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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第2章 闇のかけら

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19 静かな波紋


 王家に小さな揺らぎが広がる一日。

 知らぬ間に、波紋は静かに広がっていく。



 今まで表舞台から遠ざかっていた、エドガーが婚約をしたいと言ってきた。


 「……ようやくか。」


 前から婚約者候補に挙がっていたフロレンティス公爵家の令嬢。身分としては申し分ないのだが、リアンの婚約者になっていたはずだった。


 「エドガーが元気になってきて嬉しく思いますわ。婚約など夢のまた夢かと思っていました」


 横で、王妃が、誇らしげに報告を聞いていた。元気になるのは良いが、子は望めぬ故、跡継ぎ問題が出てくるであろう。


 王子が三人、王国も安泰かと、周りの輩は見ているが、古今東西古から、兄弟の跡目争いは壮絶なものだ。決して起こさせてはいけない。


 それもあり、母親の違う末の王子は、王都から遠ざけた。巻き込みたくはない。だが、しかし……第二王子のリアンが聖女もどきにたぶらかされておる。


 はぁ~~っ


 大きく息をついた。


 神殿や聖女という存在が、いつの間にか「力」になりすぎていることを、以前から苦々しく思っていた。

 ”聖水”と”聖女”を武器に次々と騎士や貴族を取り込んでいた。特に辺境の近くのアルゴ神殿のやり方には目に余る物があった。


 聞けばリアンが選んだのがその神殿から送り込まれた聖女だというではないか。これは直ぐには承諾は出来ないな。


 「順番としては第一王子の婚約式が先だ。リアンのはその後としよう」

 「はっ、かしこまりました」


 宰相以下侍従長達が下がると、隣で王妃が口を開く。


 「陛下、一緒に婚約式を開いた方が経費も節約になるかと思いますわ」


 わしは首を振った。(この女はいつも金勘定ばかりだな……)


 「慶事は、民の楽しみでもある。多い方が良いであろう」


 王妃は嬉しそうに声を上げた。


 「まぁ!私としたことが、陛下のおっしゃられる通りですわ」


 そう言うと機嫌よさげに侍女長を従えて謁見の間を後にした。


 王妃とは政略結婚だ。子を二人もうけた後は、お互い干渉もせず、別々に暮らしていた。ディーンの母親が亡くなったとき、一番に王妃を疑いもしたが、それでエリシアが生き返るわけでもない。


 エリシアは王妃との結婚が決まる前までの婚約者だった。お互いに愛し合っていたのにもかかわらず、突然のように降ってわいた隣国の王女との結婚。エリシアはそのまま第二妃とはなったものの気を遣う日々だったのは察するまでもなかった。


 第三王子ディーンを産んでからは、やつれ、おびえる日々を送っていたらしい。いつ自分の子が殺されるかも知れないと。


 守りたいと思いながら、守れなかった。


 窓の外を見つめ夕闇迫る空に目をやった。ディーンを遠くへやってしまった。お前を守るためだとはいえ不本意である事に変わりはない。


 せめて、お前だけは愛する姫と結ばれ、幸せに生きてほしいものだな。


 この王城はけして心安まる場所ではない。


 王は城という籠に囚われの身だ。


 深いため息をついた。



     ♢      ♢     ♢


    リアン第二王子殿下の部屋は王宮の奥深くにあり、簡単に人が立ち入ることはできないようになっていた。


 ここ最近、王宮ガーデンテラスでお茶をする、年若い令嬢がたびたび見受けられた。


 その令嬢は、聖女ミレイユ。学校を卒業してからも、出身地のアルゴ神殿に戻らず、王都の神殿に入っていた。聖女の仕事は(治癒魔法を使う)殆どなさらず、毎日王城へ第二王子を尋ねてきていた。


 リアン第二王子殿下もヒマではない。身体の弱い第一王子にかわり、騎士団の訓練には顔を出さねばならず。また第一王子の執務も学んでいる最中だった。


 今日も会えなかったわ……一人寂しくお茶をすする。


 周りでは来月の婚約式のため、準備が着々と進んでいた。


 第一王子は婚約が正式に決まり来月には早速婚約式を執り行うことになった。

 こんなに慌ただしく決まったのは、もともとは、リアン殿下の婚約式が行なわれるはずだったからだ。

 色々な事はすでに手配済みで、それを第一王子の婚約式に変えただけだった。


 リアン第二王子が自分の婚約も早くお披露目したいから”サッサとやれ、後ろが詰まっている”(とは言ってない)と急かしたと王宮でのもっぱらの噂だ。


 本当は私とリアン殿下の婚約式のはずだったのに……


 裏目がましく、準備が進んでいる王宮を眺める、聖女ミレイユ。


 顔を上げ深紅の瞳を細めて、みつめる先には、打ち合わせに訪れている、エリザベート公爵令嬢の姿があった。


 遠目にも華やかな金髪が光を受けて輝いて、立ち姿は凜として美しい。


 ミレイユは口元をゆがめた。


 このままで終わるはずがない――

 そんな思いだけが、胸の奥で重く沈んでいった。


 小さな闇のかけらがその奥で育とうとしているなどつゆ知らずに、その思いに身をゆだねる。


 「ミレイユ様、神殿からお迎えが参りました」


 侍女の声にサッと笑顔を作る。一度目を伏せて、五秒数えてから眼差しをあげる。フランソワ先生の教え通りに。


 侍女と目が合うと侍女がハッとしたように目を伏せて赤くなった。


 やっぱり、フランソワ先生の教えは偉大だわ。心の中でほくそ笑む。


 「ありがとう。ご苦労様」


 そう言って微笑んで王宮を後にした。


   ♢     ♢     ♢


 ミレイユが王宮を後にしたその直後、執務室に控えていた侍従長がそっと近づいた。


 「陛下、エルガード公爵家より急ぎの文が届いております」


 「……ディーンからか?」


 封を切ると、公爵としての公文書らしく、端正な筆跡が目に入った。


 ――第一王子殿下のご婚約を慶賀申し上げます。

 つきましては、式典準備の折、公爵家として参内すべき時期をご教示願いたく。領地の政務もあるため、日程調整をはかりたく存じます。


 王は小さく息をついた。


 「……ディーンも気を遣っておるのだな」


 そのとき、侍従長がもう一つの封書を差し出した。


 「陛下、王都の神殿より“聖女ミレイユを招いた小規模な祝祷式”を執り行いたいとの打診が参っております」


 王の眉がわずかに動いた。


 この時期に――か。

 第一王子の婚約準備に乗じて、神殿が存在感を示そうとしているのが露骨だ。


 「ふむ……。神殿への返答は急がぬ。もう少し様子を見るとしよう」


 侍従長は深く頭を下げた。


 王宮の廊下には、婚約式に向けて忙しく立ち働く人々の気配と、どこか落ち着かない空気が漂っていた。


 静かな波紋は、確かに広がり始めている。



 次回から第3章に入ります。金曜日に投稿予定です。

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