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ある実験  作者: 砂川
8/13

なな日 目 ―ー毛受武人III―ー

 翌日の教室――。


 Laplaceと授業とテスト期間中だけの関係と思われていた友人達が、武人の周りに集まる。


 グループにいた全員ではないが、大部分がその場にいた。


 その誰もが青い顔をして体調が悪そうだ。


 やおらその中の1人が言った。


「俺、不破を見た……」


 もちろん彼が北海道に旅行に行ったわけではない。


 雑踏にいたそれらしい人間を、海音と思い込んだだけである。


 ただし、主観的にはそれは間違いなく海音の怨霊であった。


 その言葉を皮切りに、他の友人達も口々に「自分も見た」と言い始める。


 くどいようだがこの中でわざわざ北海道に行き、日ハムが惨敗した試合を見た人間はいない。


 友人達の話を聞いて、武人はため息を吐く。



 今更か――、と。



 今更事態の深刻さを理解したのか、と。


 ただしその深刻さは、武人の想像を超えるほど進んでいた。


「盗聴した奴いたじゃん、あいつ死んだらしい……」


「!?」


 さすがにこれには、武人もはっとなって顔を上げる。


 まさかこんな()()()()で、死人が出るとは予想だにしていなかった。


 海音の怨念はそこまで強力だったのだ。


 武人は震え上がった。


 事実は気を病んだことによる不注意から車に轢かれて足の骨を折り、病室のベッドで怯えているだけだったとしても。


 スマホはその際車に踏まれて粉々になったが、そのスマホが呪われてると思った彼はそのままにしていた。


 そして、ほぼLaplaceだけの関係で繋がっている彼らにとって、Laplaceにいない事は死んでいるも同然だった。


「な、なあ、どうしたらいいと思う!?」


「……結局俺達は何も知らないままだ」


 武人は深く気を吐きながら、もったいぶるように言った。


 その芝居がかった仕草は、これまでの平凡な武人からは想像できない。


 今回の噂に最も踊らされていたのは、間違いなく彼であった。


「だからいい加減聞かなきゃならないと思う、湯上谷先生に。正直に話してくれるかはわからないけど」


 事ここに至り、ようやく武人は湯上谷教授と話すという選択肢を選んだ。


 もし湯上谷教授がそれを知ったら、むしろ遅すぎだと非難しただろう。


 しかし間の悪いことに、湯上谷教授はその日地方の講演会があり、出張していた。


 湯上谷教授と個人的に懇意になっていた人間がいたら、交友関係から別の教授に話を聞くなりしてそれを知ることはできただろうが、彼らはそこまで勤勉な学生ではない。


 真剣に打ち込んでるのはLaplaceのやり取りだけである。


 出張を全く知らない武人は、男の友人達と共に湯上谷教授の教授室に向かう。


 しかし、と言うべきか当然と言うべきか、教授室には鍵がかかっており、窓から中を除いても誰もいない。


「ど、どうする?」


「・・・・・・」


 武人は即答せずに考える。


 教授室は連なっており、両隣の教授は在席しているので強引な方法で中に入ることはできない。


 だからといって、このまま帰れば自分達もあの盗聴した友人と同じ末路をたどる気がしてならなかった。


 こうしている今も、海音の視線をひしひしと感じる。


「……最低限のことはしよう」


 そう言うと武人は昨日から常に持ち運ぶようにしていた小皿を教授室の前に置き、神社でお祓いをしてもらった塩を盛る。


 まるで湯上谷教授の教授室が禁足地であるかのような対応をした。


 そんな武人を友人達はいぶかしむどころか感心した。


 ここまで用意周到だったのかと。


 彼らにとっては現実的な行動より、オカルトチックな行動の方が信頼を得られた。


 それからまだ教室に残っていた友人達と一緒に、近くの神社にお祓いを受けに行くことを提案する。


 湯上谷教授と連絡が取れない以上、今はそう言ったスピリチュアルな防衛策に頼るしかない。



 集団で最寄りの神社に向かう学生たち。


 その途中で、ある女の子が不意に言った。


「……もしかして、湯上谷先生もすでにこの世にいないんじゃ……」


 突飛すぎる憶測である。


 大学事務局に聞けば、出張の事ぐらいは教えてもらえたのに確認するよりまず妄想を暴走させた。


 そしてそれは伝染病のように彼らの間に広がっていく。


「お、俺はもう嫌だ! 帰る!」


 1人がそう言って突然走り出す。


 その際、またしてもあの盗聴した学生のように、車に轢かれそうになった。


 言うまでもなく完全な不注意だ。


 だが今の彼らにとっては、全ての事故が海音の怨霊による仕業なのである。


 それを見た女の子の1人が、泡を吹いて白目をむく。


 医学的に見れば過度のストレスによる失神状態だとしても、その医学より怨念が彼らにとっての常識だった。


 そこから先は阿鼻叫喚の地獄だ。


 典型的な集団ヒステリーが起こり、ある学生は叫び、ある学生は失禁してその場に崩れ落ち、ある学生は泣きだした。


 誰もいない田舎道ではなく、都会のど真ん中での集団奇行に周囲の人間達が何事かと集まり、スマホで写真を撮る。


 あまりにありえない狂乱ぶりに、誰もがそれを映画やドラマの撮影か何かではないかと思っていた。


 そんな友人達の中にあって、武人は冷静であった。


 ()()()()()()()()


「時間がない……」


 彼はぼそりとそう言うと、暴れる友人達を尻目に一人姿を消した……。

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