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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第1章 光のかけら

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7 ちちんぷいと朝のおまじない


 神殿を抜け出したココ。

 広い屋敷にひとり、慣れない生活に戸惑いながらも、今日の“祝福騒動”を思い返す。

 どうやら魔力があると、周りの反応が重すぎるらしい――いや、これって前世の霊感持ちと同じ苦労かも?


  本邸から中庭を横切り、離れまでローレンツが案内してくれた。


  「遠征に来ているので侍女はいないが、大丈夫でしょうか?」


  部屋の前でそう尋ねられ、私はこくりと頷いた。


  まさか「見習いなので何でも一人でできます」とは言えなかった。


  あれだけ姫様扱いされたあとじゃ、今さらね……。


  やれやれ、慣れないことはするものじゃないわ。


  着替えだけ受け取って部屋に入る。


  仮のお屋敷とはいえ、広くて立派。

  思わずため息がこぼれた。


  今日一日を振り返る。

  どうして自分がここにいるのか、いまひとつ理解できない。


  けれど――念願だった神殿を抜け出せたのだから、よしとしよう。


  本当なら祝杯の一つでもあげたいところ。

  でも……祝福、思っていたのと違ったわ。


  軽い気持ちでやったのに、みんなの反応が重すぎた。


  ディーン様が泣かれて、部屋にこもってしまうなんて。


  魔力の見える人って、いろいろ大変なのね。


  そういえば前世で、霊が見える人も苦労すると聞いたことがあったっけ。

  あれと同じなのかもしれない。


  ——余計なことはしないに限るわ。


  部屋の真ん中には、大きなベッド。

  ふかふかの布団が、まるでお菓子の雲みたいに盛り上がっていた。


  「まぁ、なんて素敵なの!」


  走り寄って、ポンとベッドにダイブ。


  「ふかふか〜……雲の上みたい……」

 

  コロコロ転がっていると、入り口からクスクスと笑い声が。


  へっ!? まだローレンツがいたの!?


  慌ててベッドから飛び降りる。


  「ゆっくりお休みください。明朝、お迎えに上がります」


  気まずそうな私を横目に、ローレンツはそっとドアを閉めた。


  ……あ~~、やってしまった。


  と、とにかく寝ましょう。過去は忘れるに限る!


  心地よいベッドに体を沈めると、あっという間に夢の中へ。


  ぐっすり眠って、いつもの時間に目が覚めた。


  習慣って恐ろしい。なんだか損した気分。

  それでも、気持ちは軽かった。


  用意してもらった服に着替える。

  紺色のシンプルなワンピース。

  町娘より上等な生地で、前世で見たゴブラン織りみたい。


  ここは男所帯の騎士団のはずなのに、ずいぶん趣味がいいわね。


  神殿にいた頃は、毎朝の拭き掃除と中庭の掃き掃除が日課だった。


  もう、しなくていいんだわ! 素敵!


  ……だけど、手持ちぶさたなのよね。


  今日は出発って言ってたし、お馬さんでも見てこよう。


  朝の光の中、馬を世話する騎士たちの姿が見える。


  馬が人参をもぐもぐ食べているのを、少し離れて見つめた。

  馬のお世話なんてしたことないから、ちょっと怖い。


  水桶が目に入って、思わず手をかざす。


  “ちちんぷいぷい”。


  おまじないよ、今日も元気に走れますように!


  ——もちろん、私のおまじないはよく効く。

  ……たぶん。


  ふふふ。


  世界がちょっと楽しくなれば、それでいいの!


  「ココ、ここにいたのか? 探したぞ」


  振り向くと、クロード様が足早に近づいてきた。


  「おはようございます」


  「部屋にいないから驚いた。……早起きだな」


  「すみません。目が覚めてしまって」


  「ああ、いい。朝食に行くぞ」


  朝靄の残る中庭を抜けて歩く。

  屋敷の奥から、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。


  「まぁ……いい匂い!」


  思わず声が出た。

  神殿では、祭事の日しか嗅げなかった香ばしい匂いだ。


  食堂には、大きな長卓。

  銀の器が並び、まだ誰も来ていない。


  「座って待っていろ。すぐ運ばせる」


  「はい……」


  恐る恐る端に腰を下ろすと、香り高いスープとふっくらした白いパンが運ばれてきた。


 「うわぁ……」


  一口。優しい塩気と温かさが広がる。

  胸の奥がじんわりと熱くなった。


  神殿の食事はいつも固いパンと薄いスープ。


  孤児院の方がまだマシだった。

  厨房を手伝えば、味見だってできたのに。


  ——暖かいスープって、こんなに優しい味がするんだ。


  ふと顔を上げると、扉の前にディーン様が立っていた。

  紺の外套を羽織り、朝日を背に受けて。まるで絵画みたい。


  「おはようございます、ディーン様」


  「……おはよう。よく眠れたか?」


  「はい! 雲の上にいるみたいでした」


  自然と笑顔になる。

  ディーン様は、ほんの少しだけ表情を緩めた。


  「それは良かった。今日から長い道のりになる。無理はするな」


  「はい!」

 

  皆で囲む食卓。

  胸の奥がぽっと温かくなる。


  もしかして、これが“普通の朝”というものなのかしら。

  笑って、食べて、また一日が始まる。

  そんな当たり前の時間が、新鮮でとても嬉しかった。


  窓の外では、出発の準備が進んでいる。

  馬たちが蹄を鳴らし、旗が風に揺れる。


  キラキラと朝日を受けて木々の葉が輝いている。


  ——今日から、私の新しい毎日が始まる。


  ふふふ……楽しみ。




 初めての屋敷での一日も、あっという間に終了。

 慣れない生活に戸惑いながらも、ココの“祝福騒動”は無事……いや、ほぼ無事に落ち着いた模様。

 次は何が起こるのか、魔力が見えるって便利なのか不便なのか、ちょっと楽しみで、ちょっとドキドキ。

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