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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第3章 真実のかけら

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36 騎士の影と、夜のささやき


 神殿の“毒”を知るココだからこそ、救いたいと思った夜。

 その一歩が、ランツの心を静かに揺らします。



 部屋に戻ってベッドに潜り込んでも、ランツのあの冷たい目が頭から離れなかった。


 『神殿の女に共通する手口ですか?』


 あの時、私はただびっくりしたけれど、今ならわかる。


 アルゴ神殿にいた頃、お掃除をしながら何度も見た光景だ。


 綺麗な洋服を身にまとい聖女見習いのお姉様たちが、鏡の前で「守ってあげたくなる顔」の練習をしていたこと。力のある貴族様が来ると、わざとよろけたり、涙を浮かべたりして、相手を夢中にさせていたこと。


 ランツは、きっとあのお姉様たちの誰かに、まんまと引っかかったんだわ。


 神殿のお姉様たちは、捕まえた獲物を「信心が足りない」とか何とか言って、ボロボロになるまでお金や地位を絞り取っていた。


 泣きながら、神殿に怒鳴り込んでくる紳士や騎士を見たこともあった。たいていは用済みで捨てられた人たちだ。


 ランツも、あんな風に心をぐちゃぐちゃにされたのかも……。


 「……かわいそうに」


 ぽつりと口から言葉がこぼれた。


 私を睨むランツの目は、神殿の地下に迷い込んで震えていた子犬の目に、どこか似ている気がした。


 私は、自分に何ができるかを考えた。


 私には、お姉様たちみたいな綺麗な魔法は使えない。


 でも、ディーン様たちがくれたこの場所で、彼が少しでも安心して眠れるようになればいいのに。


 「……よし」


 私はひそかに心を決めた。今夜決行。


 お屋敷が深い眠りについた、午前2時。


 私はパジャマの上にガウンを羽織り、裸足にスリッパを履いて、そっと部屋の扉を開けた。


 手に持っているのは、麻の布で作った小さな袋。中には、昼間フェルと摘んだハーブを細かくして、香りのいいポプリと混ぜたものが入っている。


 神殿の下働きをしていた頃、眠れないお姉様たちに頼まれてよく作らされたから、安眠に効く配合はバッチリだ。


 (……罠だなんて、思われないよね?)


 階段を降りるたびに、古い床が「ギィ……」と鳴る。そのたびに私はビクッとして、暗闇の中で足を止めた。


 ランツの部屋は、1階の騎士団待機所の近く。


 バルドゥや他の騎士たちの部屋も近いから、見つかったら「夜遊び」だと思われてディーン様に報告されちゃうかもしれない。


 でも、どうしても放っておけなかった。


 あのランツの、何かに怯えたような目。神殿の「毒」を知っている私だからこそ、彼がどれだけ苦しいのかが痛いほどわかる。


 ようやく、ランツの部屋の前に着いた。


 扉の隙間から、ほんの少しだけ明かりが漏れている。……ランツも、まだ起きているんだわ。


 私は息を殺して、ドアノブにポプリの紐をそっと掛けた。


 その時。


 「……誰だ」


 扉の向こうから、低くて鋭い声が聞こえた。


 心臓がドキン、と跳ね上がる。


 私は返事もできず、脱兎だっとの勢いでその場を逃げ出した。


 後ろを振り返る余裕なんてない。


 自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んで布団を頭から被っても、心臓の音はいつまでも耳元でうるさく鳴り響いていた。


 翌朝、私はひどい寝不足で目を覚ました。  鏡を見ると、10歳の子供にあるまじき、うっすらとしたクマができている。


 (……ランツ様、ポプリに気づいてくれたかな。捨てられてないかな……)


 そんな不安を抱えながら、朝の仕事のためにうまやへ向かうと、そこにはすでにフェルがいた。彼は馬のブラッシングをしながら、私を見るなり口角を不敵に上げた。


 「おはよう、ココ。……昨夜は、ずいぶんと忙しい夜警さんがいたみたいだね?」


 「……っ!」


 私は持っていたバケツを落としそうになった。  フェルは馬の首筋を叩きながら、ひくひくと鼻を動かす。


 「ここらへんじゃ見かけないハーブの匂いが、廊下中に漂っていたよ。特に、1階の騎士団待機所のあたり。……犯人のスリッパの音まで、バッチリ聞こえてたけど?」


 「フェ、フェル! 声が大きい!」


 私は慌ててフェルの口を塞ごうとしたけれど、彼はひょいと身をかわして、私の頭をポンと叩いた。


 「無駄だよ。僕の鼻は誤魔化せない。……でも、驚いたな。あんなに酷いことを言われたのに、安眠ポプリの差し入れなんて。君は聖女を通り越して、お人好しの塊だね」


 「お人好しなんかじゃないわ。……ただ、彼が神殿のことで苦しんでいるなら、それは私のせいでもあるから」


 私の言葉に、フェルの目が少しだけ真剣なものに変わった。


 「……君のせいじゃない。それは彼自身の問題だよ。でも、安心していい。さっきランツとすれ違ったけど、あいつ、いつもの『世界中の不幸を背負ったような顔』が、少しだけマシになっていたよ。……ま、相変わらず僕のことは睨んできたけどね」


 「……本当? 眠れたのかしら」


 「さあね? でも、あのポプリに込められた『変な魔力』……いや、祝福のにおいは、かなり強力だったから。あそこまでされて眠れないなら、もう気絶させるしかないね」


 フェルはまたいつもの意地悪な顔に戻って、ニヤリと笑った。


 私は胸をなでおろしたけれど、フェルは私の耳元で、少しだけ声を低くして言った。


 「でも、気をつけなよ。……君が優しくすればするほど、あいつは混乱する。トラウマを抱えた犬は、優しく差し出された手ほど、怖くて噛みつきたくなるものだからね」


 フェルの言葉は、よくわからなかった。

 でも、私の胸の中にあったのは、後悔じゃなくて、ほっとした気持ちだった。


 ランツが、少しでも眠れたなら。

 それだけで、今夜はそれでいい。


 私は、次の夜のために、もう一度ハーブの棚を見上げた。





 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。ここから第一部の結末に向けて、水曜日と土曜日に更新していきます。最後まで見届けてもらえると嬉しいです!

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