3 ココ、隙を狙う
そろそろ神殿に限界を感じてきた私。
……でも、ここを出るには“隙”が必要なのよね。
自分には、人と違う記憶がある。
そしてここは、前世とはまったく違う世界だった。
前世で二十歳まで生きた私は、おとなしくて、ちょっと奇妙な赤ん坊だったらしい。
手はかからないし、気づけば喋るし、なんでも一人でできた。
でも孤児院では、それを不思議に思われることもなく、すくすく育っていった。
だって、あちこちで子どもたちが泣きわめいてるんだもの。
おとなしい子なんて、放っておかれるだけ。
上手く孤児院を抜け出すつもりだったのに、なぜか神殿なんてところに送られてしまった。
前世も今世も信仰心なんてカケラもないのに、まったく、ヤレヤレ……。
でも、大学生だった前世の記憶はすごく役に立った。
前世は魔力のない世界だったけれど、本の読み方や勉強の仕方は身についていたから、
どんな本を読んでもスルスル頭に入ってくる。
そう、この世界には魔力がある――まるでファンタジーの中みたい。
ふふふ……
本好きの私にはたまらない世界だわ。
独学で魔力操作を覚えた。最初はヨガの呼吸法を応用した。
大事なのは、呼吸と想像力よ!
今では魔力を扱うなんてお茶の子さいさい。
えっへん!
人との距離の取り方も学んだ。
必要以上のことは言わない。
孤児院の経験から、能力は隠すのが一番だと悟ったの。必要最低限しか働かないわ。
どんなに簡単なことでも「大変です~!」と大袈裟に嘆くくらいがちょうどいい。
そんなある日、私は気づいてしまったの。
ここは、聖なる場所なんかじゃない。
――この神殿、正しくないって。
神殿のやり方は汚かった。
信仰心はないけど、正義感ならある。
悪代官みたいな神官たちのやり方、許せない!
いつか成敗してやりたい!
女の子が危険を助けてくれた騎士様に惚れるのと同じように、
怪我を看病してくれた“聖女様”に落ちていく男の人たちを何人も見てきた。
目が覚めると、優しくて綺麗な聖女様がニッコリ微笑む――。
その裏で、悪代官(もとい神官様)は、けが人の素性や家族構成まできっちり調べておくのだ。
そして狙いを定め、獲物を逃さない。
「聖女」という名の魔女たちが、微笑みながら男を虜にしていく。
この町は国の外れ、辺境に近い。
来るのは魔物と戦う騎士ばかり。
そんな彼らを、神殿は“聖女”を使ってコントロールしていた。
聖女を嫁にして、その家ごと神殿の傘下に取り込む――それがこの町の神殿のやり方だ。
まさに、“聖女という魔女たち”だ。
さっき見た患者たちも、いずれ聖女様の餌食になるのだろう。
身なりからして、かなりの貴族に見えた。
――悪代官のお手並み拝見、ってところね。
「はぁ~~~っ」
大きくため息をついた。
私もその一端に関わっていると思うと、頭が痛い。
ただ、人を助けたいだけなのに。
……もういい。神殿を出よう。
これ以上、利用されるのはイヤだ。
今は従順なふりをして、チャンスを待つ。
もう十歳。十二歳までに出ないと、洗礼の儀式を受けなければならない。
神殿との正式な契約を交わし、抜け出しにくくなってしまう。
おまけに、教育という名の、洗脳教育まで始まる。
前世の知識のおかげで、私は気が付いたの。
外部との接触がない神殿。神殿の女神様を絶対だと思わせる教育。
少しでも疑問を持とうなら、暗示を掛けていた。
たまたま聖水を取りに行った時に、見てしまった。
窓のない小さな小部屋で行なわれていることを。
だから私は気をつけている。
従順なふりに、出来損ないなふり、だけどいれば役に立つ。
そうして身を守る。
「ココ、大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃない? だいぶ魔力、使ったでしょう?」
戻ってきた私に声をかけたのは、一つ年上のクロエ。
同じ見習いで、彼女は癒やしの魔力が使える。
ケガの手当てでは引っ張りだこ。
どんな傷にも効くのだから、そっちのほうがよっぽど役に立つ。
クロエはもうすぐ“聖女見習い”になる予定だ。
「ううん、平気。」
クロエは、私が密かに瘴気を払っていることに気づいている。
けれど、何も言わない。優しい子だ。
……できれば、クロエと一緒に出たかった。
でも、彼女は聖女様に憧れている。たぶん、神殿を離れることなんてできないだろう。
夜空を見上げると、満月が輝いていた。
月の光は陰の力を強め、魔力が世界に満ちていく。
魔物たちの活動が活発になる夜――。
その光を見上げながら、私は静かに決意した。
この世界で、今度こそ自分の意思で生きるのだと。
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次のお話は明日の午後の予定です。
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