18 対照的な2人の令嬢
華やかな舞踏会の夜。
きらめくドレスと音楽の中で、ちょっとだけ不穏な気配も…?
そんな“影”も含めて、お楽しみください。
悲鳴と歓声に包まれた会場で佇む二組のカップル。
婚約破棄を告げられるかと思いきや、突然のプロポーズに戸惑うエリザベート。
唖然としつつも、胸の奥が不思議と温かく満たされていくのを感じた。
ただ、顔を両手で覆い頷くばかりだった。
エドガー殿下の病気のことは存じ上げていた。その真面目な性格から、ご結婚は、相手の方を不幸にしてしまうからと御躊躇されており、ご婚約者も決めていないと伺っていた。
幼少の頃の元気な殿下を知るだけに、寂しく思っていた。
今回のことで、まさかエドガー殿下から結婚を申し込まれるなどとは、思いもせず、戸惑いの方が大きい。
それでも、兄が側近を務めているのだから、家族としていつまでも側にいられると思うと、喜びも大きかった。
もうすでに、将来など諦めていたのだから。
その反対側では、自分の婚約を発表されるとばかり思っていた。ミレイユ。
深紅の瞳を憎らしげにエリザベートをにらみつけていた。
あまりにも、対照的な二人の令嬢だった。
隣では、何が何だかわからないが、これで自分とミレイユの間には何の障害もなくなったから、”結果オーライだな”などとのんきに考えているリアン。傍らにしがみつくミレイユの手を優しく撫でた。
「兄上とのダブル婚約だな」
深緑の瞳を優しく細めて、ミレイユに語りかける。ミレイユは取り繕うように口角を上げて、微笑む。さっきまでの、冷たい眼差しなどみじんも感じさせなかった。
「ええ、でも……」
ミレイユは、言いながら、なよっと身体をくねらせリアンに寄りかかった。豊かな胸がリアンの腕に触れ、リアンの頬が上気する。
「んっ、ど、どうした?」
下から見上げるようにリアンを見つめ小首を傾げた。
「今までの事は……でも……私さえ、我慢すれば良いので、もう、いいんです」
そう言って深紅の瞳を潤ませてから、計算したように下を向いた。
リアンは優しくミレイユの腰を抱き寄せ耳元に口を寄せた。
「大丈夫だ。後で兄上には話をしておこう。悪いようにはしないからな」
ミレイユは俯いたまま頷いたが、もしその顔を見る事ができたら、ギョッとしただろう。
口元は悔しそうにゆがめられ、深紅の瞳は冷徹な光を宿していた。
まるで獰猛な獣のように……
エドガー殿下は、ディーンから贈られてきた花を一輪胸に挿してきていた。胸ポケットからその花を抜き取ると、優しくエリザベートの髪に挿した。
「急なことで、用意が調っていなかった。今はこれで」
「ありがとうございます」
エリザベートはやっとそれだけ言うとエドガー殿下の腕を取った。
動揺したエリザベートを気遣い、エドガー殿下は控え室へと二人、会場を後にする。
二人が会場から消えれば、会場は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。
断罪も、ミレイユとの婚約発表も棚上げだった。
控え室の扉が閉まり、エドガー殿下とエリザベートの姿が完全に見えなくなると、会場のざわめきは一層大きくなった。
その中で、ミレイユは深紅の瞳を細め、唇を噛みしめていた。
――どうして、あの子が選ばれるの?
胸の奥で渦巻く黒い思いを押し隠すように、ミレイユはふらりとリアンの腕から離れた。
「ミ、ミレイユ?どこへ行くんだ?」
リアンが慌てて手を伸ばすが、ミレイユは振り返りもせず、すっと会場を横切っていく。
向かう先はただ一つ。
真っ直ぐとエドガー殿下の控え室へ。
控え室の前で待機していたディーン殿下の側近――赤い髪の騎士と目が合う。バルドゥだった。
バルドゥが何故王都に?一瞬疑問が頭をよぎったが、どうでも良いことだった。
今はそれどころではない。
「バルドゥ殿。少し、よろしいでしょうか?」
その声は震えていたが、震えの奥には確かな悪意と焦りが潜んでいた。
バルドゥは冷静にミレイユへ一礼する。
「何かご用件でしょうか、ミレイユ様」
ミレイユは胸に手を当て、わざと涙を含ませた声で言った。
「……エリザベート様の件で、お伝えしなければならないことがありますの」
バルドゥはわずかに眉を寄せる。
「殿下とエリザベート様は今お疲れです。お話なら後日――」
「後日では遅いのです!」
ミレイユは声を張り上げ、周囲の注目を集めてしまった。
慌てて口を覆い、震える肩を演出する。
「あの方……エリザベート様は、殿下のご体調が悪いと知りながら、他の殿方と――」
周囲の令嬢たちが息を呑む。
一瞬で広がる悪意あるざわめき。
しかしバルドゥは冷ややかだった。
「そのような事実はございません。公爵家にも王家にも確認が取れております」
「で、ですが……!」
「ミレイユ様。証拠は?」
ビシッと突きつけられた言葉に、ミレイユは息を飲んだ。
――証拠なんて、あるわけない。
「何か誤解を抱いておられるのでしょう。ですが、殿下の前で根拠のない話を持ち出されても、名誉を傷つけるだけです。
どうか、お控えください」
ミレイユの顔に、取り繕えない怒りと焦りが走る。
その時――
「ミレイユ!」
リアンが駆け寄り、ミレイユの肩を抱く。
「そんな顔をするなよ……辛かっただろう? でも兄上の前でそんな話をするのは良くない」
ミレイユは震える声でリアンに縋った。
「わ、私はただ……殿下のことを思って……」
リアンは完全に信じ切っている様子でうなずく。
バルドゥは深い溜息をつき、静かに言い放った。
「ミレイユ様。これ以上の虚言は、いずれあなた自身の身を滅ぼします。王都では、特に。」
その瞬間、ミレイユの深紅の瞳に獰猛な光が宿る。
――エリザベートだけじゃない。
邪魔なものは、全部……。
しかし次の瞬間には、従順な令嬢の顔へと戻り、リアンの胸に涙を落とした。
「リアン……私、どうしたら……」
リアンは優しく頭を撫でる。
「大丈夫だ、俺が守る。兄上にも、ちゃんと話しておく」
ミレイユはリアンの胸で震えながら、そっと口角を上げた。
――そうよ。あなたを利用すればいいのよ、リアン。
その笑みは誰にも気付かれず、控え室の扉だけが静かに閉じられたまま、二度と開かれることはなかった。
次回は月曜日または火曜日に更新します。
日にちが決まらなくて……年末にスペシャル企画計画中です。




