神様は誘拐犯
初投稿です!!!!雨宮 舞と申します。これからもっと小説を書いていきます。
「ねぇ、もし私が誘拐されちゃったら、健人は助けてくれる?」
僕がいつも通り、高校へ向かう朝の道中で、隣で歩く森下綾華が突然そう聞いてきた。
綾華とは小学生の頃からの幼馴染で、家が隣同士ということもあり、高校一年生ももう後半を向かえる十二月になった今でも、朝は欠かさず同じ学校へ、二人で通っている。別に僕らは付き合っている訳ではない。こればっかりは昔からの名残りで、いつまでも辞められず、辞めるつもりもなかった。この考えはおそらく綾華も同じで、互いに気を遣うことのない心地よい距離感を長らく維持していた。
綾華は昔からよく笑う子で、天真爛漫で、どこまでも我が道を行く、いわゆるおてんば娘だ。そのせいで、昔はその眩しい性格の彼女とは真逆の僕は、彼女によく振り回され、手を引っ張られていた。
そんな彼女からの突然でぶっ飛んだ質問など、死ぬほど聞いてきたので特に珍しくはなかった。
「お前は強いから誘拐なんてされないだろ〜」
と、特に考える事をせずにいつも通りの返事をした。
何を考えているのか分からない綾華のことだ。全てに脳を使ってはかえっておかしくなる。という長い経験を経て至った僕の対応だ。
「は〜??ちょっとそれどういう意味?」
彼女は僕のデリカシーの無い返答にイラついたようで、僕の首に腕を巻きつけヘッドロックを仕掛けてきて、僕の顔は彼女の胸に当たってしまうぐらいの距離になった。
「ちょっ…!!やめろって…!(笑)謝るからっ…!(笑)」
僕はほのかに鼻にくる女性特有の甘い匂いと、胸の感触に負けながら、犬にも勝てなさそうな弱々しい抵抗をみせた。
しばらくの戯れ合いの後に、綾華は満足したと言わんばかりに「はぁ〜」と僕を腕の中から解放し、
「じゃあ私、委員会のお仕事あるから、先行くねっ!」
と言ってあっという間に走り去ってしまった。
最近、綾華はそうやって一緒に登校している最中に、先に走って学校へ行ってしまう。自分も走って追いつこうと、初めのうちは頑張っていたが、運動音痴の僕には綾華のスピードには敵うことがなく、今はこうやって見送るだけになっている。
委員会の仕事が忙しいなら仕方がないとは思うが、やはり寂しく感じてしまうものだ。
ふと、先ほど見て見ぬふりをした綾華の異変について少し考えた。
さっき、綾華にヘッドロックを掛けられている時、腕の袖が少し捲れ、本来綾華の白い素肌があるところに、白い包帯があったこと。
それは、いつも通りの綾華に隠れた真実の種を見つけた瞬間だった。
*
気が付けば高校一年生は矢のように過ぎ、いつの間にか梅雨空が目立ち、紫陽花の花が咲き始めた頃、高校二年生になった僕はいつも通り綾華と学校に通う毎日を送っていた。
しかし今日も綾華は、「先生に呼ばれているから」と先に学校へそそくさと行ってしまい、僕は結局一人で校門をくぐっていた。
綾華の異変に気付いたあの日以降も、少し話したら先に行ってしまう日が続いた。綾華は昔のような相変わらずな態度だが、僕はなぜ綾華がこんな事をするのか、薄々勘付いていた。
履き物を上ばきに履き替え、階段を二階分登り、自分のクラスの教室にもうすぐたどり着くという所で、僕の教室の隣の一番奥の教室から、複数人の汚い大笑いが聞こえた。
そこは綾華のクラスだった。
ああ、またか。と僕は朝から憂鬱な気分になった。
そう、僕の幼馴染、森下綾華は、
いじめられている。
僕がこの事に気付いたのは、綾華の腕に包帯が巻いてあることに気付いた日だった。あの日の僕は、どこか気持ち悪く思えて、綾華に悟られぬよう彼女の動向を重点的に調べ始めた。
どうやらいじめは高校生活が始まってすぐの頃から始まっていて、どうしていじめが始まってしまったのか、そこまでは分からなかった。綾華は人に嫌われるようなタイプでもないし、嫌われてしまうような事なんてなおさらしないはずだ。
ただそういう奴らの暇つぶしの的として目を付けられてしまったのか。その根幹までは闇の中だった。しかし今綾華が理不尽な攻撃を受け続けていることは確かだ。僕は誰にも気付かれないように綾華の教室を覗いてみた。
中の様子は思った以上に悲惨だった。綾華のものだと思われる机は落書きで黒くなっていて、ついさっきまで僕の側で元気でいた綾華は汚水でビチャビチャになり、その彼女を囲うようにして立っている五人の女子がケタケタ笑っていた。
これがおそらく、僕より先に学校へ走って行く原因だろう。彼女は僕に心配させまいと、約一年間いじめを受け続け僕の前で“いつも通り”を演じ続けていたのだ。
なぜ綾華がこんな仕打ちを受けなければいけないんだ。辞めさせないと。助けないと。自分がやらないと。と毎日思っても、僕は今まで周りの大人や警察などに相談する事も、綾華本人に事情を問い詰める事も、ましては自分が止めに入る事も、勇気がなく、何も出来ずに気づかないふりをしていた。
そうこうしている内に、綾華を痛めつけるのに飽きたのか、五人が教室から出てきそうな雰囲気を感じたので、猫のように速やかに自分の教室に戻った。
それからその日は、あの教室の想像を絶する惨状が頭のあちこちにこびりついて、授業など聞いていられなかった。綾華は大丈夫なのだろうか。僕はそれだけを考えていた。彼女はいじめられている事をどう受け止めているのか。やはり誰かに告発した方がいいのではないか。彼女をどうにかしてあげられないかとあらゆる思考を巡らせていると、昔のある出来事を思い出した。まだ綾華と知り合って間も無い小学校低学年の頃だ。
その時から自分から何かを発信するのが苦手でなよなよしてた僕は、同学年の人間から馬鹿にされたり、からかわれる事が何度もあった。しかしそんな時決まって綾華はいじめっ子を追い払い、助けてくれた。
「健人も健人で何か言ってやりなよ!だから舐められるんだから。」
と苦言を呈されることもあったが、そう言いながらも自分より大きい男にも全く臆さず、いつも助けてくれる男勝りな彼女を尊敬していた。
そう、そんな強い己を持つ綾華のことだ。陳腐な嫌がらせなどに負けるわけない。今も何か考えがあるのではないか。どうせ気付いたら一人で解決しているだろう。彼女ならそれができるはずだ。だから僕にこの事を隠しているんだ。初めから僕の出番はないんだ。と昔の経験をもとにそう解釈する事にして、それ以上考えることをやめた。
*
翌日、僕はいつも通り綾華と登校するために、彼女の家の前で待っていた。
…おかしい。今日はいつも彼女が出てくる時間が過ぎても、いつまで待っても、玄関の扉が開くことがないのだ。休みの連絡は来ていない。何度か電話をしたが、一向に出る気配がない。珍しく寝坊をしているのか。綾華は一人暮らしだから、こうなっては起こしてくれる人がいない。そろそろ出発しないと遅刻してしまう時間まで来て、痺れを切らした僕は彼女の家に入り、直接起こしに行こうと思い、ドアノブに手を伸ばそうとした。
その時、僕はなぜか昨日の惨状を思い出してしまった。いつもの綾華とは似ても似つかないあの虚ろな顔、昨日は大丈夫だろうとばかり思っていたが、さすがの彼女でも気が滅入っているのではないか。と、僕は急いで玄関に入って綾華の部屋に駆け込んだ。
しかし、もう遅かった。
ピンク色を基調とする可愛らしい部屋の中心には、頑丈そうな縄で首を絞められた森下綾華が宙にぶら下がっていた。目は昨日より虚ろで、口からは泡を吹き出した跡があり、綾華の真下は排泄物でビチャビチャになっていたことが、もう死んでいるという確かな証拠だった。
僕は一瞬頭が真っ白になり、しばらくただ立ち尽くしていたが、ようやく情報が脳内に入ってきて、全てを理解した僕は、その場のグロテスクな状況と、今までの後悔でまともに立っていられず、膝から崩れ落ちた。
僕は、今までなんという誤解をしていたのだろう。あんなこと、人間なら耐えられるわけないのに、大丈夫なはずないのに、ただ綾華だからという理由で、あの底抜けな明るさ持つ彼女なら、あの強い彼女なら、と僕が抱く彼女への幻想を理由に、勝手に見て見ぬふりをして、手を差し伸べることを諦めていた。
僕は真っ先に彼女のあの日の何気ない一言を思い出した。
ーもし私が誘拐されちゃったら、健人は助けてくれる?ー
あの言葉の真意は、ただの彼女の支離滅裂な会話の切り出しではなく、さりげない僕への”SOS”だったのではないだろうか。彼女は僕には何も言わず、“いつも通り”を演じていたが、あの日が彼女の我慢の限界だったのではないだろうか。それを僕は軽くあしらって、真実を知ってしまった日からも、知らないふりを続けてしまっていたのだ。僕がもっと早く気付いてあげれることが出来ていたら、僕が助ける勇気を出していたら、何か変わっていたのだろうか。
ーもし私が誘拐されちゃったらー
ー誘拐されちゃったらー
ー健人はー
ー健人はー
ー助けてくれる?ー
ー助けてくれる?ー
僕は彼女の言葉が何度も頭に再生されながら、さっきまで“綾華だったもの”を見上げた。
神様はいったいどれだけの身代金を渡せば、綾華を返してくれるのだろう。
やっぱり、それを直接神様に聞きに行くことも、綾華を助けに行く勇気も、僕には無かった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。まだまだ勉強中なので、どんどん感想を聞かせて欲しいです。これからも宜しくお願いします。