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第6話 滅びよ魔物

「どういうことだ……」


 俺の知識では、死の森そばの街は、死の森からの定期的な討伐によって得られる素材などで発展した大きな街だと聞いていた。しかし、目の前に広がる光景はその知識と矛盾していた。ボロボロの防壁、荒れた街道、周囲には人の気配もない。一応門の体をしているが、すでに閉じることもできないほどに朽ち果てている。木で作られた防壁というより柵で、周囲の隙間を埋めているような状態だ。これは、俺が10年前に過ごしていた村程度の防備なのではないかと思わせる。


 慎重に街へ近づくと、動くものを発見した。槍を持つ一人の兵が、怯えた目でこちらを伺っている。


「あのー……街に入りたいのですがー!」


 敵意がないことを示すためにできる限り丁寧に声をかけた。


「ど、どこから来た!?」


 その兵士はボロボロの鎖帷子に鉄製の槍を携えているが、おどおどとした素振りで周囲を疑いながらこちらをジロジロ見つめている。疲れ果てた顔をしており実年齢がわかりにくい。20代後半かもしれないし、40代と言われてもそうなんだろうと納得してしまいそうだ。


「実は村を襲われて大怪我をして、有る人のお世話になってようやく動けるようになったんです」


「ああ、まぁ、珍しくもない話だな。野盗……ではないんだろうな……お、お前、魔王軍の関係者ではないんだな?」


「魔王軍?」


 はて、そんな話は師匠からも聞いたことはない。


「魔王って、なんですか?」


「……魔王軍の輩がそんな不敬な事を言うはずはないな、よし、こっちにこい、急げ! 魔物に気が付かれたら大変だぞ」


 はいはい、と俺は小走りで街の中に入る。街の中も荒れている。建物はボロボロだし、人も少なく、皆死んだような目をしている。


「ここは大きな街だったと聞いたんですが」


 俺の言葉に、その男はため息をついた。どこの世間知らずだよと呆れている様子だ。


「お前は何年前の話を聞いている?」


「八年前ですね」


「そうだな、八年前ならそうだろうな。ちょうど魔王軍の攻撃が激化した頃だからな」


 目を細め、昔を思い出すようにその男は語りだした。


「本格的に魔王軍が攻めてきたのは5年前。その前から魔物に滅ぼされる村の報告が急増していた。きっとお前の村もそうだったんだろう」


「俺は、エルドリアって村に住んでいました」


「エルドリアか、たしか鉱山開発のための足がかりに作られた場所だったよな……こう見えて俺は昔は役所づとめしててな……」


 その男は寂しそうに笑った。確かに、兵士としての彼は細く、戦士の身体ではない。多分彼自身も俺の体と見比べての自虐的な笑いでもあったのだろう。


「よく、生き残ったな」


「ええ、本当に運が良かったです……」


 その言葉を口に出すと、胸が熱くなり拳を握る手がギシギシと音を立てそうになる。


「とにかく、ここは以前のような場所ではなくなった。死の森に逃げ込んだほうが安全かもなぁ……」


 その死の森から来ましたとは言えるはずもない。しかし、現状、その言葉は正しいだろう。奥の魔獣もかなりの数を間引いているし、魔素濃度もかなり低下している。もしかしたら人間が住めるようにできるかもしれない……


「ほら、今じゃあそこが街の役所だ。身分登録だけでもしてこい」


 もともとの作りが頑強なせいか、この街にあっては一際立派な石造りの建物。その入口には大きく「冒険者ギルド」と書かれていた。分厚い扉を押し開けると思ったよりも人がたくさんいた。ざわざわとした人による喧騒は久しぶりに感じるが、俺が扉を開けて入ると水を打ったように静かになる。


「珍しく外からの人間だ。8年前に村を滅ぼされた不幸な若人らしい」


「なんだグレイ、珍しいな」


 ギルドのカウンターでは陰気臭い親父が俺とグレイ、衛兵を見比べていた。グレイを見る見下したような視線が、少し気になる。


「こいつが使えるやつなら俺なんかが外を守らんでもいいだろ?」


「はっ、ちげぇねぇ。おい、お前これに記入しな、字は書けるな?」


「ああ」


 基礎的な学問は師匠から叩き込まれている。


「なんだよ、見た目と違ってすげーきれいな字だな。グレイ、文官でもこいつの方が使えそうだぜ」


 ぎゃははは、と下品な笑いが周囲から起きて、グレイさんは少し居心地を悪そうにしている。少し、気分が悪いな。


「あー? 野獣や魔物退治を生業にしていた? おい、これは本当か?」


「ああ、そうだ」


「……ブワッハッハッハッハ!! こんなガキが!?ちょっと身体を鍛えているからって調子に乗った田舎者が見栄を張ったのか? 剣一つ持ってもいないのにそんな話信じられるわけないだろ!」


 俺を馬鹿にしたようにその場に笑い声が木霊した。くだらない。今、誰かをバカにして何になるというのだ。ここまで危機的な状況なら力になりそうなやつは最大限に利用すればいいのに……それに……


「少なくともこの場にいるやつよりはましなはずだ。誰一人俺の力を見抜いてるやつがいないんだからな」


「何だとぉ!!」


「おい、ばか、やめとけっ! お前は知らないだろうが、ヴァルガスの旦那は今のこの街のまとめ役だ。目を付けられたら生きていけねーぞ!!」


「もう遅いっ!! やっちまえ、こいつに世間の厳しさを教えてやれ!!」


「おうっ! 二度とでかい口を叩けなくしてやる!!」


 背後から二人、左右からも二人かかってきた。ため息が出る。本当にコイツラは、弱い。師匠の指先ほどの実力もない。俺は背後から迫る男の腕を取り、もうひとりの前に引っ張り出す。勢いを止められないで激しくぶつかり合う。左右から迫る二人は殴りかかる拳をぽんと押して背後から来た男の後頭部を殴らせておく。


「ぐわっ」「ぐへぇ」「いってぇ!!」「ゆ、指がぁ!!」


 周りの者は何が起きたかわからない様子でオロオロとしている。俺はヴァルガスとやらに向き直り、少しだけ凄んでやる。


「ヴァルガス《《さん》》。今こんなことをしている場合ではないのでは? 俺は魔物を心の底から恨んでいる。頼まれなくても魔物は殺す。俺を利用したほうが、この街の《《ため》》になると思うぜ」


「あ、ああ、そ、そうだな。ああ良いだろう!存分に魔物共を殺してくれっ!!奴らは頼まなくてもいくらでもやってくる!!」


 同時にカーンカーンと鐘の音が響く。


「ほらな、北門に向かえ!名前は……」


「アレスだ。グレイさん、北門はどっちですか?」


「ああ、連れてくよ。す、素手で良いのか?」


「何かあれば使いますが」


「これを持ってけ」


 ヴァルガスは伸びている男の腰に刺さっていた鉄剣を放り投げてきた。


「お前が持っていたほうが役に立つだろ」


「借りておく」


 俺とグレイさんは外に飛び出した。


「やばいぞ、この鐘の音、敵の数が多い」


 鐘は注意深く聞くと回数と間隔で情報を知らせていることに気がつく。師匠から教わったいくつかのパターンで解析すると。


「北、大量、直近か」


「お前、なんでわかるんだ?」


「師匠に教わった」


「そうか、良い師匠なんだな」


「ああ、最高の師匠だ」


 俺の中でグレイさんの株が上昇した。


「大丈夫か!?」


「グレイっ!やばいぞっ!!逃げたほうが良いんじゃないか?」


「そんなにか?」


「ああ」


 遠くに砂埃が上がっている。走ってくるのは、間違いない、魔物だ……赤く光る目、俺の、敵だ。


「行ってくる」


 俺は背負っていた荷物を置いて、次の瞬間には地面を蹴り出していた。


「はぁ?」


 背中にグレイさんの素っ頓狂な声を受けながら、防柵を飛び越えて走り出した。落ち着けよ、ここで魔紋を出すわけにはいかない。制御した力で魔物共を殺す。


 もらった剣を抜き、ルーンを刻む。強固のルーンを3つ重ねがける。切れ味などは期待しない。頑丈であればいい。


 突然飛び出してきた俺に敵意をむき出しのシャドーウルフ、真っ赤な瞳が線を引き、一斉に俺に飛びかかってくる。


「ああ、殺せる。魔物を、殺せるっ!!」


 心は燃やせ、頭は凍らせろ。俺は、歓喜を押さえて冷静に剣を振るう。切れ味の悪さは膂力でカバーして振り抜けば肉が爆ぜて内腑が飛び散る。


「久しぶりの大量の獲物だっ!!」


 俺は、久しぶりの大群に嬉々として襲いかかった。剣を振るうたび血が飛び肉が散る。魔物が死んでいく。いつの間にか魔物たちは進むのを止めて俺を取り囲むように襲いかかってきていた。


「もっと来いよ、狩られる側の恐怖を叩き込んでやるっ!!!」


 燃え上がりすぎた心の熱は言葉で吐き出し、冷静に対応を続ける。


「土の精霊よ、泥濘に変わりて敵を捕らえよ」


「木々の精霊、縛り上げ封じよ」


 確かに数は多いが、良くて中型、上位の存在はいない。こんな程度の魔物の魔石ではもう俺は成長しない。あのキマイラを超えるような魔石でなければ、すでに俺は成長しなくなっている。


【な、なんなのだ貴様は!?】


「ん? 人間の言葉を話すのか?」


 声に反応してそちらを見ると、青い肌をしたガリガリの異形の人形がいる。その目は魔物の証である赤い瞳、しかし、人形は見たことがない。


「お前は、魔獣か?」


【あんな獣と一緒にするな、我は魔王軍第4師団先遣隊隊長グリム様だぞ!脆弱な人間が我が部隊を……許せんっ!!】


 魔力の収束、魔法を使うのか、しかし古代語ではない。


【影の深淵より生まれし鋭利な刃よ、我が敵を切り刻めっ!シャドウブレイド!!】


「ファイアーショット」


 漆黒の刃が現れ俺に向かって飛ばそうとしていたが、俺の小さな火弾を受けて簡単に消えてしまった。魔力の収束も何もかも低レベルだ。


【な、なんだと!?】


 アイツからは少し話を聞かないとな……俺は加速し、グリムとやらの腹に拳をめり込ませた。


【がっはっ!!】


「大地の精霊よ我らを包む防壁を!!」


 周囲の大地が盛り上がり、魔物と俺たちを包み込む。こうすれば周囲からは見えないだろう。それに、もう、他の魔物も始末してしまおう。


「大気の精霊、風の精霊、その御力を貸し我に敵を引き裂く刃を与えん。無尽蔵な力の奔流は敵を飲み込み幾万の刃が踊り狂え……ウィンド・ブレード・テンペスト!」


 俺を中心に壁の内部に取り込んだ全ての魔物を襲う無数の刃が嵐のように暴れ出す。魔物はその刃に切り刻まれ、大量の屍をその地にさらすことになる。うっすらと魔紋が浮かび上がったが、すぐに抑え込む。俺はまだ悶絶してるグリムを放り投げ、水球をぶつける。


「お前には色々と聞きたいことがある」


 グリムは恐怖に染まった瞳で俺のことを見上げていた。

 ああ、魔物を見ていると、魔紋が疼く……

 俺は光だしていた魔紋を抑え込み、頭を冷やしていく……

 


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