特命ファイル1;ヘイ⭐︎ボンド参上! 5
翌日の会長室。
「と言うわけで、失敗しちまったぜ」
「話にならんな」
会長は苦々しく言い、吸っていた葉巻の火を消した。
隣の部屋にはミケネコ美がいるが、オレだったとは全く気付いてない。
「どうしますかねえ」
「どうするもこうするも、お前が何とかしろ」
「丸投げっすか」
典型的なジャパニーズ上司だ。みんなも見習えよ。
「それだけの待遇はしてやってるだろ? あのマンションだって本来ワシの愛人、サル子のために買ったんだぞ」
「へぇへぇすいません。ありがてえこって」
仕方ねえ、オヤジのストーカーなんて柄じゃねえが続けるか。
「お疲れ様っす」
部屋を出る時に会釈しても、ミケネコ美は上の空だ。
「ボンド様……」
こりゃ、重症だ。モテる男は罪だな。
その後しばらく、アリクイ部長を尾行する。
懐刀と言われるだけあり、タヌ吉副社長達とも仲良く週三ぐらい飲んでた。場所は色々だ。土日は子供と遊んだり接待ゴルフに行ったりと、ソツなくこなしている。
女にセクハラするが男上司には逆らわず部下の面倒見がいい、典型的なデキる男ってやつだな。
(早く足出してくんねえかな……)
1ヶ月ほどたったある日の夜、アリクイ部長がいつもと違う道を通って帰る。
お、きたか?
いつもと反対の大通りに歩いていくようだな。
あ、誰かいる。
ウサ子だ。
えぇええええ!!!!!!!
マジかよ、おい。二人でタクシー乗っちまったぜ。
オレは慌ててタクシーをつかまえた。
「前のタクシーを追ってくれ」
「へぃ。シートベルトをお締めください」
「あぁ」
ハードボイルドには似合わんが、法律なのでシートベルトを締める。
転職案内のCMがずっと流れているが、それどころじゃねぇんだよ。
幸い二人のタクシーを見失うことなく追跡できた。
国会議事堂の方へ向かい、赤坂方面に進む。
青山か渋谷か?
そう思ったが、もっと手前で右折した。
どうやら赤プリらしい。新館の玄関で止まり、二人は中に入る。
(マジかよ……)
赤坂プリンスホテル。クリスマスの予約は九月末に全て埋まるっちゅう、バブルバカップル御用達のホテルだ。くそっ、オレも泊まったことねえのに……こんなので来る羽目になるとは……
仕方ねえから、ロビーで待つことにする。
会った時は出たとこ勝負だ。
……
しかし何だな、あいつらが何かヤってるのを待つのは間抜けだな。
仕事とはいえ、会長を恨むぜ。
こんなバブリーなホテルは、どうもオレの性に合わねえ。ロビーのカフェで新聞読みながら、オレはひたすら時間を潰した。
およそ二時間後。御休憩ならそろそろだ。
あ、来た! 二人一緒だ。
やっぱアリクイ部長はベタベタ触っている。
ウサ子にその気があるのかは、ここからじゃ読み取れない。
お、アリクイ部長が先にタクシーに乗った。
これはチャンス! 天は我に味方せり、だ。
オレは続いて乗ろうとするウサ子を呼び止めた。
「ミツヨー電機のウサ子さんですね?」
「はい」
ちなみに夜のオレは声も低めに変えているので、ウサ子は気付かない。
だがこの声かけの意図には、直ぐ気付いたようだ。
サッ!!
「おい待てよ!」
「きゃ、やめて!!」
脱兎の如く(実際そうだが)逃げ出すウサ子を素早く掴み、ねじ伏せる。
力の差で動けないウサ子だが、必死にバタバタして暴れまくる。
「やめて〜!! 離して!!」
おい、爪立てるな! 痛えだろ!
目は王蟲のような紅の攻撃色だ。
興奮して我を忘れている。
「誰か、助けてくださぁあいいい!!!」
セカチューかよ、ちゅうかお前が加害者だろ。
だがこのまま組み伏せていると、オレがレイプ犯と間違えられそうだ。
必死にジタバタするウサ子に、耳打ちする。
「ミツヨー電機公安部の者だ。これ以上暴れると、会社に居られなくなるぞ」
「はっ!」
この一言は聞いたらしい。ウサ子は大人しくなる。
「いい子だ、ちょっと話聞かせてくれ」
「……はい」
よろよろとウサ子が立ち上がる。タクシーの運転手やドアマンも心配そうに見ていたが、オレに大人しく付いて行くので、解決したと思ったようだ。
はぁ……疲れるねぇ。
今から部屋をとれないか、フロントに聞いてみる。
「最上階のスイートなら残ってます」
「じゃあ、それで」
どうせ会長持ちだ。あ、念のため仕掛けとくか。
「ちょっと欲しいものがあるんだけど、これ手に入る?」
「ええ、あります」
「じゃあ、チェックインしたら持ってきてくれ」
「分かりました」
「……」
ウサ子は無言のまま付いてくる。これじゃ、黙秘権行使かな。
最上階から見る赤坂の夜景は、銀座50階とはまた別の趣がある。
だが室内の空気は最悪だ。
ウサ子は固まって何も言わず、ベッドに腰掛けている。
ピンポーン
「お求めの品をお持ちしました」
お、来たようだ。オレはドアを開け、ブツを受け取った。
部屋に戻ってきたとき、ウサ子はこのブツを見て驚く。
「こ、これ……」
「お前さんにだ」
「こんな太いの、良いの?」
「ああ、プレゼントさ」
「ありがとう!」
さっきまでのウサ子とは打って変わり、ブツを貪り始めた。
やっぱ欲には勝てねえな。