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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第3章 真実のかけら

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40 夢の扉が閉じた朝に


 思い出したい記憶ほど、遠ざかっていく朝がある。

 閉ざされた夢の扉が、彼の心を静かに追い詰めていく回です。



 小鳥のさえずりが、王都に爽やかな朝の訪れを告げていた。


 王都の辺境公爵邸、その主寝室。


 最高級の羽毛布団から身を起こしたディーンは、かつてないほど爽快な目覚めを迎え――そして、絶望のあまり頭を抱えた。


 「よく寝てしまった……いや、また見られなかったか」


 体は軽い。思考もクリアだ。


 長旅の疲労など嘘のように消え失せている。


 「はぁ……」

 思わず、ため息が漏れた。


 だが、求めていたものはそこではない。


 昨日の昼下がり、泥を落とした庭師の青年――フェルの『黄金の髪』を見た瞬間、魂の奥底から突き上げてきた激しい郷愁。あれが何か?


 前世の記憶なのか、あるいはもっと深い魂の因縁なのか。その答えを得るために、昨夜は固い決意と共にベッドに入ったはずだったのだが。


 ディーンの見る夢……。時折、魂が肉体から抜け出し、過去や遠くの光景を俯瞰するように見る夢。


 昨夜は強い意志を持ってその夢を見ようとしたのだが……結果はこの惨状である。見ようと思って見られる夢ではないのだと痛感したディーン。


 「おはようございます、ディーン様!」


 ノックと共に現れたのは、朝日のように眩しい笑顔のココだった。


 手には、昨日よりもさらに一回り大きな巾着袋が握られている。嫌な予感がした。


 「浮かない顔をされていますね……やはり、昨日のポプリでは効き目が弱かったのでしょうか?」

 「い、いや、ココ。弱くない。むしろ絶大だった。私は死んだように眠り、今こうして蘇った」


 これ以上深く寝るのは遠慮したい。そう申し出たいのだが、ディーンが言いよどんでいるうちにココは嬉しそうに微笑んだ。


 「まあ! それならよかったです。でも、まだ少し眉間に皺が……。念のため、ハーブの配合を変えて『強力版』を作ってみたんです。これを枕元に三つほど置けば、どんな悩みも忘れて朝までぐっすりですよ!」


 ニッコリと微笑んで、ココは凶悪な効能を持つであろう布袋を差し出してくる。


 ディーンの頬が思わず引きつった。


 (違うんだココ……俺は悩みを忘れたくない。むしろ思い出したいんだ……!)


 しかし、一点の曇りもない純粋な善意で心配してくれるココに対し、「余計なことをするな」などと言えるはずがない。ディーンは震える手でポプリを受け取ると、精一杯の愛想笑いを浮かべた。


 「あ、ありがとう……。だが、私は辺境公爵だ。あまり深く眠りすぎては、夜襲があった時に反応できない」

 「え? ここはお屋敷ですし、優秀な騎士様たちが門番をしていますよ?」

 「そ、そうだが……辺境を預かる武人の嗜みとしてだな……」

 「もう、真面目すぎます! 休む時は休むのが仕事ですよ」


 ココは「はい、設置しますね!」と、テキパキと枕元に『強力版』を配置していく。


 その様子を、部屋の隅で控えていた側近のクロードが、冷ややかな目で見つめていた。彼の目は雄弁に『諦めてください』と語っていた。


     ♢     ♢     ♢


 ココが満足して部屋を出ていくと、執務室には重苦しい静寂が戻った。


 ディーンは深いため息をつき、机の上に置かれた報告書に視線を落とす。


 そこには、先日視察に行ってきた『アルゴ神殿』に関する不穏な情報が記されていた。


 「……笑い事ではないな」


 先ほどの情けない顔つきは消え、ディーンの瞳に冷徹な光が宿る。


 「クロード。神殿の動きはどうだ」

 「活発ですね。表向きは『次代の聖女候補』を探していると言っていますが、裏では貴族たちへの斡旋リストを作っているようです。……まったく、聖女を何だと思っているのか」


 クロードの声にも珍しく怒気が混じる。


 アルゴ神殿の実態――それは、聖女教育とは名ばかりの、ハニトラ・スパイ養成機関。さらに言えば、魔力を持つ女性を『道具』として利用する闇の側面を持っていた。


 「あいつらは探しているんだ。『本物』を」


 あの愚鈍な神殿長は、まだ気が付いていない。もっとも価値ある存在が、すでに自分たちの監視下からすり抜けていることを。


 今はまだ知られていないココの力。


 ココの能力は、ただの治癒ではない。人の心に干渉し、魂を癒やす力だ。もしその力が神殿に知れれば、彼らは手段を選ばずにココを連れ戻しに来るだろう。


 視察先で見た、空虚な目をした少女たちの姿が脳裏をよぎる。あのような場所に、ココを戻すわけにはいかない。だからこそ、予定を切り上げて急いで帰還したのだ。


 「守り抜かなければならない。……だが」


 ディーンの視線が、ふと窓の外へ向く。


 中庭では、ココが庭師のフェルに何やら話しかけ、楽しそうに笑っていた。

 陽の光を浴びて輝く、フェルの黄金の髪。

 それを見た瞬間、ディーンの胸に再び、ズキリとした痛みが走った。


 「あの庭師……フェルと言ったか。あいつは何者なんだ」

 「ただの庭師にしては、所作が洗練されていますね。それに……あの髪色」

 「ああ。今のルミナリア王家には存在しない、純粋な黄金……」


 かつてこの国を興した、初代国王と同じ色。


 なぜ、一介の庭師があの色を持っているのか。そしてなぜ、自分はあいつを見ると、こんなにも懐かしく、そして焦がれるような気持ちになるのか。


 ディーンは窓の外、ココとフェルの姿を睨みつけるように見つめた。


 皮肉にも、彼が守りたいと願う少女の魔法ポプリが、真実への扉を優しく、しかし強固に閉ざしていた。


     ♢     ♢     ♢

 

 ディーンが窓の外を睨みつけながら、「あの色は……」と記憶を辿っている、その横で。

 クロードもまた、冷静な瞳で庭師のフェルを観察していた。ただし、主君とは全く異なる視点で。


 (黄金の髪……。珍しい色だが、見覚えがないわけではない)


 クロードの脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。


 隣国セリウス王国の第一王子。クロードとは学生時代からの旧友であり、何かと頭の痛い問題を共有し合う仲だ。


 先日、彼から一通の手紙が届いていたことを思い出す。


 『我が愚弟がまだ帰国していない。もしそちらに流れていたら、よろしく頼む』


 文面には呆れと、隠しきれない弟への過保護さが滲んでいた。


 そういえば、先日のセリウス王国との交流会でも、第二王子の姿はなかった。「体調不良」という名目で欠席していたが、実情は単なる脱走だったということか。


 (セリウス王家の特徴は、直系男子に現れる鮮やかな金髪と青い瞳……)


 クロードの視線が、庭でココと笑い合う泥だらけの青年に注がれる。


 今は作業着で薄汚れているが、その髪の輝きだけは隠せていない。そして、あの屈託のない笑顔。旧友である第一王子の面影が、はっきりと重なる。


 (まさか……?)


 クロードは眉をひそめ、窓枠に指を走らせた。


 一国の第二王子が、身分を隠して庭師? しかも、よりによってココの専属として?


 「クロード、お前もあの庭師が気になるか」

 「ええ、大いに。……ですが、貴方が感じているのとは少し違う種類の頭痛を感じます」


 クロードはため息交じりに呟いた。


 もしあれが本当にセリウスの第二王子フェリクスだとしたら、事態はさらにややこしいことになる。


 不思議な光を持つココ。前世の記憶に囚われるディーン。そして、お忍びで潜伏中の隣国王子。


 (これは……厄介なことになりそうだ)


 「ディーン。あの庭師については、私が少し調べておきましょう」

 「ああ、頼む。ただ者ではない気がするんだ」


 (ええ、間違いなくただ者ではありませんよ……。まったく、弟の面倒までこちらに押し付けないでいただきたいものです)


 クロードは心の中で毒づきながら、再び窓の外を見た。


 庭師の青年が、ココに向けている眼差し。


 それは単なる主従のそれではなく、もっと熱のこもった――あるいは、崇拝に近い何かを含んでいるように見えた。

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