24 初夏の花祭り
街に初夏の香りが漂い始める頃、王都では三日間の花祭りが始まる。
ココも屋敷の外に胸を躍らせて――。
「ココ様、今日から3日間、街ではお祭りですよ」
赤鬼さんのバルドゥが向こうから手を振っている。
ディーン様が王都で行なわれるエドガー殿下の婚約式の準備手伝いに青鬼さんのローレンツを伴っていったので、領地を守るクロード様とバルドゥはお留守番だ。
ここ数日は、お祝いにポプリの入った水(ディーン様もクロード様もえらく気に入ってくれたの)とポプリをあげるというから大わらわだった。
それを、やっと荷馬車に積み終わってほっとしたところだったの。
バルドゥは元気いっぱい。さすがの体力だわ。
「えっ!そうなの?」
従兄弟のランツの面倒を見なければいけないと、昨日まで腐っていたのに今日はご機嫌だ。
よっぽどお祭りが楽しみなんだわ。私だって行きたい。
良いこと聞いちゃった。屋台とか出るのかしら……
考えてみれば、いまだにお屋敷の外へ出たことがない。
なんでも初夏の花祭りだって。素敵だわ。
「クロード様、お願い! お祭りに行きたいの!」
私はぴょんと跳ね、両手を握りしめる。
いっぱい、ポプリも作ったし、ご褒美って事でね!ねっ!
金茶の髪が光を受けてふわりと揺れた。
クロードは腕を組んで、ため息をひとつ。
「……祭りか。だが今日くらいなら構わん。危ないことはするなよ」
「バルドゥ、護衛を頼む」
「わーい、やった!」
クロード様は意外と心配性なんだわ。見かけと違う。
私は飛び跳ねて、バルドゥの手を引っ張ると、クロードと三人で屋敷の外へ向かった。
通りに出ると、香ばしい屋台の匂いや、色とりどりの提灯が風に揺れる。
子どもたちの笑い声や太鼓の音に、胸が高鳴る。
「わぁ、すごい! 街ってこんなににぎやかなんだ!」
初めて見る街の景色に、目がきらきらと輝いた。
孤児院育ちで、すぐに神殿に入ったから街になんて来たことがなかった。
見る景色の何もかもが新しくて、遠い昔に見た前世の記憶が蘇った。
縁日やテーマパークがあったな、なんてね。
「キョロキョロしているとぶつかりますよ」
そう言ってバルドゥがすっと前に出てきた。どうやら盾になってくれたらしい。
……でも前が見えないんだけど。
クロード様は後ろから苦笑していた。
邪魔だな、バルドゥ。悪気がないのはわかるけどね。
向こうに屋台が並んでいるのを見つけて走ろうとしたとき、人にぶつかってしまった。
マントにフードを深くかぶった旅人のような人だ。
転びそうになった私を受け止めてくれたとき、ふんわりと鼻をくすぐった香りに覚えがあった。
私の作ったポプリだ。
――どうして、こんなところで?
他の人には渡さないって、ディーン様とクロード様が独り占めしていたはずだけど……
他にもポプリを作る人がいたのかしら?
私が不思議そうに立ち止まっていると、後ろからクロード様に腕を引かれた。
「すまない。連れが失礼を」
そう言って頭を下げ、私を後ろへ下げる。
その瞬間、ぴりっとした雰囲気がバルドゥに走り、私は慌ててクロード様の影に隠れた。
よくわからないけど……
これからクロード様 VS 旅人――なんてことが始まるのか!?
ゲームみたい!
ちょっとワクワクする心を隠しながら見守っていると、旅の人は
「お嬢さんは大丈夫でしたか?」
なんて言いながらクロード様と話し、しばらくして去っていった。
……何だ、VSなかった。
「さてと、祭りは見たな」
そう言って私の手を引っ張った。
「えっ!?帰るの?」
「バルドゥ。何か少し買ってこい」
それから私を見ると、有無を言わさず引っ張られた。
そんな~~~来たばかりなのに~~~
「クロード様のいけず!」
私の叫び声は空しく響くだけだった。
その後はただひたすらむくれて、バルドゥの買ってきた串焼きやお菓子をつまんだ。
お土産に射的で取ったというウサギさんまでくれた。
バルドゥに罪はない。いいんだけどね、いいんだけどね。
見たかったし、やりたかったの……
クロード様は「約束は果たした」の一点張り。
もう、もう、もう~~~~!!!
♢ ♢ ♢
「バルドゥ、ご苦労だった。ココはどうしている?」
バルドゥはさっきまでの様子を思い浮かべながら頭をかいた。
バルドゥが持ってきたウサギに当たり散らしていたのは、良かったのか悪かったのか計りかねた。
「串焼きの肉を引きちぎりながら食べていました」
クロードは苦笑する。
可哀想だが仕方がない。まさか、あそこで旅人と遭遇するとは思わなかった。
街でのココの様子を思い浮かべた。
神殿の中庭で初めて見たときの姿が重なった。
歌いながらほうきを振り回していて、キラキラと光が周りを彩っていた。
常人には気付かれないとは思うが、用心に越したことはない。
街を楽しそうに見渡すココの周りにも、同じように光が舞っていた。
気づいたのか……それとも、まだ気づいていないだけか。
旅人の不自然な動き。わざとぶつかったように見えた。
――ま、いい。
ココはしばらく外出禁止だな。
ウキィーー!!!と、屋敷の奥からココの声が聞こえてきそうだった。
年末のお忙しい時期に、ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回の更新は31日水曜日になります。
年末スペシャル企画として、
12月29日・30日に全10話完結の短編を公開予定です。
時間は夕方になります。
幼い公爵令嬢が主人公の、
少し不思議で、少しにぎやかな物語になります。
年末年始の合間に、
軽くまとめ読みしていただけたら嬉しいです。




