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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第2章 闇のかけら

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17 野に咲く花々


 ココが屋敷に来てしばらく。穏やかな日々の裏で、王都では静かに運命が動き始めていました。

 今回は“舞踏会前のそれぞれの心”のお話です。


 時は舞踏会より、少しさかのぼる。


 ココが領地のお屋敷へ来てからというもの、毎日が嘘のように晴れていた。

 輝く陽光を受けて、新緑は日々濃さを増し、庭の花々も一斉に咲きほころんでいく。


 まるで――ココを歓迎してくれているみたい。


 熱を出した後、しばらくはこの屋敷に慣れるまでゆっくりするよう、クロード様からお達しがあった。


 ディーン様は執務に領地の見回り。

 クロード様は辺境騎士団の訓練を埋め合わせるため忙しく飛び回っている。

 そんな中、ココは庭の草木に水をやったり、厨房でおやつを作ったりするのが日課になっていた。


 庭の向こうに、赤い髪の騎士が歩いてくるのが見えた。

 ――バルドゥ? 珍しい。

 まだ午前中なのに、どうして屋敷へ戻ってきたのかしら。


 赤鬼さんと青鬼さんと勝手に私が呼んでいる(心の中で)副団長コンビは、普段はとても忙しいと聞く。


 不思議に思いながら手を振った。


 「バルドゥ、どうしたのですか?」

 「ココ様、これから野暮用で、数日不在にいたします」


 そう言って深々と頭を下げられる。

 この屋敷に来てから、皆が“ココ様”と呼ぶようになった。

 ……まあ、姫様よりはマシかもしれないけれど。


 その二択ってどうなの……?と思うけど、ディーン様が決めたことなので仕方ない。

 ちなみに、ディーン様とクロード様だけは“ココ”と呼んでくれる。


 でも、野暮用って何だろう。やっぱり気になる。


 「どこへ行くの?」

 「王都までです、ココ様」

 「何の用事?」


 尋ねると、珍しくバルドゥが頭をかいて言いにくそうにした。


 「あいや~……ちょっとばかし、従兄弟のやつがやらかしておりまして。迎えに行くついでに、エドガー殿下のお見舞いです」

 「エドガー殿下? どこか悪いの?」

 「子供の頃から病弱であられて、この時期は体調が安定されませんので……ディーン様が顔を出すようにと」


 「まぁ、ディーン様のお使いなのね。ちょっと待ってて」


 ココはバルドゥをその場に待たせて、庭の花を数本切り取り、手早く花束を作る。

 リボンを結んで渡そうとすると、バルドゥが感心したように目を丸くした。


 「綺麗な花ですな……」


 さらに今日のおやつを分け、ひとつはバルドゥへ、もうひとつは従兄弟へ。

 「長旅だから、お腹空くでしょう?」と手渡すと、バルドゥは嬉しそうに、

 赤鬼さんの強面をくしゃっと崩して笑った。

 しわしわの大型犬みたいで、ちょっと可愛い。


 きっと従兄弟さんも似た顔をしているのよね。

 帰ってきたら“赤鬼兄弟”の完成だわ――。


 自分の想像にくすっと笑うと、何も知らないバルドゥはまた顔をくしゃくしゃにして笑った。


 「いってらっしゃい! 気をつけてね!」


 大きく手を振り、ココはバルドゥを見送った。



      ♢      ♢      ♢

 

  ――王城・エドガーの執務室。


 静かな室内の扉が叩かれた。


 「殿下、報告です」

 「……入れ」


 影がひざまずき、淡々と事実を告げていく。


 「報告は以上です」

 「ああ、わかった。下がってくれ」


 先日、フロンティアス公爵家から婚約解消の打診が来ていると父上から聞いたばかりだった。


 卒業式前のこの時期に、なぜだ?


 不審に思い、影に探らせてみれば――案の定だった。


 最近、弟リアンの行動が目に余るという話は耳にしている。

 懇意にしている聖女という女も、どうにもきな臭い。


 影の報告を読み返しても、男関係の乱れた浅ましい女にしか見えなかった。

 なるほど……リアンは見事にはめられている。


 幼馴染みでもあるエリザベートの手を、自ら手放そうとしているなど愚かなことだ。

 公爵家の後ろ盾を失い、代わりにあの神殿につくつもりなら尚悪い。

 しかも今、神殿内部は大事になりそうだという。

 神殿長がその兆しさえ掴んでいないとは……嘆かわしい。


 今朝、バルドゥがディーンからの見舞いだと言って花を届けてくれた。

 窓辺に飾った小さな花々は、見ていると薄い光をまとっているようにすら見える。


 辺境には、こんな清らかな花が咲くのか。

 胸の中の澱が、ふっと洗われていく気がした。


 ――自分も、そろそろ心を決めねばならない。


 幼い日、四人で仲良く遊んでいた。

 遠い記憶だ。大病を患ってからは城の外に出られず、

 医者には「将来、子は望めぬだろう」と宣告された。

 その意味を幼い頃の自分は理解できなかったが、王位にも興味はなかった。


 窓辺の花が、風もないのにふわりと揺れた。


 ただ、大切に思っていた幼馴染みが弟の婚約者となったことだけは――

 唯一の心残りだった。

 それでも弟なら、彼女を守ってくれるはずだと信じていたのに。


 深く息を吐き、花瓶から小さな藤色の花を一輪、そっと取る。

 指先に触れた花は、清らかな香りと柔らかな温もりを運んでくる。


 不思議だ。この花を見ていると、諦めるなと語りかけられているようだ。


 今動かなければ、一生後悔する。

 愛しい人すら救えずに、何が王族だ。


 子が持てぬのなら、王位は末の弟に継がせればいい。

 リアンは単純すぎる。操られる王が国を導けるはずがない。

 ましてや病弱な王では国は傾く。


 ……いずれの息子も器ではなかった、ということなのだろう、陛下。


 ならば今はただ、この時のために。

 愛しい人を救うために動くのだ。

 

 胸の内でそう誓い、エドガーは舞踏会へ向かう決意を固めた。


 手の中の藤色の花は、まるで微笑むように柔らかく輝いた。



 いつも読んでくださりありがとうございます。

 次回は土曜日に更新予定です。

 年末に勝手に1人でスペシャル企画を計画中です。

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