特命ファイル1;ヘイ⭐︎ボンド参上! 1
平和である。
経済絶好調、バブルを謳歌して向かうところ敵なしの我らがニッポン。
人間と獣人が仲良く暮らす理想郷は、世界が羨むYeah Yeah Yeah!!だ。
だがそんな平和すぎて惰眠を貪るニッポンでも、悪は栄える。
これはそんな蔓延る悪を成敗する、ある孤独な漢の物語である。
「タイラ課長、ちょっとタイラ課長?」
「う〜〜んムニャムニャ……もっと……」
バシッ!
「いたっ! あ、ウサ子さん? 今日もお綺麗で」
「おべっかは良いんです。この書類、間違ってますよ? しっかりして下さい、課長なんだから」
「はいはい」
あーあ、また叱られちまった。
可愛い耳と赤い目のウサ子さんはオレの唯一の部下だ。毎日手作りお弁当で気立ても優しく、良いお嫁さんになると思う。だがオレに対してちと厳しい。
ここは大手町にあるミツヨー電機オフィス、17階の窓際。
高層ビルが立ち並び皇居を望める景色はすこぶる良い。
こんな立派なJTCに勤めるオレ平凡人は、課長と言っても部下一人でうだつの上がらぬサラリーマン。だがそんなオレでも最近は珍しくなった人間の課長なので、社内では密かに噂の種になっている。
「実家が太い?」
「いや、そんな噂ないけど」
「超有名人の子とか?」
「髪あげてメガネ外したらイケメン?」
「人間のくせに生意気だ」
どうとでも言え。
遠巻きに見られていても、オレは至ってマイペース。定時上がりは当たり前。髪の毛もボサボサだから、厚底メガネと前髪で顔もはっきり見えない。まさに疲れ切った風貌のサラリーマンで、新橋のガード下の飲み屋がよく似合う。実際行ってみるとオヤジどもに懐かれるんだわ、これが。みんな昔は野心あったのよ。
「タイラ課長?」
「はい? ウサ子さん、まだ何か?」
ああ、下らない妄想してたらまたウサ子さんが呼んでる。
「内線です。取ってください」
「ああ、どうも」
電話の受話器を取ると、会長秘書のミケネコ美さんからだった。
『タイラさんですか?』
『はい』
『会長が会いたいそうです。何でこう何度も呼ばれるのか知りませんが、来てください』
『はい、分かりました』
「ちょっと行ってくる」
「はい、どうぞ」
素っ気ないウサ子さんの言葉を背に、オレは部屋を出た。
エレベーターに乗り、最上階33階の4号室にある会長部屋の扉をノックする。
「はい、どうぞ」
扉を開けると、部屋にいるのは先ほどの会長秘書ミケネコ美。
グラマーでゴージャスな三毛ネコ獣人だ。
その美貌と肉体は会長秘書に相応しく、社内の男どもから太陽より熱い羨望の眼差しを常に浴び続けている。本人も意識した格好をしているのか服装もいやらしく、今日もワンレンボディコンだ。今夜は六本木のディスコか?
そんな彼女だがオレにはいつも素っ気ない。
こういう女は金の嗅覚に鋭い。幾ら世間に名の通ったミツヨー電機社員でも、出世から外れたオレなんて対象外なので一瞥もしない。ま、世の中そんなもんだ。
「会長がお待ちしております」
パソコンの画面を見ながら、ぶっきらぼうに言う。
「はいはい」
奥の扉を開けるとガラス張りの向こうにあるド派手な摩天楼の眺望を背に、トラ、ではなくゴリ太郎会長がピカピカな皮張りの社長椅子に座って葉巻を吸っていた。
文字通りゴリラのごとくモーレツに働き三十年前に社長になって以来、このミツヨー電機を支配している。我が社では、会長の一言は地球より重い。言わば我が社の天皇だ。フォーブスの世界長者番付1位になったセーフ鉄道のツトミとおんなじだな。
「おう、来たか」
この部屋には一部上場企業の会長らしく、所狭しと絵画や骨董品が置かれていた。真贋のほどは知らない。これも偉い人の定番、ゴルフのパター練習マットもある。
オレは扉を閉める。この部屋の音は一切漏れず、盗聴の恐れもない。
社内で素に戻れる唯一の場所だ。
「どうしました、おやっさん」
「特命だ」
やれやれ、またか。
面倒なことになりそうだ。