5~6日 目 ――毛受武人2――
その日武人は一睡もできなかった。
一晩中Laplaceのグループでやり取りを続け、不破の亡霊が頭から離れなかった。
誰も死体を見たわけではない。
湯上谷教授が殺した方法どころか、動機すらあやふやだ。
普通大学教授が自分の講義を休講にされただけで人を殺したりはしない。
それでも、みんながああ言っているのだから、やはりこれは妄想などではない気がした。
宗助の脳裏に不破の顔が浮かぶ。
親しい関係どころか、今回の件がなければまともに話すこともなかっただろうが、少なくとも悪い人間ではなかった。
そんな彼が、日に日に怯えてやせ衰える姿を、宗助はつぶさに見てきた。
どんな内容にせよ湯上谷教授との間で何かあったと考えるのは自然だ。
もちろん、実際に何かはあった。
その何かが分かれば笑い話にできただろうが、今の武人には状況証拠から想像することしかできなかった。
みんなが噂しているような想像を。
海音を湯上谷教授に引き合わせた武人は、誰よりも強く責任を感じていた……。
結局、全く眠ることもなく武人は大学に行く。
その日は1限目から出席が必須の講義があった。
本来なら海音もその授業に出席しているはずであった。
武人は念のため教室を探したが、当然その姿は影も形もない。
そして海音の姿を見つけられないまま、講義は始まる。
講義は最初に出欠の確認をする。
その際、海音の名前が飛ばされた。
これは言うまでもなく湯上谷教授がその教授に出席扱いにするよう頼んだためで、冷静に考えればこれで海音の欠席が大学に認められた公式なものであると分かっただろう。
だが徹夜明けで頭が回らず、さらに責任感に押しつぶされそうになっている武人の思考は暴走する。
海音は湯上谷教授個人ではなく大学ぐるみで存在を消されたのでないか。
大学にとって不都合な秘密を知ってしまったため、海音は消されたのではないか、と。
血走った目でそんな誇大妄想に囚われていた。
講義中、武人はLaplaceのグループに自分の考えを熱弁する。
今までは友人達の考察に受動的に反応するだけであったが、今回初めて自分から意見を書いた。
武人の突飛な発言を、友人達は否定するどころか称賛した。
鋭く、素晴らしい推理力だと。
もはや彼らにとって海音の死亡は確定事項で、問題の焦点は殺された理由であった。
そして海音は死後も自分達に何かを伝えようとしているのだ、と。
実際の海音が伝えたいことは、スマホが使いたいだけであるにも拘らず。
自分の妄想に縛られた武人は、盗聴した友人に実際の録音データを聞かせてほしいと頼む。
その友人も自分一人で抱え込むことに耐え切れなくなったと言い、音声データをLaplaceにアップロードした。
その行為に女の子達から非難の声が殺到する。
聞けば呪われそうなものをアップロードするとは正気か、と。
リーダーのいないグループでも最初にそのグループを作った管理人はおり、盗聴器の彼はグループから即追放され、音声データも即刻消された。
ただ、武人は詳しく調べるためにすぐにデータをダウンロードしていたので、音声を聞くことはできた。
それから女の子達を中心に、これ以上拘わらず、海音の死を悼む流れにしようという見るに値しない流れになったので武人はLaplaceを終了し、無料ソフトを使って音声データの解析を始める。
(これは……)
講義中にも拘らずイヤホンで何度も聞いていると、引くくぐもった男性の声が入っている事に気付く。
武人は海音からの声だと頭から信じ込んだ。
さらに妄想は妄想を呼び、海音は霊になってその時知った秘密を盗聴器を通して伝えようとしているのではないか、という結論に至る。
武人は吐き気を覚えた。
女の子達の言う通り、聞けば聞くだけ自分も呪われるような気持ちになってきた。
私利私欲のために湯上谷教授に引き合わせた自分を、海音が地獄から呪っているように思えた。
次第に思考はその無念を晴らさなければ呪われるという方向に進み、武人は込み上がる嫌悪感と恐怖に耐えながら、音声データを聞き続ける。
そのうち、くぐもった声が意味を持っていることを突き止めた。
「たす……け……て……ここ……は……や……み……」
武人にはそう聞こえた。
その結果に武人はぞっとする。
いったい海音は何を知ったのか。
武人は思わず周囲を窺った。
その時、教室の片隅に海音によく似た後姿を見かける。
似ていると言っても、ただ着ていたTシャツが海音がよく着ていたものと同じという共通点があるだけで、何より最初から教室にいて自分自身が海音でないと結論を出した人間だ。
けれども海音の霊だと信じ込んでだ武人は、教室から足早に去って行った。
そして呑気に哀悼の意を表しているグループの仲間達に、今起こったことを正直に言った。
"俺達は海音に試されている、あいつは関わった俺達の背後でずっと監視している"
と――。
女の子達は「私は無関係」と次々に書き込み、グループから去っていく。
男も自分は関わり合いになりたくないと、次々にグループから去っていく。
最終的に、グループには武人1人だけになった。
「……絶対後悔することになるぞ」
武人は去っていく元友人達を見ながら、呪いにも似た思いで確信するのだった……。