勉強ばかりの息子に「たまには外に出なさい」と言ったらベランダで勉強をはじめた。
「外に出なさい」
私には来月高校生になる息子がいる。名前は初斗。暇さえあれば勉強ばかりで、家にこもりがちな初斗。
精神科医になるのが初斗の夢だ。
医大に一発合格するにはそれなりの学力が要る。息子の努力は立派だと思うけど、まだ十五歳の子どもだ。たまには外に出てリフレッシュしてほしい。それが親心というものだ。
ある土曜日。今日も朝から机に向かう初斗を見て、私は声をかける。
「初斗、たまには外に出なさい。ずっと家にこもってたら体に悪いわよ」
「母さんがそう言うなら」
素直な返事に安心した。やっと外で気分転換してくれる気になったのね。
私はキッチンで家事をしていたけど、いっこうに玄関の開く音がしない。ふと、やけに部屋が涼しい気がしてベランダの方を見る。カーテンが風に揺れているので開けてみた。
そこには……折りたたみ椅子を持ち込み、真剣な顔で医大の赤本を開いている初斗の姿があった。
賃貸のベランダは、身長百八十の男子には狭かろう。
三月上旬、鎌倉だから日中気温は十度を少し超えたところ。寒さ対策にカーディガンを羽織ってひざ掛けまでかける用意周到さだ。
初斗はうららかな日差しを浴びながら、部屋にいるときと同じように本を読む。
「ちょっと初斗。外に出るんじゃなかったの?」
思わず叫んでしまった私に、初斗は本から目をそらさず、のんびりした声で答える。
「母さん。ここは屋外だよ。これなら日光でビタミンDも取れるし、健康的で理にかなっているでしょう? 喫茶店に行くとお金がかかるし勉強のための長居はできない。近所の図書館は小学生の遊び場になっていて、うるさくて嫌いなんだ」
「いや、たしかに屋外だけど……屋外だけど、そうじゃないのよ。たまには子どもらしく外で遊んできてもいいのよ?」
パート先の、同じく高校生の子を持つ女性は「うちの馬鹿息子はいくら言っても遊んでばかりで呆れるわ」と嘆いていたが、うちの子は勉強熱心がすぎる。
ちょうどいいがないというかなんというか。
高校に入学してからは旅行が趣味の活動的な友達ができ、彼が初斗を引っ張り出してくれるようになった。
土日になると江ノ電に乗って江ノ島の方まで足を伸ばす。
少しは外の世界を見てくれるようになって安心した。