて隣に人がいる事を思い出す。

 ケイトさんがこちらに半身の状態で寝ていたのに気づき、すぐに布団でケイトさんを隠した。

 一瞬だけ目に入ったケイトさんは全裸だった。

 ケイトさんは何故全裸だったのか?身につけていた衣類はどこへ行ってしまったのか?ベッドを下りると周りにケイトさんの身につけていた衣類が散らばっていた。寝ながら下着まで脱いだのか?普段からこうなのだろうか?世の中には全裸じゃ無いと寝れない人もいるらしいし、そういう人なんだろう。

 社長の裸は見なかったことにしよう。

 僕はバスルームに入り、寝癖を直したり、歯を磨いたり、着替えをしたり身支度をして、さてどうしようか。

 まだ外は薄暗い。先に朝食に行くのも申し訳ない。けれど、このままではケイトさんが裸のまま起き上がってくる。

 手持ち無沙汰な僕は外を散歩することにした。部屋はナンバーロック、何も心配は要らない。

 幹線道路沿いの工業地帯で朝からトラックが沢山行き交っている。

 見慣れない景色。コンビニくらいしか入れるお店はない。けれど、地元から離れ、自分のことを誰も知らない土地というちょっとした開放感があり、知らない土地を歩くのはそれだけで楽しい。ケイトさんには頃合いをみてスマホを鳴らせば良いだろう。

 目的も無くその辺をぶらぶら歩いていると、ケイトさんからの着信。

「マキオ?どこ行ったんですか?」

「すいません、散歩してました」

「出て行くなら声を掛けてくれて良かったのに」

「今度からはメッセージ入れるようにしときます」

「起こしてくれて構いませんよ?朝なんですから」

 なんて会話をして15分後にホテル1階の朝食バイキングで待ち合わせをすることにした。流石に裸で寝いている人に声を掛ける勇気はない。

 そんなこんなで僕とケイトさんは合流し、こぢんまりしたホテルの朝食バイキングをいただくはこびとなった。

 内容は普段殆ど食べることの無い健康的なサラダ、味噌汁、納豆、それ以外にもスクランブルエッグ、ソーセージなど。数は少ないが十分に満たされる。

「美味しそうですね」

「そうですね…」

 ケイトさんは少し物足りないようだ。やはり自分で作るワイルドな漢飯が良いのだろうか?

「マキオ、今日はどうして目を合わせてくれないんです?」

「そんなことないですよ」

 僕は否定しつつケイトさんの顔を見た。

 少し頬を染めているのは何故?

「朝から照れなくても良いんですよ?」

「…」

 ケイトさんは何か勘違いをしている気がする。

「マキオは私を辱めたんです。私たちは上司と部下の壁を越えたんですよ?」

「なんのことでしょう?」

「私は大丈夫ですけど、相手が相手なら犯罪ですからね?他の人にやったらダメですよ」

「ケイトさんは何のことを言っているんでしょうか?」

「ベッドで私の衣服を全て剥ぎ取ったのでしょう?獣のように」

「それは多分ケイトさんが自分で脱いだんでしょう」

「またまたぁ」

「いやいあ」

「またまたぁ」

 ケイトさんの言動はある種のハラスメントだ。あなたがしていることが犯罪だ。

 ケイトさんは自分の勘違いだと分かるとシュンとなってしまった。

 けれど、ベッドでケイトさんの温かい手を握ったのは事実だった。それだけでも二人の絆は特別なモノだと思えた。ケイトさんの頭の中まではわからないけれど…。

 朝食を済ませてから一度部屋に戻り、準備を整えチェックアウトをした。

 その後、再度板金工場へ。

 車を止め、事務所に入ると昨日置いた荷物がそのままの位置にあり来客の邪魔になりそうだった。

 と言ってもお客さんの姿は無い。

 僕たちの来訪に気付いたのか、昨日対応してくれた息子さんが奥から出てきた。

「お待ちしておりました。社長を呼んで参りますのでそちらに掛けてお待ちください」

 通されたのはパーテーションで区切られたスペース。会話は筒抜けの場所だが、今は気にする必要は無いだろう。

 程なくして荷物の受取人の社長が姿を現した。

「どうも、代表の二階堂です。荷物を運んでいただきありがとうございました」

 あの年代の息子がいるようには見えないほど若い。依頼人とは大学の同期と言っていたからそれなりの年齢。初老を想像していたが、丸っきり世代が違う程だった。

「いえ、昨日は予定より少し遅れてしまって申し訳ございません。何でも屋のケイトと申します。こちらは助手のマキオです」

 ケイトさんも簡単に挨拶をし、名刺を渡す。

 ケイト相談室って言うより何でも屋って言うんだな…。何の相談室だよって思うもんな…なんて考えてしまう。

「あいつとは大学の同期で不思議とウマが合ったからよく遊んでたんだよ。それで、よく近所の駄菓子屋に行っていたんだ」

「駄菓子屋…ですか?」

 社長は学生時代の生活を話し始めた。今のところ話の流れがよく分からない。大学生が駄菓子屋か…。駄菓子屋はいくつになってもワクワクするもんだよななんて考えていた。

「そこで売られていた不思議な駄菓子が忘れられなかった。他の店で売っているのを見たことが無い。卒業して別れても奴とは連絡は取っていて、あれは何だったんだろう?ってよく話していたんだ」

「へぇ、印象深いモノだったんですね」

「あぁ、最近になってそれが手に入ったと言われたときは驚いたよ」

「それは良かったですね。もう召し上がったんですか?」

「いや、正確に言うと手に入ったのはレシピだ。今回運んでもらったのはそのレシピだよ」

「え、あの重量物はいったい?」

 ケイトさんはまだ状況が分かっていない。もちろん僕もそうだった。

「レシピを送るからついでに看板や外壁用のペンキをうちから買えと言われて一緒に運んでもらったんだ。重量物はペンキだよ」


 看板や外壁を自分たちで塗るんだそうだ。

 駄菓子のレシピなんかデータで十分な気もするが…、ついでと言いつつ、二人が付き合いを大事にしているのが分かった気がする。

 でもその駄菓子はそんなに珍しいモノなのか?興味はあるが社長とケイトさんの話題は別なモノに移る。

「ケイトさん、もうお気づきでしょう?奴が私たちを引き合わせた理由が…」

「まだ真意は分かりかねますが、社長も”人間ではない”ということは分かります」

 えっ?やっぱりこの若々しさはそういうことなのか。僕は内心驚くとともに納得する。

「それだけ分かってもらえれば十分です。ケイトさんのことは奴から聞いていました。随分前から町にお前の同族が住み着いて、商売まで始めたようだって」

「そうでしたか、気づかれていたんですね。まぁ目立ちますもんね…、見た目外人ですし、殆ど老けていませんし」

「実際見るまでは半信半疑でしたが、私とケイトさん、人ではないという点は共通ですね」

 以前聞いた話では、人ではない長命種は数多くいるらしい。一緒くたにはされたくないんだろう。

「そのようですね。ですが、あまり素性を話すのは得意では無くて…」

 誰だって自分の事をおおっぴらにはしたくない。年齢を重ねれば尚更人には言えない経験が増えていくはずだ。

「誰だってそうです。会社の面接じゃないんですから、根掘り葉掘り聞くつもりはありません。奴からは信頼出来る人だと聞いています。困ったときには力になって欲しいと」

「そうだったんですか。今のところ何とか誤魔化せていますが、商売柄、行政とかの事務手続きとかやっかいなんですよね。二階堂社長はその辺どうなさっているんですか?」

 ケイトさんは少し緊張を解いたように見えた。

「私はそういうことが得意な方でして、こう見えて情報を扱うことが昔から得意なんです。今は大分ネットワークが発達して様変わりしましたが、人でなしネットワークの管理者側なんですよ」

 人でなしネットワークというものがあるのか?人でなしと言うと意味合いが変わってくるような気もするが、二階堂社長のユーモアなのだろう。

「そういう互助会があるというのは噂で聞いたことがあります。他の方々もそのネットワークで助け合っていたんですね」

 ケイトさんは有益な情報に興味があるようだ。今まで殆どのことを一人でやってきたケイトさんには闇夜に提灯といったところか。

「今でも少しずつつですがつながりが増えています。人間社会の進化に溶け込んで情報共有しながら助け合い私たちは生きています」

「そうなんですね……マキオ!」

 ケイトさんは目を爛々と輝かせ、隣で黙って聞いていた僕の名前を呼んだ。

「良かったですね。困りごとは減るかもしれません」

「そうです。最近はマキオの名前を借りることもありましたが、何とかなるかもしれません」

 まぁ、僕がケイト相談室で働くまでもどうにかなっていたんだし、どうにかなるんだろうけど。やはり相談相手がいるのはかなり助かると思う。

「まぁ、何とかならないなら僕の名義ぐらい貸しますけど」

「なんですか?マキオ、妬いてるんですか?」

「いやっ、そういうことでは…」

 いや、そういうことかもしれない。二人の生活はやはり楽しい。 他の人であれば、少しずつギスギスしてくるだろう。

 僕にとってケイトさんは特別だ。

「二階堂社長、今後困ったときには相談させてもらってもよろしいのでしょうか?」

 ケイトさんはあらためて社長にお伺いを立てた。

「えぇ、是非頼ってください。もちろんお金を取るような事は無いです。もしかするとこちらから依頼をすることはあるかもしれませんが」

「分かりました。こちらこそよろしくお願いします。ところで息子さんも社長の血を受け継いでいるんですか?」

 ケイトさんは会話を一段落し、締めの雑談に移ったようだ。

「いえ、体力はありますが…、おそらく普通の人間とさほど変わらないようです。妻が普通の人間ですから」

「そうなんですね、跡継ぎがいるのは羨ましいです。私もいずれ…」

 ケイトさんはなぜか僕の方を見ている。恥ずかしいので止めて欲しい。

「長命種はそう言った欲に目覚めるタイミングがバラバラですから。ケイトさんは最近になって目覚めたのかもしれませんね。頑張ってください」

 頑張ってくださいって、この社長は適当な事を言ってくれる。

「頑張りましょう?」

 ケイトさん、なぜ僕の方を見ている。ケイトさんの瞳が僕の瞳をのぞき込んでいるのが分かる。けれど目を合わせたら終わりだ。いや、始まりなのか?

「そういえば、外のハイエースはケイトさんのでしょう?ベコベコだから目立たないようにしちゃいましょう」

 二階堂社長は最後に軽いノリで修理を請け負ってくれた。

 簡易的だが短時間で殆どの傷、凹みが分からなくなってしまった。

 別れ際、「次に来たときはもっとしっかりやるよ」と言っていた。

 相談事もネットを通じて直ぐ出来るが、そう遠くないうちにまた会う気がした。

 そうこうして、僕たちは帰路についた。



8 後日のこと


 後日、僕たちは地主の家を訪問した。

 仕事の完了報告をし、荷物の受領書を渡した。僕たちが襲われたことは敢えて言うことは無い。

おそらく地主は自分が狙われていることを薄々感じていたのだろう。荷物を運び出した僕たちが狙われるであろうことも…。トラブルが明るみに出て相手が尻尾を出せば警察も動くと考えたのか、そこまでは分からない。

 どのみち、今回の襲撃失敗は闇バイトを動かしていた指示役も把握しているだろう。

 運んでいた荷物が高価な物では無かったと知られれば、少なくとも直ぐにまた狙ってくることは無いだろうと思う。また落ち着いた頃に標的にされることはあるかもしれないけれど、それは僕たちが考えることでは無い。標的のリストから地主の名前を消すことは出来ないのだから。


「あれなぁ、不思議なお菓子で他では味わったことが無い」

 報告を聞いた後、地主は例の駄菓子の事を話し始めた。

「珍しいモノなんですか?」

 ケイトさんも興味があるようだった。

「あの駄菓子屋以外では見たことが無かった。後から知ったことだが、駄菓子屋のばばあが自分で作っていたんだ」

「そうなんですか」

 ケイトさんは少し前のめりに話を聞いている。実は興味がある振り?

「少し前、通っていた大学の近くに行ったついでで駄菓子屋があった場所に行ってみたんだ。もう建物も無いだろうと思っていたが、まだ当時のままに残っていた」

「寄られたんですか?」

「いや、建物はあったが入り口にカーテンが掛けられていて、閉店して随分経っているようだった。暫く誰も住んでいなかったらしい」

「それで、どうやってレシピを?」

「滅多に行く土地では無いからな、近所で聞き込みをして情報を集めたんだ。そしたら息子さんが近所に住んでいることが分かったんだ」

「行動力ありますね。さすが経営者…、それで、会えたんですか?」

 ケイトさんは地主さんに感心していた。地主さんも普段ならそこまでしないんだろうけど、芋づる式に情報が出てくると引き寄せたくなるのが人の性だろう。

「あぁ、息子さんも大分年配の方だった。駄菓子屋も今はその人の名義になっていた」

「息子さんがレシピを?」

「いや、駄菓子屋には興味が無いようだった。建物も土地も手放したいと言ったから解体費用も込みで少し高めに買い取った。レシピが見つけられたのは偶然だった。ばばあがノートに残していたのさ。まさか自分で個包装していたとは思わなかったが」

 何の勝算があって買い取ったのか…。ダイナミックな人だ。

「今では考えられませんね。でも幸運でした。ご自身でも試されたんですか?」

 地主がキッチンでお菓子を作っているのは想像が出来ないが、要らん買い物までして手に入れたレシピ、試さない訳がないか。

「あぁ、家政婦に頼んで作ってもらった」

 そこは、家政婦さんかい!と内心で突っ込んでしまった。もちろん僕はケイトさんのとなりで無表情のままだ。

「どうでした?」

 ケイトさんはおずおずという感じで尋ねた。

「まぁ、こんな感じだったなという感想だ、二階堂には言わなかったがね」

「そこまで感動は無かったと?」

「そうだな、美味しいとは思ったが…。自分の味覚も変わったという事だろう。年を取ったものだ」

「そんなものですか…」

「ケイトさん、今回は大変だっただろう?追加報酬でこのレシピも渡そう。試してみると良い。商売にしても構わないぞ」

 地主は僕たちが襲われたことを把握していて”大変だった”と言っているのだろう。ケイトさんもわざわざ言及したりしないし、僕から何か言うことも無い。

「ありがとうございます。折角なので作ってみましょう」

 ケイトさんは僕に同意を求めているようだった。僕も少し興味がある。レシピを再現してどんな駄菓子が出来上がるのか…。

「ケイトさん、僕が作ってみても良いですか?」

 ケイトさんに任せると大雑把すぎて別物になる。

「いいでしょう。マキオ、この件は預けます」

 預けられた。次の休みにでも作ってみよう。

 地主は先ほど追加報酬と言っていたけれど、よくよく考えてみると二階堂社長を紹介してもらって、こちらとしては十分な気がする。地主さんは案外どんぶり勘定なのか、気前が良いというのか…。

「二階堂とはゆっくり話せたかい?」

「えぇ、いろいろとお話をさせていただきました」

「私がケイトさんの事を聞くつもりは無いが、二階堂の事は知っている。昔、学生時代に人間とは違うモノだと聞いたときは驚いた」

「信頼されていたんですね。二階堂社長の年齢は知りませんが、長命種であることは教えてもらいました。私のような人ではないモノのネットワークを管理していることも」

「ケイトさんがこの町で商売を始めて苦労している姿を見てきた。力になりたいと思ったんだ。私と二階堂のように違っていても助け合えると…」

「ありがとうございます。気に掛けていただいたとは…」

 ケイトさんは本心で感謝を述べている。けれど、今回の依頼には露払いしたいという地主の思惑があったのも明らかだ。上手くいかなかったらどうするつもりだったのか。なにか次案でもあったのか?

 別れ際、地主は近いうちまた庭掃除の依頼をすると言っていたので再訪はすぐだろう。僕たちは帰路についた。


 仕事が一段落し、スーパーに寄って晩ご飯の買い物をすることにした。カートを押して一緒に食材を見て回る。同棲カップルのようで楽しい。実際のところ僕はただの荷物持ちだけれど。

 店を出て車までの短い距離。ケイトさんは僕の腕に自分の腕を絡ませてくる。

「家に着いたらマキオも一緒に作りましょう」

「ええ、そのつもりです。僕もレパートリー増やしたいので」

 ケイトさんに任せると大体がワイルドな漢飯になってしまう。

「そうですね、いろいろ作れるようになると楽しくなってきますよ」

 楽しいのか?漢飯はケイトさんが長く生きてきた中での完成形なのかもしれない。

「そういうものですか」

 何にしても二人でキッチンに立つのは楽しい。

「お風呂も一緒でも良いかもしれませんね」

 そんなわけあるか!と内心思ったが、無表情でケイトさんを無視した。そんな会話?をしながら駐車場を歩いていると、ハイエースの近くに人が立っていた。

 水商売の出勤前といった派手目な格好に大きなサングラスをした明るい髪色の女性。僕たちが近づくと目の前に立ち、

「こないだはご迷惑をお掛けしました」

 と言い、サングラスを外した。

「こないだのチエリです」

 僕たちは一瞬ポカンとしたが、

「「ああ、あのときの人」」

 僕とケイトさんは襲われたときの事を思い出した。確かに会いに来ると言っていた。

 地主に報告をした帰り道でタイムリーな再会だった。

 チエリさんはヒールを履き、前回より背が高く見えた。

「彼が行動する前に止められず、すみませんでした」

 頭を深々と下げるチエリさん。謝るべきは彼の方だろう。僕たちは彼女が頭を上げるのを待った。

「今回の件は彼が闇バイトで指示を受けての行動でした。指示役の事は分かりません。金目の物があるから奪えという指示だったようです」

「そのタイミングで大きな荷物が運び出されるのを見たということですか」

 実際は地主側が情報をわざとリークした可能性もある。今となってはどうでも良いことだが…。

「私が行動を起こす前に止められれば良かったんですが…、本当にごめんなさい」

「あなたが謝ることじゃないでしょう」

 ケイトさんはチエリさんに慈愛の目を向けていた。

「わたしは止めることが出来たはずなのに…」

 チエリさんの言葉は届かなかったんだろう。言えば言うほど彼は自分の意思をひっこめられなくなっていったと想像に難くない。

「その彼は今どうしてるんですか?」

 ケイトさんは彼女がこの先も利用されるだけなんじゃないかと心配している。ケイトさんはそういう人だ。

「彼、勤め先が見つかって働き始めましたんです。私は彼を支えていくつもりです」

「そうですか。頑張ってください」

「はい。指示役からの報復があったとしても私が守ります」

 チエリさんはスタンガンなんか無くてもどうにか出来る力があるんだろう。ケイトさんとも違う特殊な力が。

「チエリさん、今回の件は彼に責任があります。あなたが戦う必要は無いんですよ」

 彼も頑張り時だろう。いつまでも彼女に守ってもらってばかりでは格好がつかない。

「まぁ、責任はいずれ取ってもらおうと思っています」

 チエリさんが何を考えているかは分からないが、責任を取ってもらうという響きは肩がズシッと重くなる感覚がある。

「私もマキオに責任を取ってもらいたいです」

 ケイトさんは意味不明だった。僕は無視した。

「ケイトさん、助手さん、このご恩はきっと帰します。私たち、この近くの安アパートに住んでいます。近所なので今度は彼をつれて挨拶にいきます」

 チエリさんはそう言って繁華街の方に歩いて行った。その後ろ姿はただの水商売の女性には見えなかった。彼女もまた、長い年月を生きてきたのだろう。人の善を信じながら。

「マキオ、帰りますよ」

 ケイトさんは既にハイエースの運転席に乗り込んでいた。僕も助手席に乗り込む。

「あの女性が気になるんですか?」

 ケイトさんはすねているようだった。後ろ姿を見過ぎていたか。

「そんなことないですよ」

「あの人には心に決めた人がいるんです」

「そのようですね」

「私にも心に決めた人がいます…」

「…」

「マキオにもいるはずです。責任を取るべき相手が」

「僕にはまだ、そういう相手は…」

「ホテルで私の裸を見たというのに?」

 ケイトさんは相変わらずメチャクチャだった。

「ははっ」

 僕は愛想笑いで乗り切ることにした。




                           完


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