3日目 ――湯上谷宗助③――
(支離滅裂もいいとこだな……)
ウイルスソフトによって送られてきた毛受のLaplaceでのやり取りを、宗助はそう評した。
昨日、毛受から具体的にどうしたかの報告は宗助の元にはもたらされなかった。
教授室でそこまでしろとは言っていないのでそれも当然だ。
しかし、こうしてウイルスソフトを使えば、何を言っていたかは一目瞭然である。
学生達は場所が分からなかった不破の住所を、おのおの勝手な推測で見つけようとしていた。
毛受が少しでも頭を働かせられれば、自分が頼んだ手前断ることができない立場にあると気づいただろう。
それをせず、泣き言を言ってばかりの教え子に、宗助は教師としての限界を突き付けられたようで少し空しくなった。
だからといって、自分から教える気は毛頭ない。
これはそういう実験だ。
初めは本当に不破の住所を探すような、考察が行われていた。
曰く帰るときどの駅で別れたかとか、Laplaceでどんな場所の話を中心にしていたか、など。
けれど次第に話は脇道に逸れ、主題は不破の態度へとシフトしていく。
あの日以来不破が死にそうな顔をしていたのは事実だろう。
教授室に来た不破の姿が芝居だったら大したものだ。
その様子を遠巻きに見ていた自称友人達はそれなりにいて、まるで事件現場を通報もしないで撮影する野次馬のように、憶測を交え勝手に話していく。
話はネガティブなものほど議論され、"杞憂だ"というようなポジティブなものはほとんどが無視された。
まさに悪貨が良貨を駆逐するだな、と宗助は他人事のように思いながら見ていた。
(それにしても情報量が多い……)
宗助は我知らず目頭を押さえる。
Laplaceのチェックで、小説半分ほどのくだらない話を読まされることになった。
なぜこんなくだらないものが全て読めて、その1/10も文章がない教科書が満足に読めないのかと、不思議にすら思えた。
やがて、元の不破の家はどこかという議論ははるか彼方に追いやられ、不破は宗助の秘密を知ったために拉致されたのではないかと言う、安物の2時間ドラマでしかなさそうな結論が主流になった。
まさに噂を研究した宗助が予想した、面白さしか追及していない滅茶苦茶な結論である。
ただし、拉致という点においてはあながち間違いとも言い切れなかったが。
毛受の宗助が不破の身を案じたのは、疑いから目を背けさせるためだった可能性が高いという子供じみた推理に、子供じみた他の学生達が飛びついた。
今はその秘密が何かが主題になっているようだ。
宗助は苦笑しながらノートパソコンを閉じる。
現在進行形で更新されているため、最後までずっと見ていたらさすがにキリがない。
学生達はこれを夜通ししているのだろう。
講義中寝ている姿を見るのも当然だと、宗助はつくづく思った。
(それにしても予想以上の進展ではあるな)
宗助は顎に手を当てた。
自分自身に対する疑惑に対しては、かほども気分を害していない。
そんなどうでもいい事より、たった1日でここまで妄想が暴走する学生達が興味深かった。
宗助の学生時代、いきなり姿が見えなくなった友人が出ても、こんな無茶苦茶な妄想をすることはなかった。
たいてい、どうせ気ままな貧乏旅行にでも行ったのだろうと決めつけ、どうしても気になれば家に行った。
お互いの住んでる場所も知らないような間がらでは、当時は友人とは呼べなかった。
宗助から見れば、彼らは顔見知りの集団だ。
顔見知り程度の関係のため、得られる情報があやふやで、情報伝達の手段が乏しかった大昔より正確な情報が得られない。
何とも皮肉な話だなと、宗助はつくづく思う。
実際の不破は、朝の電話から北海道旅行を満喫しているのが明らかだというのに。
(しかしまだ足りないな)
集団妄想は進んでいるが、それが現実の世界にまで影響は与えていない。
宗助が見たいのはむしろそちらだ。
たとえ自分の扱いがこれからさらに悪くなったとしても、それが見られれば差し引きで大きなプラスである。
だからと言ってこれ以上のテコ入れは、実験の妨げ……改ざんに等しい行為になる。
あくまで彼らが自然に暴走しなければならない。
宗助は10日の間に大きな動きを見せてくれることを期待しながら、今までの内容をレポートにまとめるのだった……。