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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第3章 真実のかけら

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35 冷たい食卓


 温かいはずの食卓で、冷たい言葉が飛び交う。

 私の知らないところで、何かが確実に動き始めていた。


 食堂に漂うのは、焼きたてのパンと具だくさんのスープのいい香り。本来なら幸せな時間のはずなのに、テーブルを囲む空気はキンキンに冷えていた。


 「さあ、ココ様。たくさん食べてください。お腹が鳴るまで空腹を我慢させてしまい、申し訳ございませんでした!」


 バルドゥが、これでもかというほど山盛りのサラダと肉料理を私の前に並べる。


 その顔は至って真面目だけど、さっきの「きゅるる……」を思い出すと、私の顔は再び火を噴きそうになる。


 「あ、ありがとう、バルドゥ。でも、そんなに食べられないよ……」


 「遠慮はいけません! 育ち盛りなのですから」


 バルドゥの優しさが、今はちょっとした拷問に近い。


 私が恐る恐るスプーンを手に取ったその時、カチャリ、と硬い音が向かい側から響いた。


 ランツが、冷めた目で私を見ている。


 「……神殿育ちの割には、ずいぶんと胃袋が丈夫なようですね。それとも、そうやって『弱っているフリ』をして男の同情を引くのが、神殿の女に共通する手口ですか?」


 「……え?」


 スープを口に運ぼうとした手が止まる。ランツの言葉は、まるで毒を塗った針みたいに鋭かった。


 「ランツ! 言い過ぎだ。ココ様に無礼を働くのはやめろ!」


 バルドゥが強い口調でランツを叱責する。その声には、単なる怒りだけではなく、どこか痛々しいものを庇うような響きがあった。


 「……ふん。兄貴は甘すぎるんだ」


 ランツは吐き捨てるように言うと、乱暴にパンをちぎった。

 

 その様子を、フェルがワイングラスを片手にじっと見つめている。彼がランツの過去を知っているはずはないのに、その横顔は、ランツの過剰な反応の裏にある何かを、すべて見透かしているように見えた。


「へぇ……。君、随分と神殿がお嫌いなようだね。六月に卒業したばかりの学園エリートが、こんな辺境に自ら志願してくるはずもない。何か『鼻につく思い出』でもあったのかな?」


フェルがわざとらしく鼻先を指でなぞりながら、試すような視線をランツに向ける。


「……貴様には関係ない」


「関係なくはないよ。僕は今、ここの丁稚奉公だからね。不機嫌な先輩がいると仕事がしにくいんだ」


フェルの言葉は軽いが、目はまったく笑っていなかった。普段の飄々とした彼とは違う、まるで冷たい氷のような瞳。それが、私に向かってくる悪意から庇うように、一瞬だけランツを射抜いた。


 「ランツ、もういい。部屋へ戻って頭を冷やせ」


 バルドゥが重苦しい声で告げると、ランツは椅子を蹴るようにして立ち上がった。


 「……忠告しておきますよ、兄貴。そのガキがいつか『化けの皮』を剥がしたとき、後悔しても遅いですからね」


 扉が乱暴に閉められ、食堂に沈黙が降りる。  私は、手に持ったスプーンが震えるのを止められなかった。ランツの去り際の目は、私を汚いものでも見るような……それでいて、壊れそうなものを必死に守ろうとする、ひどく歪んだ色をしていた。


 「……ココ、気にするな。あいつは、少し疲れているだけだ」


 バルドゥのフォローが、かえって痛々しい。


 私は内緒の「歓迎会」の相談を切り出すタイミングを完全に失ってしまい、ただ冷めていくスープをじっと見つめることしかできなかった。


 あの重苦しい空気から逃げるように、私は自室に戻ろうとした。


 でも、階段の踊り場でふと足を止めた。

 開け放たれた窓越しに、眼下の中庭から低い、怒ったような声が聞こえてきたからだ。


 「――おい、フェリクス。貴様に聞きたいことがある」


 バルドゥだ。あんなに怖い声、めったに出さないのに。私は影に隠れて、息を殺して外をのぞき見た。


  青白い月明かりが照らす中庭。百八十センチ以上あるバルドゥの大きな背中が、フェルを壁際に追い詰めるように立ちはだかっている。 


 フェルはいつものように、壁に寄りかかって欠伸あくびなんてしているけれど。


 「おや、副団長様。僕みたいな丁稚でっちに、何かご用ですか?」


 「白々しい真似はやめろ。……貴様、一体何者だ。馬の扱いも、剣の知識も、ただの放浪者にしては出来すぎている」


 バルドゥの手が、腰の剣に置かれた。本気の「お仕事」の時の動きだ。


 私は心臓が口から飛び出しそうになる。フェルが怒られたらどうしよう。追い出されちゃったら……。


 「……怖いですね。僕はただ、ココと一緒にいたいだけですよ」


 「嘘をつけ。貴様が来てから、ランツの様子がおかしい。あいつが何かに怯えているのも、貴様が何かを隠しているのも、私にはわかっているんだ」


 フェルがふっと笑った。その笑い方は、いつもの意地悪な時とも違う、冷たくて鋭いものだった。


 「『怯えている』ですか。……バルドゥさん、あなたは、弟さんが学園でどんな目に遭ったかを知っているから、そうやって過保護になる。でも、そのせいで周りが見えていないんじゃないですか?」


 「……! 貴様、どこまで……」


 バルドゥの声が震えた。


 私は、壁を背にしてぎゅっと自分を抱きしめた。フェルが言っている「学園のこと」も、ランツが私を嫌う理由も、十歳の私には難しくてよくわからない。


 でも、一つだけわかったことがある。


 このお屋敷の底で、私にはまだ見えない「真っ黒な塊」のような何かが、じわじわと広がっているということ。


 「僕は、ココを守るためなら何でもしますよ。それが、あなたと目的が一緒なら、僕の正体なんてどうでもいいことでしょう?」


 フェルの言葉が、夜の風に乗って冷たく響く。


 私はバルドゥに見つからないように、音を立てずに階段を駆け上がった。


 ディーン様たちがいないお屋敷は、いつもよりずっと広くて、寒く感じた。



 

 

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