憧(あくが)れ出づる
「なぁなぁ、知ってるか?蛍ってさぁ、人の魂が…」
「はぁっ!?何言ってんの?バッカじゃないの?」
私はくだらない怪談話で盛り上がり始めた男子の会話をぶった切った。
「蛍はただの昆虫で、光るのは求愛行動なの。
風がなくて、蒸し暑い曇った夜に飛ぶのは、
成虫になると水しか口にしないから、体力が無いの。
怪談話の幽霊と一緒にするな。非科学的なっ!」
「ちっ!いづみはジョーチョってもんがないよな~。」
「くだらないオバケ話の情緒なんて要らんわ。」
言い合いになりそうなタイミングで予鈴が鳴って
みんなそれぞれの席に戻っていく。
別に理系女子を気取るつもりはない。
ただ…、怖い話が実は苦手だから、理科にかこつけて遮っちゃっただけ。
生き霊なのか、死んだ人の魂なのか、蛍が水辺へ誘って人を溺れさせる。
噂って言うか、伝説くらいは知ってるから。
大体、蛍は清流にしか棲めないんだから、ここら辺にいないんだし。
頑張りすぎて遅くなった塾からの帰り道
私はブツブツ独り言を言いながら近道の川っぺりを歩く。
月がふわりと雲に隠されてあたりがすぅっと暗くなった。
ゾクッとして知らず、少し早足になる。と
「蛍!?ウソでしょ?こんな街中で!?」
かがり火の火の粉よりゆっくりと飛び、ほのかに明滅を繰り返す光。
全身に鳥肌が立つ。
「や~い、びびってやんの~。いづみだって怖いんじゃん。」
昼間の怪談男子たちが物陰から現れた。
「ふん、驚いただけ。どうして、こんなに蛍がいるのよ!?」
「川に蛍を呼び戻そうってキャンペーン張るのにデモンストレーションだって。」
そっか、こいつの父親、町内会長だったわ。
冷やかしの声を浴びながら、一人その場をあとにする。
ヒタヒタヒタ… 密やかな私のじゃない足音。
水辺に誘う、人の魂…!?
思わず、走り出すと
「いづみ!待って~、走らないで~、追いつけないよ~。」
「ママ!?どうしたの?」
「遅いから、迎えに来たんじゃないの~。なのに走るから。」
ママが胸に手を当てて、息を整える。
「さっき、蛍がたくさんいて、伝説思い出しちゃって、怖くなっちゃって。」
「強気なリケジョのいづみにしては、珍しいわね。」
ママが笑って、私もほっとした。夜道を二人で帰る。
「蛍で誘って、溺れさせるなんて、もう、百年くらいはやってないんだけどね。
なかなか、噂って消えないのねぇ。」
暗く笑って、呟いたママの声はいづみには聞こえなかった。