特命ファイル1;ヘイ⭐︎ボンド参上! 2
「タヌ吉とコン太は知ってるな?」
「もちろんっすよ。二大派閥の副社長様だろ?」
二人きりだから、オレがフランクに喋っても会長は気にしない。
「入社して直ぐの新入社員は、どっちの派閥に所属するかが大問題だったからな。オレは無派閥だけど」
出世するのは獣人なので、人間は相手にされないってのもある。
「そうか。今のシシ郎社長は顔は怖いが臆病者で軟弱者だ。この前もアメリカ出張よりアフリカのサファリパークに行きたいと喚いてたわ。そろそろ潮時かもな」
おいおい、大丈夫かよこの会社。
「どうでも良いっす。その社長もあんたが決めたんでしょ。で、用件は何?」
「ああ。そのタヌ吉の懐刀でアリクイ部長は知ってるか?」
「もちろん。派手なスーツ着て女子社員に片っ端から声かけるから目立つ目立つ。うちのウサ子も怒ってたな。歩くセクハラって言われてるぜ」
今のご時世、表はともかく裏じゃ金があれば何でもありだ。
年増の女だって若い新入社員の男を捕まえて遊んでる。
男も女も欲望は尽きることがない。
「そうか。あいつがどうも、スパイらしい」
「スパイ?」
「うむ。ここ最近、新製品が出し抜かれている。情報が漏れているようだ。カメ型太陽電池は知ってるか?」
「ああ、サニーが出した、カメ獣人の背中につける電池か。ボクシングのカメ太選手が付けて、ウサぴょん選手より素早い動きが衝撃的だったな」
「あれ、我が社も作ってたんだ。買って分解したらほぼ一緒で、技術者達は泣いてたぞ」
「それはそれは……で、そのスパイがアリクイ部長だと?」
「らしい。決定的証拠はないがな」
ははぁ、分かってきた。
「オレにあいつの尻尾を掴んでこいと?」
「そうだ」
「めんどくさいっすねぇ。部長なんだからお金稼いでる筈なのに。家族もいるんだし、危ない橋を渡らなくても。愛人でも囲ってるんっすかね?」
「事情は知らんが、男たるもの、死ぬまで欲は尽きぬものだ」
「あんたと同じか」
嫌味を言ったら感に触ったらしく、ギロリと睨む。
「……孤児院から拾ってやった恩を忘れたか? お前の血に気付いたワシを感謝するんだな」
「はいはい、感謝してますよ、おやっさん」
「とにかく証拠を掴んでこい! あいつは銀座のクラブ『サテン』に出入りしてるらしい」
「はいはい」
恩着せがましい愚痴もいつものことだ。
用件を終え、オレは部屋を出た。
ミケネコ美は相変わらずパソコンで何かやってる。
「ありがとございます〜」
と部屋を出る時に声をかけても無視。それどころか、
「人間くさ。消毒しなきゃ」
ボソッと声がしたが、オレはにこやかに部屋へ戻った。
「ウサ子さん、お疲れさま〜」
「タイラ課長、まだ仕事が!!」
「良いから良いから、明日にしといて。じゃ!」
「う〜ん、もうっ!」
いつものやり取りで会社も終わり、オレは帰宅する。
家は銀座にある50階建タワマン『ハイソ銀座』の手前にある『ボロイ荘』。
文字通り見た目もぼろく、銀座にしては家賃も安い。
というのは建前。部屋の中には地下につながる入り口があり、『ハイソ銀座』の最上階につながるエレベーターがあるのさ。世を忍ぶ仮の姿とは言え、つらいもんよ。この前も後を付けられたが、あのボロアパートで別人と思ったようだ。
「ふう、準備するか」
部屋の中はライゾップもびっくりのトレーニング設備が満載だ。
用がない時はストイックに体を鍛えている。女っ気などかけらもない。
仕事着だったAOKEのスーツを脱ぎ捨て、アルマーナのスーツに着替える。
エンポリオじゃねえぞ。
前髪を上げて完璧に整えサングラスをかけると、オレは街に出た。