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聖女という名の魔女達  作者: 星降る夜
第1章 光のかけら

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11 誰も知らない夢


 第1章の締めくくりです。

 ココが見た“ある夢”――そして、それはディーンだけが知るものと響き合います。

 二人の心の奥に触れる、小さな秘密のお話です。


 「調子が悪いのか?」


 馬車の中でぐったりしていると、クロード様が声をかけてきた。

 夜中にうろうろしていたせいかもしれない。


 「大丈夫です……」


 かすれた声で答えると、手袋を外したクロード様が、そっと額に手をあてた。


 「少し熱っぽいな。慣れないせいだろう。明日には着くから、我慢できるか?」


 私は黙って頷いた。たぶん、風邪だわ。


 身体が寒くて、クロード様が持ってきてくれた毛布にくるまって、馬車の中で丸くなった。

 時々誰かが水をくれた。目を開けるのもかったるくて、寝たままだった。


 失礼だったかしら……ぼんやりとそんな事を考える。

 馬車の旅は初めてだから、少しはしゃぎすぎたのかもしれない。


 毛布を引き寄せて潜り込み、目を閉じた。


 ――あ、だめ……


 意識がすべり落ちていくような感覚に、私はそのまま身を委ねた。


 その日は一日、夢の中をさまよっていた。


 風が、やさしく吹いていた。


 藤色の光が草の上を渡り、遠くの森を包んでいく。

 私はその真ん中に立っていて、体がふわふわして、指先の感覚もない。

 

 それでも、どこか懐かしかった。


 「……ありがとう」


 風といっしょに、誰かが私の耳元で囁いた。

 顔は見えないけれど、胸の奥がじんわり温かくなる。


 光が溶けて、夜が戻ってくる――。


 いつか見た夢をもう一度見ているような、そんな感覚だった。

 ずっとここにいたいと思っていたのに、身体が落ちるような感覚がして、現実に引き戻される。


 目を覚ますと、熱はすっかり下がっていた。


 さっきまで、とても幸せな夢を見ていた気がする。

 けれど、内容はもう思い出せなかった。


 あの声だけが、胸の奥にふわりと残っていた。


 気づけば朝日が部屋に差し込んでいた。 

 誰が運んできてくれたのかしら? 自分で歩いた覚えなかった。


 そういえば――お屋敷に着いた、って誰かが言っていた気がする。

 熱で朦朧としていたここ数日の記憶が、すっぽり抜け落ちていた。


 起き上がると、小花模様の壁紙に幾重にも重なったカーテン。

 部屋の中はさわやかなミントグリーンで統一され、チョコレート色の家具が並んでいる。


 凄く豪華な部屋だけど、何だかチョコミントの世界みたい……


 お菓子の世界に迷い込んだようで、嬉しくて、ちょっとウキウキする。


 おやつ、出てくるかしら?


 考えてみれば、この世界に生まれてから、おやつには縁がなかった。

 材料があれば作れそうだわ。今度聞いてみなくちゃ。


 ――ふふふ……


 ん? 誰?

 鈴の音?


 耳の奥で、綺麗な声がした気がした。

 前にも、聞いた事があるような……?


 難しい事は――

 ……ま、いいか。


 久しぶりのふかふかのベッドに身を預け、思いきり伸びをした。


 人生楽しくなりそうだわ、と自然に笑みがこぼれた。


 窓の外では、木々が朝の光を受けて輝いていた。

 柔らかな光に包まれ、昨日までの不安も夢の余韻も、そっと溶けていくようだった。



       ♢      ♢      ♢




 夜が明けきらぬ前、夢の余韻を抱えながら、ディーンは窓の外を眺めていた。


 思えば、あれが最初だった。


 幼い頃、誘拐されそうになり男たちに抱えられて王都の路地を走っていた。

 その時に聞いた――鈴の音のような歌声と、金色の光。


 安心するような、優しい癒やしの光だった。


 しばらく進むと、男たちの様子がおかしくなった。

 隣を走っていた男が、突然立ち止まる。


 「悪い、急に用事を思い出した」

 「どうした?」


 顔色は真っ青だ。


 「今日はお袋の誕生日だった」

 「うぁっ、それはまずい。帰れ帰れ!」


 何言ってんだ?こいつら……

 ってか――今、気づくなよ。

 心の中で突っ込んだ。


 続けてもう一人が振り返る。


 「悪い、親方。俺も急に思い出しちまった」

 「な、なんだ? 追っ手か?」

 「今日は……おばあちゃんとおじいちゃんの結婚記念日だった」


  はぁ? 関係ないだろ。

  僕はこっそり心の中でどついた。


 「ばか者、お前、そんな日に仕事なんかしてるんじゃない! 早く帰れ!」


 ――親方、頭は大丈夫か?


 もはや自分より親方の精神状態の方が心配になってくる。


 次々と人さらいが消えていき、最後に僕を抱えていた親方が、みすぼらしい塀の前に僕を置いた。


 「悪いな。今日は……ポチの命日だった。誰かそのうち迎えが来るだろう」

 そう言って、夕闇の中へ消えていった。


 はぁ~~。

 お前ら、ちゃんと計画立てろよ。

 つっこむ気力も失せるほどの脱力感だった。


 でも――不思議と怖さはなかった。

 ほどなくして近衛兵に発見され、ただの迷子として扱われた。

 本当のことを言っても、どうせ作り話だと笑われるだろう。


 その夜、夢の中で小さな女の子に会った。


『よかったね』


 その一言だけだった。

 けれど、僕にはわかったーーあの子が助けてくれた、と。


 先日――また夢の中で、あの歌を聴いた。

 星々のような光が広がっていた。

 忘れかけていた記憶が胸の奥で揺れた。


 瘴気にあてられ、生死の境にいたあの日だ。

 クロードは「意識がなかった」と言ったけれど、僕は見ていた。


 ――あの子の姿を。また、救われたのだ。


 だからクロードに言って、神殿から連れ出す事にした。

 あの子を、何としても助け出したかった。


 あの夜、部屋いっぱいに広がった祝福の光。

 光がキラキラと綺麗に部屋を舞っていた。


 現実なのに、夢を見ているようだった。

 胸の中を熱い思いが舞っていた。

 気付けば頬を涙が伝っていた。


 理由などわからない。

 ただ、心のどこかが強く揺れていた。


 戸惑うばかりだ。


 そして、また久しぶりに――また、あの子の夢を見た。


 遠くから歌が聞こえる。

 霞の光が揺れ、その中心に少女が立っていた。

 藤色の光をまとい、金茶の髪が淡く透けている。


 綺麗だ――。


「……君は――」


 声をかけようとした瞬間、光は砕けた。


 目を覚ますと、静かな薄明。夜明け前か……

 胸に手を当てると、かすかに温もりが残っていた。


 静かに深く息をつく。


 窓の外で、東の空がゆっくりと白み始めていた。


 ――誰も知らない、光。

 ――僕だけが知っているのか……


 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋に淡い影を落とす。

 吸い込む息に、木の香りと冷たい空気が混じる。


 (……夢、なのか)


 指先に残る温もりが消えない。

 胸の奥で、かすかな痛みが脈打っていた。

 

 あの光、あの声。 いつも助けてくれた“あの子”。


 やっと、見つけた。


 同じ屋敷にいるなんて信じられない。それだけで心が浮き立つようだ。

 なぜ、こんなにも懐かしいのか――その答えはまだ見つからない。


 いつもと変わらない朝。


  ――誰も知らない光は、ここで、ひっそりと輝いている。




 次回から第2章が始まります。ちょっと間が開きますが次回は土曜日に投稿です。

 第2章からは、ココを取り巻く世界のお話になります。楽しんで頂けると嬉しいです。

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