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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第2章 闇のかけら

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16 舞踏会


 裏切りの夜に、まさか“彼”が跪くなんて誰が想像しただろう。

 エリザベートの人生が、一瞬で塗り替わる。


 夕闇が迫る王都の街は、まるで祭りの前夜のようにざわめいて見えた。


 パーティー会場には次々と馬車が横付けされ、煌びやかな衣装の令嬢や紳士たちが吸い込まれるように建物の中へ消えていく。

 その外の喧騒とは対照的に、ゆっくりと進む馬車の内部は驚くほど静かだった。


 瞳と同じエメラルド色のドレスの裾を整えながら、エリザベートはそっと息を整える。

 向かいに座る兄が腕を組み、ぼそりと漏らした。


 「……結局、あいつは最後まで姿を見せなかったな」


 その言葉に、エリザベートはほんの一瞬だけまつげを震わせたが、すぐに穏やかな笑みをつくった。


 「ええ、お兄様。もうよいのですわ。未練など……どこにもありませんもの」


 ふと胸がきゅっと痛む。思い出すのは――

 幼い頃、お兄様とエドガー殿下、リアン殿下と四人で遊んでいた日々。


 エドガー殿下が大病を患ってからは三人になってしまったが、兄は殿下の側近となり、私はリアン殿下の婚約者になった。

 貴族に生まれた以上、政略結婚は避けられない。

 でも、気心の知れたリアン殿下との婚約は本当に嬉しかった。


 ――今はただ、殿下が幸せであればいい。


 エリザベートはそう思いながら、胸の奥の痛みをそっと押し込めた。


 馬車がゆるやかに停まり、扉が開かれる。

 並んで降り立った瞬間――


 会場のざわめきが、ふっと消えた。


 静寂。

 次の瞬間、抑えきれないため息と感嘆の声が波のように広がる。


 「見て、フロレンティス兄妹よ……」

 「まるで物語の一場面みたい……」


 宝石のように輝くエメラルドの瞳、深い緑色のドレスの気品。

 そして兄の紳士然とした佇まい。

 そのすべてが、会場の視線をさらっていった。


 静まり返る空気の中、エリザベートは柔らかく微笑み、上品にスカートを揺らして一歩を踏み出す。

 兄もまた、自然に歩調を合わせた。その所作ひとつひとつに、貴族令嬢たちの視線が吸い寄せられる。


 「相変わらず、お美しいわ……」

 「でも今日は……少し凛々しい雰囲気ね?」


 ひそひそと囁く声が、あちらこちらで弾けた。


 当のエリザベートは、それらを聞き流し静かに微笑みながら、まっすぐと会場中央へ進んでいく。


 ——今日は、逃げも隠れもしない。


 その瞳には、決意とも覚悟ともつかない強い光が宿っていた。


 兄がそっと横目で妹を見る。


 「……本当に、つらくはないのか?」


 エリザベートは一拍置き、穏やかな笑みを返した。


 「ええ、お兄様。もう……心は決まっていますもの」


 言った瞬間、自分の声が少し震えた気がして、エリザベートは慌てて笑みで誤魔化した。

 その返答に、兄はわずかに目を細める。

 病弱な第一王子が誰よりも大切にしていた幼馴染み。

 そして、守れなかった婚約の未来。


 ――ならば、せめて今日だけでも支えるのが兄の務めだ。


 「……ならば、私はお前の味方だ。何があろうともな」


 「ありがとうございます、お兄様」


 その温もりが胸に染みわたる。

 だが、その直後――


 会場奥、王子専用の席へ続く階段の上に、リアン殿下の姿が現れた。

 その隣には、光を受けて輝くブロンドの髪、瞳と同じ深紅のドレスに身を包んだ令嬢。


 ざわめきが波紋のように広がり、空気が一瞬で変わった。


 挨拶のため、リアン殿下とミレイユが壇上へ上がる。


 「……来たわね」


 エリザベートは静かに息を吸い、顔を上げる。

 今日起こることなど、すでに想像していた。


 数日前、公爵家にはすでに、あらゆる情報が集まっていた。

 父も兄も、おそらく全て把握している。


 エリザベートがミレイユに嫌がらせをした、という最近の噂。

 いずれも心当たりのないものばかりだったが――

 目的は明白だった。


 エリザベートを貶め、ミレイユを持ち上げる。

 そしてリアン殿下の心は……もうとっくに離れていた。


 今さら言い訳など無意味だ。

 婚約解消はすでに公爵家から正式に打診済み。

 この舞踏会を最後に、領地へ引きこもる準備も整えてある。


 昨日までの友人たちは――もういない。


 ふっと胸が痛んだその時、そっと肩に手が置かれた。

 驚いて顔を上げると、エドガー殿下が傍らに立っていた。


 目が合うと、彼は優しく微笑み、しかしすぐに壇上を厳しい眼差しで見据える。


 「大丈夫だ。君を傷つけたりはさせない」


 壇上からリアン殿下が声を張った。


 「エリザベート、こちらへ」


 覚悟を決めたエリザベートが一歩踏み出そうとした瞬間――

 エドガー殿下が自然な動作で彼女の手を取り、共に壇上へと導いた。


 「リアン、私が先に話しても良いか?」

 「兄上?何を――」


 リアンの声が不審げに……途中で途切れた。


 「可愛い弟と、婚約者を祝うためだよ」


 会場に緊張が走る。

 リアンの眉が微かに寄る。


 そして次の瞬間――

 エドガー殿下は、エリザベートの手を取ってそっと跪いた。


 「エリザベート。私と結婚してほしい」


 「「「「「きゃっあ~~~~!!!」」」」」


 会場は歓声と悲鳴で爆発した。



 次回は水曜日更新します。

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